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森林実習:騎士の話

「風邪引いてない?」

「引いていない」


 まあ、目でも魔眼でも風邪の兆候は見られないから問題ないのだろう。

 ローレンスは頑丈そうである。


 夕食の席、今日はそれぞれの狩りのおかげで肉なども豊富で、全体のテンションが高い。


 魔物の肉はそのままは食えずとも、魔を抜くことで上質な食材にもなる。

 技術を持った侍従科生徒や薬師科、治癒師科、魔法科の一部が騎士科の持っていた肉を加工してくれた。

 もちろん俺は自分でも加工できるが、今回はおまかせだ。

 オーク肉を多めに捌いて持ってきたから許して欲しい。


「……」

「……まあいいや、いただきます」

「いただきます……」


 全体の端の方で隣に座りながら、食事にありつく。

 辛気臭そうにしていたから来てやったが、特に話したいということもないのだろう。


「……」

「……」


 二人でいる時に無言というのもたまにある。

 主にローレンスの機嫌が悪い時だ。

 今日は機嫌が悪いというよりは落ち込んでいるからなのだが、気持ちは分かるのでそっとしておく。

 それでも、一人でいるよりはマシだろうから。


「……」

「……」

「この席で無言というのもどうなんだい? 二人とも」


 笑いながら声をかけてきたのはカイルだった。

 中心の方にいたと思うのだが、移動してきたらしい。


「こいつらは落ち込んでいるのか?」

「いや、ウィル。ローレンスだけだと思うよ」

「そうか」


 ついでになぜか、A組のウィルフレッドも一緒だった。

 あまり行動を共にする機会は無いが、この演習は十組全体で行っているからA組とB組の合同だ。


「何かご用でしたか?」

「ああ、今しかないかなと思って」

「俺が頼んだんだ」

「ウィルが君の師匠と話したいんだってさ」

「俺やカイルだけで行くと、囲んでいる騎士たちが恐縮する」


 ウィルフレッドはフランク騎士団長の一人息子で、家格も申し分ない未来の騎士団長候補筆頭だ。

 だが、父親の威を借りて、師匠から楽しそうに話を聞いている騎士たちを払い除けることはしたくないらしい。


「あそこに混ざりたい、と」

「……そういうことだ」

「君がいれば歓迎されると思ってね。……彼らはお酒も入っているし、立場としてもね」


 少し恥じるようにそっぽを向いたのはウィルフレッドだった。

 カイルも結構乗り気だ。


「父上から、ジョゼフ・スターリングの話は飽きるほど聞かされたが……本人とはまだ、何も話せていない」

「というわけで仲介を頼めないかい?」


 憧れを匂わせるウィルフレッドの様子に俺も悪い気がしなかった。


「かしこまりました、ウィルフレッド様」

「様はいらん」

「……行きましょう、ウィルフレッド」

「ああ」

「ローレンスも来なよ」

「は、はい」


 四人で連れ立って、目指すは教員たちに用意された、今は騎士たちの押し寄せているテーブルだ。



 ****



「あの時は、そうだな、何も考えていなかったよ」

「何も……?」

「ああ。ただ必死だった」


 これまでとは全く違う師匠の語り口調に場がシンとする。




 俺たちは無事に騎士たちがつくる輪に迎えられた。

 まず唯一の直弟子である俺が持て囃され、その後、ウィルフレッドも茶化したような丁重さで迎えられ、他の二人も輪に入れてもらえている。


 しばらく俺たちは聞き手に回り、不在の間にどれだけ師匠の帰還が騎士団で望まれていたかについて、オークスさんを筆頭とした騎士たちに聞かされた。

 フランク騎士団長を抑えられるのは聖壁ただ一人だった、と彼の騎士団長就任以前に直属の部下だったというオークスさんは喚いた。

 相当苦労したらしく、酒が入っているのもあってウィルフレッドに父親をどうにかしろと縋り付く始末である。

 フランク団長は最近も結構ほいほい居なくなるらしいから、周りの騎士たちも皆が頷いていた。


 さっきまではそんな感じで旧交を温めたり、不在の間の話をしたり、師匠の学生時代の話を聞いたりと和気あいあいとしていた。


 それが静まったのは、ウィルフレッドがこう尋ねたからだった。


「父ですら成し遂げていない、竜退について伺いたかったのです」


 師匠はこの国で竜退者の称号を持つただ一人の騎士だ。


 騎士団や領軍が束になり、死に物狂いでかかるこの世界最大の脅威の排除を、ただ一人で成し遂げたという逸話を持つ。


 もちろん俺もその事は知っている。

 まだ俺が弟子になる前にマスターから聞かされたし、ギルド内の噂でも耳にした彼の武勇伝の筆頭だ


 ただ、彼が自分の口から語ってくれたことはない。


「あまり、話したいことではないのさ」

「……」

「それでも聞きたいかい?」

「私は父を越えたいのです」

「フランクを、か……私は別に越えられていないが」


 ウィルフレッドは真剣な目をしていた。

 どうしても聞かせて欲しいと願っているのが分かる。


 優しい師匠は、それを断れる人ではなかった。


 そして、当時のことを語り始める。

 騎士や騎士科の生徒たちはもちろん、近くに座っている教員たちも、耳の良い魔法科の生徒たちも、意識をこちらに向けているのが分かった。

 話が聞こえる場所でぼんやりしているのは、ジークリンデ先生ぐらいだ。




 今から十余年前、まだ部隊長だった彼が開拓作戦で地方の領地まで向かった時のことだ。

 作戦にはその領地の騎士や、冒険者たち、それから騎士見習いも参加していた。

 このあたりで未開だった森は本当に時々Cランクの魔物が出るぐらいの場所で、後方で見学する予定の見習いたちが危険な目に遭うことは考えにくかったからだ。


 だが竜災は往々にして、人様の都合など知らず不意に訪れるものである。


「まともに動けたのは、私だけだった。一人二人は無事だったけど、望めることは何もなかったよ」


 脅威度はAランクよりさらに上位の竜が襲来する不測の事態、騎士団も冒険者も、師匠を除いて皆が動けなくなった。


 ただ、練度が低いというわけではない。


「竜威ですか……」

「そうだね」


 竜は竜威と呼ばれる固有の力を持つ。

 ただ在るだけで、相対する者の意識を奪うのだ。


 打ち勝てるニンゲンは、相応の魔力量を持った者だけ。


「あとの二人はそれぞれ見習いだった。……誰のこととは言わないが……」

「ああ、なるほど」

「副団長か」


 騎士たちは何人もがそれに頷いた。

 俺とウィルフレッド、それからカイルも知っているようだ。


 言葉にはされなかったが、今は王国騎士団副団長にまでなっている、クラリス・ランバート女史だ。

 俺も学園祭の時に面識を持った訳だが、持って生まれた魔力量のおかげでその目に師匠の武勇を焼き付けることができたらしい。


「だから一人で立ち向かわなければいけなかった。最大限の速さで魔法を展開して、最大限の見栄を張って竜に臨んだ。少しでも足りていなかったら、後ろの仲間たちからやられるからね」


 この世界の竜は貪食だ。

 魔力を求めて世界を飛び、駆け、泳ぐ。

 つまみ食いの感覚で街を襲い、潰し、人も魔物も金属も魔力さえ含んでいれば等しく食らう。


「どれだけの時間かはわからない。ただ魔法を張って、睨み続けた。膠着よりマシな選択肢など一つも浮かばなかった……それだけさ」


 竜は人以外の生物では別格に頭が良く、魔法さえ使う。

 だからなのか、敵の魔法が何なのか、どう破るべきなのかも思考するという。

 これまでの数多の犠牲が割り出した、未だ謎多き竜種の特性の一つだ。


「竜は一度爪の先で魔法を小突いた。それだけで全力の魔法にヒビが入ったのは、少し心が折れかけたね」


 自嘲気味に言うが、師匠の魔法は割ったところであまり意味が無い。

 むしろ、割ってからの方が面倒な魔法だ。


 竜もそれを悟ったのかもしれない。


「それで少ししたら、竜は突然興味を失ったかのようにそっぽを向いて飛び去っていった。定かじゃないけれど、火竜だったと思うよ。光竜や闇竜ならば、今私はここにいなかっただろうから」


 竜は属性を持つ。

 その土地の雑多な魔力を吸収して生まれる魔物とは違い、親から生まれて子供に属性の渡るところは魔を持たない動物の括りで見ても良いだろう。


「それだけの話なのだ、実のところ。……王家から勲章を賜ったからには騎士として誇らねばならなかったがね」

「そうでしたか……」

「何か参考になったかい?」


 語りが終わり、周囲の緊張が少し解け始めた。

 最初より人垣の密度は上がっていて、ざわつきも大きい。


 けれどそんな中で、ウィルフレッドはまだ少し神妙な顔をしている。

 師匠に尋ねられてようやく、しかしながら当然のように答えた。


「竜殺しは遠いな、と」


 それでまたしても空気が静まった。


 もしこれを言ったのが俺であったら、誰かが笑っていたかもしれない。

 けれど、発言の主は一年生ながら学園のトーナメントで優勝し、"無敗"の父をも越えんと宣った、ウィルフレッド・A・チャールトンである。


 身分を置いても、冗談とは思わせないだけの説得力がある。


「ドラゴンスレイヤーになりたいのかい?」

「……憧れもあります」

「そうか……けれど、私の話は聞いただろう?」

「ええ」


 望むことはタダでも、臨むことはタダではない。

 命という全財産をベットする必要がある。


「もしフランクを越えたいだけならば、違うやり方があるはずだ」

「やはりそうでしょうか……」


 だから、優しい師匠はこう言う。


 だが、俺は知っている。


「……それでも、竜殺しが必要ならば、目指せばいい」

「!」


 彼がラスを諭していないことを知っている。

 師匠は竜すら殺してみせると言った平民にさえ、その道を閉ざすことはしなかった。

 むしろ、多分、ラスを手助けしていたようにも思える。


「死ぬことすらも覚悟して、それでも尚やらなければならないと思うことは、誰にも邪魔させてはいけないさ」

「……」

「止めるべき、なんだろうけどね」


 やるせなさを感じさせる茶色の目で、俺の方を見た。

 それから、オークスや彼と歳の近しい者を見た。


「騎士ならば、掲げた誇りを誰にも傷つけさせてはいけないよ」

「……はい、ありがとうございます」


 ああ、俺の師匠はそういう人なのだろうと思い知る。


 とてつもなく優しく、背中を押してくれて、それでも尚正しく一人の騎士として扱う。


 それが良いのか悪いのかは、分からない。


「だからこそ、どうするべきかを良く考えなさい」

「はい!」


 フランク騎士団長を父にするウィルフレッドにとって、ジョゼフ・スターリングの存在も特別なのだと思う。

 思えば最初から俺を師匠の弟子として見ていたし、今日は憧れをもって見つめていた。


 彼の言葉を聞いて、一人の騎士としてウィルフレッドが答えを出すのはいつになるだろうか。


ありがとうございます。


誤字報告とても助かります。

感想やご評価をいただき、大変うれしいです。

よろしければこれからもお付き合いください。

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