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竜に向かって

フランク視点、レイ視点、オークス視点です。

 ※※※※


 互いがどこまでやれるのかを知っている。

 もう十数年は手合わせもしていないが、通じ合う。


 俺とジョゼフはそういう間柄だった。


 地竜が繰り出した礫に砕かれた光の壁はそれでもなお姿を消さず、僅かな破片もまた大きな盾となる。

 そしてあいつなら、破片の違う使い方もしてくれよう。


「ケツを叩く!」

「ああ!」


 竜の背中へ転移すれば空中の思い描いた場所に、足場となる光の一欠片が置いてあった。

 フル稼働させている魔剣に注げるだけの魔力を注ぎ、全力で踏み込んだ。


「はぁ!!!」


 この魔剣は魔力に呼応し空間そのものを切り裂く、王国が誇る無二の名工アレサンドロをして最高傑作と言わしめる業物だ。

 堅牢なる地竜の鱗すらも注がれた魔力量で上回ってしまえば意味は無いと鍛冶師は豪語していたが、その言葉は今、確かに証明された。


 深く、刀身の数倍の深さの肉を断っていく。

 否応なく昂る心を抑えながら、それでもなお、口元が吊り上がるのは止められない。


 耳元に竜の絶叫が届く。

 しかしそれは想像よりも余程柔らかに聞こえ、とても森一つを揺るがしていた物には思えない。


 付け根を半ばまで絶たれた尾が、木々を薙ぎ払いながら迫り来る。

 既に逃げの一手は打ってあるに決まっていた。


 転移で再びジョゼフの隣まで戻る。


「竜とはこんなものか?」

「慢心が過ぎるぞ。魔でも浴びたか」

「いいや、実感だ」

「……」


 我ながら傲慢な言葉に聞こえるが、ジョゼフも同じように思っているのだろう。

 我々は今、竜を相手にも通用している。


「まあ、そうは言ってられなくなるだろうがな」

「いよいよご立腹か」


 地が揺れる、揺れる、揺れる。


 今一度の咆哮はどこまで竜の威を届けただろうか。

 近くにいる我々も、なかなかに痺れた。


「気を引き締め直せよ」

「おうとも」


 断ちかけた傷は既に癒え始めている。

 竜と魔物はあり方が違うが、あらゆる面で竜が上回って当然だろう。


 この舞台は彼が来るまでの間の、言ってしまえば戯曲の脇役による場繋ぎだ。

 されども民を守るためには、騎士団長として必ずやり遂げなければならない。


 しかし、これほどに心躍る戦いはこの先無いだろうという思いもある。


 ポーションを飲み干し、魔剣に魔力を注いでいく。


 一人の騎士としても存分に戦い遂げてみせるさ。



 ※※※※



「うおっ」



 この世界で地震を経験するのは初めてだが、向こうでなら震度四を越えているだろう。

 普通なら立っていられないぐらいの揺れが起こされた。


 さすがは竜というべきエネルギー量か。


 やや遅れて伝わってきた爆音と魔力が皮膚を叩く。

 残っていた雑魚魔物達がぱたぱたと倒れていくが、目を覚まされても困るので抵抗されないうちに締めておこう。


 至近距離でこの咆哮を食らったらひとたまりもないと思うが、二人は大丈夫だろうか。


『心配ないわよ』

『さすがヒスイ』

『でもちょっと魔力が欲しいかも』


 彼女へと魔力を譲り渡しながら、礼も述べる。

 礫弾の風化や、咆哮の音響阻害など、目立たないところで相当の貢献をしてくれているようだ。

 直接的に介入しなくてもいいとは言ってあるが、向こうの戦線が安全なのは彼女のお陰様だろう。


『……ニンゲンの頑張りよ』

『そう?』

『ワタシが助けなくても、留めるだけならばなんとかしているでしょうね』

『それはすごい』


 騎士団長の戦力認識を上方修正しておこう。

 師匠の実力は十分に知っているけれど、フランク団長とは一度もやり合ったことがないからあまり強さに実感がない。

 皆より強いのは確かだけど、竜と渡り合える程だとは。


『けど、できるだけ早く、ね』

『分かってるよ。もうすぐ終わりそうだ』


 これまで狡猾にこちらへ寄って来なかった魔物たちをサーチアンドデストロイで魔石に変えている。

 拠点近くにはもう大した魔物は残っていなくて、後は奥の方に潜んでいる分を狩り尽くせば本丸に向かえるだろう。


『でも、やっぱり変よね』


 ルリの声だ。

 飛んでくる返り血を全て操作して俺に浴びせないようにしながら、探知にも協力してくれている。


『……やっぱりそうだよね?』

『ええ、あの足の遅い地竜じゃあ、ここまで来る間に気づけたはずだもの』


 そう、これほどのエネルギーを持ちうる竜の接近を見破れないほど気を抜いていたわけじゃなかった。

 地竜が眠っていたとしても、流石に存在には気付くことができたはずだ。


 それを可能にできる者が居るとするならば……


『できるだけ、早くやろうか』

『……仕方がないわ。無理はしすぎないで?』

『うん』


 魔力の回復を、自らの内に巡る魔力を引きずり出す。


 自分の根源を自らの手で動かすということは理論上可能とされていても、どうやらこの世界では魂に対する冒涜にあたるらしく、精霊たちに禁忌とされた。


 その戒めを解いていく。


『すぐに仕上げるよ』


 無尽蔵に回復する魔力は、多分、寿命を縮める。


 ……俺がニンゲンとして生きるのなら、丁度いいぐらいかもしれないけど。


 精霊達と話す間に色々、本でも分からない知識が増えてきていた。


 己はニンゲンか、怪物か、それともまた違った何かか。

 力を得てしまった以上は答えが必要だ。


「……ふぅ」


 手にした魔石は千を超えているが、売り払える格の物がいくつあるか。

 フランク団長か、共和国のフロリアン議長経由で秘密裏に処分するのが一番だろうか


 だがまあ、これでようやく竜の元へ向かえるというものだ。


「お待たせしました」

「その姿は……ファイか」

「ええ、一応誰が見ているとも限りませんから」


 ヒスイ経由の目視転移で二人の隣に馳せ参じた。


 少しダメージの痕はあるが、無事なようで安心である。


「お二人共、竜殺しの勲章は?」

「不要だ」

「私もだよ」


 だが、目の前の怒れる竜はダメージを思わせない元気そうな姿で、俺を見てさらに戦意を増したようにも思える。


 見れば見るほど、大きい。

 尾の太さだけで俺の倍の高さがあるし、全長は三十メートルにも届こうかと言うほどだ。

 重量は、土魔法を展開していないと踏み込んだ足が地面にめり込むレベルなのだろう。


 そして何より、魔力量が尋常でない。

 魔法を使うから一概には言えないだろうが、師匠たちがここまで全力で相手していたというのにまだ九割近くの体力が残っている


「では、私が。見ていかれるか、拠点に戻られるかはご自由に」


 俺の持つ剣ではまず歯が立たないだろうから、とりあえず手作りの戦鎚を握った。



 ※※※※



「想像よりこっちに来る魔物は少ないな」

「まだ学生たちで上手くやれるレベルだ」

「十組の時でなかったらと思うと」

「それは……考えたくもない」


 同僚たちは時折警戒の列に参加しつつ、こうして天幕の下に集まってそれぞれに情報を交換していた。


「おい、オークス。団長からも言われただろう。それに、この程度なら本当に無事なんじゃないか?」

「……ああ」


 竜の脅威は未だ遠く、魔物の群れも大した種類が表れていない。

 オークを軽々と倒して見せたレイなら、逃げ延びている可能性も高い。


「少し、外を見てくる」

「あ、ああ」


 一度情報交換へ戻ってきたはいいが、することが無ければやはり嫌な方に想像が行ってしまった。


 かつて、友を失った。

 一番の友と言えたかもしれない男だった。

 街の商人の息子に生まれた私より、さらに頼るものが無くとも、ただ一人立つ姿が今も鮮烈に焼き付いている。

 初めは野生動物のように眺めていたが、あいつが飼い慣らされてからは、実直さこそが彼を進ませているのだと思い改めた。


 ……だからこそ、道理のままに身を滅ぼした。


 世界の違う者たちと友達になれたんだと笑っていた。

 周りすらも巻き込んで、愚か者を敵に回した。

 守るべきものを、守るために。


 その息子は、どういう人物なんだろうか。

 男の飼い主によく似た風貌をした彼は、同じような立場で学園にあっても、余程上手くやっていた。

 レンであれば、大臣の息子を相手に頼み事などできず、ただ命令に背いてあそこに残っただろう。

 必ず、同じ選択をしていたはずだが。


「ローレンスはまだ眠っているはずだ」

「そうでしたか……」

「君はあまり心配そうではないんだね?」

「カイル、お前」

「いえ、その通りです」

「へえ?」


 カイル・ヘンダーソン、グレン・U・ウォーカーとそれから、治癒師科の生徒が何やら話していた。

 訛りのない王国語だが、顔付きは共和国のものだ。

 そこで、レイやローレンスの口から名前が上がっていたナディアという友人は彼女のことかもしれないと思い至った。


「レイのことは、信じていますから」

「……そうだね。僕も同じだよ」

「ただ……」

「ただ?」

「ローレンスはそれができないかも、と」

「……そうかもね」


 レイが残った際、唖然とさせられた中で動いていたのは、何か通じ合わせているようだったカイルと、すぐに手助けに行こうと足を動かしかけていたローレンスだった。

 カイルが威圧で失神させなければ、レイの隣であの場に残ろうとしていただろう。

 無茶無謀の類だが、気持ちは分かった。


「今は一応、ジェイクが見ている」

「あまり人数は割けないけどね」

「なら、いいのですが……」


 今からでも森に戻りかねないと心配しているのだろう。

 私も共感できた。

 ローレンスはレイよりもよほど、レンに近い性格をしている。


 だが、それに思い当たったせいで猛烈に嫌な予感がした。


「君たち、無闇に濡れると体力を持っていかれるぞ」

「オークス様」

「お気遣いありがとうございます……一応、魔法は」

「そうか。ところで、ローレンスは今どこに?」

「奥のテントですが」

「ありがとう」


 もうテントの数も最低限まで少なくなっている。

 言われれば検討が付き、すぐに向かった。


 前から歩いてきたジェイクを見て、悪い予感が深まる。


「オークスさん……どうされました?」

「ジェイク、どうした?」

「いや、さっきローレンスが起きて、トイレと着替えがしたいって言われたんで、えっと、その間にみんなに伝えに行こうかと」

「っ!」

「っちょ、オークスさん!?」


 雨に濡れるのにもジェイクが驚くのにも構わず、テントへ走る。

 入口は閉まっていたが、この際だ。

 問答無用で開け放つ。


「……!!!」


 胸の中では驚きと、納得とその二つが混ぜ合わされていた。


「オークスさん! ちょっと、ローレンスは!」

「分かっている! ジェイク、最後にローレンスを見たのはいつだ!」

「五分ぐらい前、ですけど……」

「居なくなっている!」

「えっ……はあ!?」


 ジェイクが素っ頓狂な声を出すのも分かる。

 今の森へと向かうのはただの自殺行為だ。

 しかも、剣こそ無くなっているが鎧は置かれたままだった。


「オークスさん! 今の」

「カイル、グレン、まず拠点内でローレンスを探せ!」

「まさか……!」


 貴族らしいカイルでさえ、酷い渋面を作った。

 口元がなにか動いたが、雨音もあり聞こえない。


「わたしも、探してきます!」

「ああ、頼む。ナディア殿! ……ジェシカ達にも伝えるか」


 その後騒ぎは広がり、手すきの者で全てのテントから手洗い部屋まで探されたが、やはりローレンスの姿はどこにも見当たらなかった。


「……」

「……捜索には行かせないぞ」

「っ……ええ、分かっています」


 今回の学生引率を取り仕切る隊長から、釘を刺された。

 そうだ、私が一人で探しに行くことすら、この森は許してくれやしない。

 規律を乱した生徒のために、万が一でも王国騎士団から欠員が出るようなことがあってはならなかった。


 ……ああ、ああ、本当に嫌になる。


 守るべきであれば誰でも守る人間に、俺はなれはしないのだろう。


 心を落ち着かせるように、懐の中にあるペンダントを指でなぞった。

ありがとうございました。


未定ですが次回はローレンス視点からだと思います



(2020/05/02 1:17 追記)

作者ページの活動報告に本作の50万字突破についてあれこれ書きました。読者の皆さんに読んでいただけると嬉しいです。(大切なことは括弧書きの中に書いてきたかもしれません)


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