森林実習:出発まで
「六組の奴らが帰ってきたな」
「……いよいよだ」
「班割りも週末までに出る」
教室でクラスメイトたちの話し声が聞こえた。
待ちきれないのは分かるが、週替わりで組ごとに行くから本番は来月で、まだ少し気が早いと思う。
二年生後期のメインイベントは何かと言われれば、学園祭を押しのけ、騎士科では森林実習の名が多く上がるだろう。
一緒に行く他の学科の生徒達もそれは同じかもしれない。
この世界で騎士団の役割は貴族の護衛や治安維持、時や場所によっては領地管理や戦時兵力と様々あるが、第一に上げられるべきなのは魔物との戦いである。
言ってしまえば本来、人と人との戦いは騎士の本職ではない。
この世界では土地の開拓や防衛など、生存域を広げるためにも、ただ生活を送るためにも魔物と戦うことが必要であり、その過程で生まれたのが騎士の身分だ。
今では多くの役割が冒険者と共有されており、むしろその多くを彼らに譲り渡している部分もあるが、国や領地を上げての開拓事業などでは現在も騎士団が冒険者を指揮し、先陣を切るという形がとられる。
だから騎士を目指す者たちにとって一週間に渡る遠征である森林実習というのは特別な存在であって、楽しみにしている学生も多い。
これまでも何度か合宿のような野外実習もあったが、森林実習はその本格さと自由度が違う。
「レイは誰と班になりたいとかあるかい?」
「さて……誰となっても全力を尽くすだけですが」
「僕は君とがいいけどなぁ」
「気が楽なのはローレンスですかね」
「酷くないかい? それ」
けらけらと笑うカイルは特段気にしなくてよいだろう。
森林実習は遠足ではなく真面目な授業の一環だ。
保険はかけられるが、その性質上ともすれば命を落とす可能性だってある。
自分たちで班が決められるわけではなくて、先生が様々な面や共に行動する魔法科の顔ぶれも考慮して班を組み分ける。
相性のいい者達を選ぶという話もあるが、どうなるか。
****
「なったね、レイ」
「なりましたね……よろしくお願いします」
「よろしく頼むぞ。お願いします、カイル」
「ああ、ローレンス、頑張ろう」
俺の班の騎士科メンバーは以上三名である。
成績的に見ればずいぶん偏りのある編成だが、周りから特に文句は無かった。
「そのメンバーにしておくのが先生としても一番安心なのだろう。先生は夏の話も知っているからな」
加えてグレンからは、俺というちょっとしたイレギュラーと普段から仲良くしているのが理由だとも示唆された。
教室内を見渡せば他の二人組や三人組も編成されているが、だいたい普段の交友グループなのが分かる。
危険な場所に立ち入る以上、人間トラブルはできるだけ避けたいという思惑だろうか。
グレンも、最近よく面倒を見ているエリオットと一緒だ。
「でも、演習は忙しくなりそうね」
「面倒よ」
「ははは、魔法科次第だけど、そんな気はするよ」
演習内容は班ごとに定められており、実力によって難易度も変わるらしい。
同行する薬師科のために川沿いに生える薬草を取ってこいという冒険者なら初心者のクエストから、森の奥の方で魔物の魔石を取ってこいというDランク相当のクエストまで難易度が変動するらしい。
それに、十組ならばそもそも高水準が要求される。
魔法科のメンバーにもよるが、さて、どうなるか。
****
「よろしく、あなたたち。それにしても面倒そうなパーティね」
「俺はカイルの他は初対面だな。アリスのクラスメイトのジェイク・E・デイビス。子爵家だがデイビスは知っての通りの田舎だから、他の奴らより森には慣れていると思う。よろしく頼む」
……はい、最高難易度決定おめでとうございます。
アリスもカイルや俺の顔を見たとき一瞬嫌そうな顔をした。
騎士科首席、魔法科次席、騎士科三位が揃ったわけで、演習内容が面倒なのは目に見えている。
「騎士科十組のレイと申します。ジェイク様、何卒よろしくお願いいたします」
「固いな、おい。俺のことはジェイクでいいさ。騎士科の首席にでかい顔できるほどじゃねえ。そっちの……君もよろしく、ローレンス」
ジェイクの存在は俺も知っていた。
王国でも辺境の方の貴族家次男で、フィールドワークに長けた魔法科の異端児とも噂されている。
授業などではかかわりが無く初対面だが、魔法科の貴族らしからぬ筋肉質な体は、冒険者と言われても疑わない程に均整がとれていた。
性格も気さくで、変人が多いと言われる魔法科では異端児と呼ばれるのも納得だ。
「そうね、私もアリスでいいわよ、二人とも。演習中はどうせ呼び捨てなんだし、今更でしょう?」
「分かりました……アリス。お願いします」
彼女については説明するまでもないが、今日も金髪は美しく靡いていて、耳は人より長く尖っている。
「それにしても、配慮が無いわよね。女は私一人じゃない……華が無いわけじゃないのがちょっとムカつくわね」
アリスは嘯いてから、騎士科の三人に胡乱な目を向けた。
確かにこの場で黒の制服はアリスだけで、あとは白の学ランだ。
あまりこの班を決めた学園側は褒められないかもしれない。
「なに、貴女に手を出せばそれこそ大問題だ。むしろ俺たちは最大限配慮されて配置されたんじゃないか?」
「そう? ならあなたが一番前で働いてくれるかしら。騎士科の三人には私だけ守ってもらうわ」
「はっはっは、俺は魔術師なんだが」
アリスは既にこの世界のアンタッチャブルたるエルフの森と繋がりがあって、その証拠にジークリンデ先生に教えを受けており、その彼女もこの学校に来ている。
王国とエルフの森を繋ぐ重要な架け橋を担うウォルコット家の、さらにその先祖返りの寵児をこの演習で傷付けるわけにはいかない。
「アリス、その仕事は私にお任せください」
「あら、ローレンスは頼もしいわね」
「おいレイ、負けてていいのか? お前は俺ごと守ってくれていいぞ?」
正直ジェイクを見ていれば、前衛でも働けそうな気がしてくるのだけど、まあいいか。
「お任せください。我々騎士科がその職務を果たし、お二人が存分に力を振るえるよう約束します」
「首席は心強いな!」
「レイにそう言ってもらえるなんて、僕も魔法科に入ればよかったかな」
「あら、いいわよ、守ってもらっちゃって別に。ローレンス、私のことはお願いね?」
「えっ!? あの……」
ああ、アリス、ローレンスはまだカイルにも慣れきってはないクソ真面目だからそういう冗談は……
何はともあれ先行きはどうなるか分からないが、賑やかな班にはなりそうだ。
****
演習のブリーフィングをしたり、ジェンナーロの所に武器を取りに行っていたりの間に日は巡り、早速出発の日がやって来た。
演習先までは馬車で移動し、日暮れまでには着く予定だ。
「行ってらっしゃい、師匠! ローレンスも、足引っ張らないようにするんですよ?」
「ふん、心配されずともだ」
「はは、行ってくるよ。ウェイン」
休日に出発ということで、見送りに来てくれたウェインやリーナに一時の別れを挨拶する。
心配は要らないと思ってくれているが、この世界での旅立ちはとても重要視される。
「行ってらっしゃい」
「うん、じゃあまた来週」
「ナディアさんも、お気を付けて」
「はい。ありがとう、リーナ」
治癒士科十組のナディアも森林実習に参加する。
パーティとして参加することはないが、拠点で演習から帰ってきた生徒達を回復させる役目が与えられている。
彼女の付き添いの従者は宿の関係かカミーユではなく女性メイドのジルダだが、カミーユならばひっそりと付けてくる可能性もありそうだ。
まあ、あまり気にしてやることもないだろう。
また、この実習にはポーションや傷薬を用意してくれる薬師科や、侍従科の一部有志も参加する。
参加しないのは残りの侍従科と貴族科、それから文官科だが、彼らも学園から持ち出す糧食の管理や、最終的な戦果の集計、結果報告のとりまとめなどの仕事が与えられているらしい。
予想以上に二年生全体が一丸となって取り組む活動だった。
彼らも今は見送りに来てくれている。
「各小隊は五分後に隊列集合! その他の者も乗り込んでいけ!」
それから、今森林実習隊の指揮を執っているのは現役の王国騎士団だ。
実習では各班に一人ずつ、安全監督として騎士が付く。
冒険者見習いが仕事をするのに必要な監督役と似たような役目を果たし、任務には手を出さないがもしもの時は助けてくれる
「行ってくる!」
目的地はDランクの魔物すら存在するシアラー公爵領東北部地域の森だ。
油断できる場所ではないと、馬車が進み始めた時から皆の顔は真剣なものになっている。
「楽しみだな、レイ」
「……油断しないようにな?」
「そうそう、森はいつでも危ねえからな」
「そうかしら? 私としては森の中よりこの馬車の中の方がよっぽど大変なのだけど」
その中でも俺たちの班は相当リラックスしていただろう。
道中、まったりとした空気を垂れ流していたせいで同じ馬車に乗っていた別の班のマーガレットに苦言を呈されてしまったが、緊張しすぎるよりはよほどよかっただろう。
ありがとうございます




