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森の中の訪問者たち

 馬車に揺られ、休憩を挟み、また馬車に揺られてから今度は馬に揺られ、出発から七時間ほど経過した。

 まだ日は沈んでいないが、ずいぶん傾いてきた頃に拠点へと到着した。


 他の学科と協力して準備に奔走しながら、騎士科は各小隊がローテーションで警戒を行う。


 次々と野営基地が組み立てられていくと、松明が灯り、夕食の香りがしてくる。

 侍従科の面々が腕によりをかけてくれたようだ。


 食事中に護衛をするローテーションのメンバーだけで先に食べ、空腹を満たす。


 森の奥の方に少しだけ探知を飛ばすが、こちらに近づいてくる気配はない。

 魔法科が野営地を作る時に発動した魔物よけが発動しているし、薬師科の持ってきた魔物避けの粉も効いているようだ。


「解散後、一時間で消灯とする。それまでに準備を済ませるよう。それから、第一当番は直ぐに集合だ」


 諸注意が述べられ、全員がそれぞれのテントへ解散した。


 当然だが、野営地には風呂もシャワーもない。

 着替えを済ませたら各々で水魔法を使える者の所に集まり、魔法で体を清める。

 水を汲むのもありだが、服を脱がなくていいから効率がいい。

 俺も自分の体だけ浄化しておき、体を休めて不寝番の第三当番まで待たなければならなかった。


 しばらくすると外の明かりが消えて、皆が寝静まっていく。

 揺れる馬車の移動は結構疲れるし、明日にも備えなければならない。



 ****



 木々のざわめきだけが聞こえる。

 視力は効かない


 それがこの世界の夜の森だ。


「叱るべきなのだろうけど、ね」

「ありがとうございます」


 怒りなど微塵も含まない優しい声がした。

 頬が緩み、自然と感謝を述べてしまう。


 俺がいるのは森の中で、不寝番が組む輪の外で森を歩いていた。


 それを見つけたのが、今回の森林実習の引率に加わっている師匠だった。

 隠形はかけていたが、気づかれてしまっていたらしい。


「随分と隠れ身が甘かったと思うが……」


 それはご愛嬌。

 きっと不寝番をしているのは学生だし、気が緩んでしまったのだろう。

 決して師匠ぐらいのレベルなら気が付けるぐらいの甘さにした訳ではないはずだ。


「やっぱり、導師の影響を受けているようだね」

「……それはどうでしょうか」

「教えられたことは変わらないさ」


 フランクールでの話は既にしてある。

 俺と導師がぶつかったことも、その理由も。


 もしかすると導師とはあれきりになるかもしれないと考えたが、話せば師匠は否定してくれた。

 弟子であろうと師匠に全て従う必要はなく、意見がぶつかり合うのは普通で、上手くいけばまた元のような関係に戻れると。


 ……俺も、そう思いたい。


「それにしても、お客が多いようだね」

「……そうですね」


 少し話をしただけで、師匠は戻っていった。


 彼も不寝番の一員で、夜の森でも単独で行動できる力があるから外回りの任務中だ。

 早めに戻らなければ異常として扱われ、騎士科全員が叩き起こされることになる。


 一人になって一呼吸ついてから、暗闇に向かって言う。


「それで、何の用でしょうか?」


 夜の闇と吹き抜ける風が支配するこの場に潜り込んでいた影が、木立の上から降ってくる。


「……」

「御用があるなら、お早めに。ここにいるのはあまり褒められたことではありませんので」

「お前は、アルノー導師の弟子だったな」

「はい。魔法や、まあ、こういった小技なんかを教えていただきました」


 普段は静かに仕事をこなす姿が印象的だが、さすがにその声にも聞き慣れた。

 俺を警戒し猜疑する、カミーユ・マルシャルが問う。


 わざわざ遠方までご苦労さまである。

 移動ルート上では見つからなかったから、別ルートから単独でやってきていることになる。

 その危険な旅路、ナディアは知っているのだろうか。


「フランクールの出来事はお前の所業か?」

「さて……」


 ……大正解だなぁ。


 俺とファイを繋げることができてしまったらしい。


 まあ、カミーユには守りたいと口にしてしまっていたし、彼も俺が実力を隠していることはある程度知っている。

 その奥行きを深くしていけば、ぶつかるところがあったのだろう。

 この前のお茶会での一件が無かったとしても、だ。


「白を切るか?」

「そう言われましても、フランクールに赴いたこともありませんので、皆目見当が付かないのです」


 ニコリと笑みを深めるのも彼なら目視できているだろう。

 俺と同じ隠形のコツを学んだのか、以前より上手くなっているし、魔力の扱いにも変化が見られる。

 導師が俺の要望を叶えてくれていたらしい。


「……話さないのならば、よい」

「何の話か聞かせていただければきちんとお答えできると思ったのですが……」

「ふん」


 笑みは崩さず眉だけ下げてやると、鼻で笑われた。

 あの時は助けてやったというのに酷いやつだ。


「ところでカミーユさん、ナディアは貴方が来ていることを知っているのですか?」

「……」


 はい図星。

 心配なのは分かるが独断専行は良くないぞ。


「カミーユさん、嫌われますよ?」

「お前には関係ないだろう」


 またまた、そんなことを言って。

 嬉し恥ずかし銃弾治癒事件の話を暴露してやろうか。


 思春期的なつんつんしたような感じも低評価だ。

 主にいつかの記憶を思い出すから。

 それに加えて当時の俺とは違ってカミーユには身分差だってあるのだし、もっときちんと口に出さなければならないと思う。


 でなければナディアが俺とファイを繋げた時に大変なことになりかねないぞ。


 リーナだけでも対応に手一杯なのに、これ以上を求められるのは難しいからほんとに是非頑張って欲しい。


「……何を言いたい」

「頑張ってください、と」

「余計なお世話だ」


 既にお節介を焼きまくっているから今更な話である。

 お前が死んでいないのも、導師に教えを受けられたのも俺のおかげだぞ、感謝しておけ。


「まあいい……最後に伝言だ」


 誰からの伝言だろうか。

 普段から会っているナディアではあるまい。


 それにしても、カミーユが至極不本意そうな顔をしている。


「……どなたからでしょう?」

「『ナディアとカミーユをこれからもよろしくね』、とのことだ。ソフィア様からどうしても伝えてくれと念を押された」


 ……はっはーん、なるほど?


 ナディアとよく似た顔で、お茶目で真っ直ぐな目をしたご婦人の口紅が脳内で弧を描く。


「ソフィア様、というと、ナディアのお母様でしたよね? ……理由は分かりませんが、そちらが望む限り、私は望むところです」


 笑顔が引き攣りかけたけれど、最後まで白を切り通してやろう。


 体裁上はそう扱ってくれ、頼むから。

 俺だって一応はカミーユを信頼しているんだ。


「これでお前に用はない……また何かあれば知らせろ」

「はい。それでは」


 闇の中に気配が滲んでいく。

 近くでは存在を追えたが、しばらくすると完全に分からなくなった。

 本当に短期間で腕を上げているようだ。


「はあ……」


 右手で頭を抱えてその場にしゃがみこむ。


 ……んー、チェックメイト。


 明らかにバレている。

 ソフィアさんは一体どんな慧眼をしているのだろうか。


 ……まさか、導師が口を割ったとか?


 それだったらちょっと泣く。


 しかし、こうまで来るとどうしようもないと割り切るしかない。


 カミーユもソフィアも信頼の置ける人物だと思う。

 ナディアに関しては言うまでもない。

 バレてしまったのなら、彼らを知っている人達の中に入れて扱うだけだ。


 さて、これで話したい相手とも、ちょこまかと気になっていた相手とも話せたから目的は達したのだけれど。


 何事もなかったかのように、すっと立ち上がる。


「直ぐに戻りますので」


 気配の方に視線を向け、最初に言い訳を述べた。


 その性質ゆえに森の中に紛れてはいるが、魔眼で見れば眩しいぐらいだから分かりやすい。

 気配を隠すつもりはないのだろう。


「咎めません」

「ありがとうございます、ジークリンデ先生」


 新たな訪問者は魔法科から引率団に加わっているジークリンデ先生だった。

 最近よく遭遇していたが、声は久しぶりに聞いた。


 森の中でエルフを見るのは初めてだけれど、一目で馴染んでいるのが分かる。

 切り取ればそれだけで、不穏な夜の森も幻想的な絵になり得るだろう。


「御用がありましたか?」

「……」


 問いかけに否定もせず無言なのが、いつもだが。


「アリスには分からないでしょうね」

「……」

「私も見えません。この子も」


 今日は口を開いた。

 エルフは森の中に居るとよく話すのだろうか。


「この子、というと」

「『精霊』、来て」


 本で読んだ、エルフは精霊に特定の名前を付けないという文化は本当だったらしい。

 一人一人が『精霊』という単語で呼ぶのを名付けとする。


 だからだろうか、現れた風の小精霊はうちの子たちと比べぼんやりとしているようで、個性があまり見られない。


「……精霊、様、ですか」

「……」


 名前が呼ばれた瞬間、驚く演技を用意ドン、だ。

 正直見慣れているしもっと凄いのもいるけれど、設定上見られないので。

 嗚呼、もどかしい。


「お目にかかれて光栄です」


 恭しく頭を下げる。

 この世界は精霊信仰の宗教観である。

 こちらも一応神殿で洗礼を受けた身だ。

 洗礼以前から魔力をあげたりしていたからあまり神聖視もできていないけれど。


『いい』

「?」

「頭を下げないでください」


 精霊が声を発したとき、ジークリンデ先生は何か意思か感情を受け取ったように見えた。

 するとすぐさま、俺の頭を上げさせようとする。


「いや、でも」

「下げないでください」

「いや、でも」

「下げないでください」

「はい」


 立ったままの敬礼をする。


「あまり畏まらないでください」

「ええ……」


 姿勢を崩す。


「……」

「……」

『……』


 ……やりにくいなー


 精霊様が何か拒否反応を示したらしい。

 一応ジークリンデ先生が来ているし、アリスが同じ班だから精霊たちは留守番させていた。

 今頃秘密基地やトルナ村の泉でバカンスを楽しんでいるだろう。


 名付けた精霊の魂と繋がるパスもルリが分からないぐらいにしてあるから大丈夫だと思ったのだが、このざまだ。


 何か分からないけど、何かを感じているのだろう。

 この様子だと、主に精霊の方が。


 やりにくいからさっさと退散しよう。


「あの、そろそろ良いですか?」

「はい」

「それではジークリンデ先生」

「……これから私のことはジークとお呼びください」

「無理です」

「いえ、ジークと」

「無理です」


 それは絶対無理だ。

 俺がいきなりジークリンデ先生のことをニックネームで呼んでいれば必ず何かあったと詮索される。

 アリスやカイルといった貴族組に追及され、立場を使われたりしてどうしても上手い誤魔化しができず、答えに窮する未来が見える。


「……あなたがそう言うのであれば」

「ありがとうございます。それでは失礼します」


 彼女と精霊を振り払うようにその場を脱した。


 ……正直、こっちも王手かかってるよな。


 何かあればすぐに隠していることを知られるだろう。


 割り切ったと思ったら、悩める題材が増えてしまった。



 ****



 その後、不寝番の交代の前にはテントへ滑り込み、何食わぬ顔でカイルと交代をして、朝を迎えた。


 いよいよ今日から本格的な演習である。


ありがとうございました。


実は更新が絶えていた頃にリハビリで書き始めたローファンタジーも投稿していたりします。

ぜひ気が向きましたら作者リンクからご一読ください。

帰還勇者、追放、無双のラブコメ風味です。

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