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新しい教員

 気を引き締め直して学園生活再開である。


 そもそもずっと正体を隠し通してここまできているわけで、バレたらどうするかの策をきちんと講じておこうと決意する以外、特にこれまでと変わりはないはずだ。



 ****



「…………?」

「どうしたんだい?」

「いえ……」


 そんな後期の二週目の朝、新鮮な雰囲気も落ち着いてきた頃に妙な違和感があった。


 この前にも似たような感覚を味わったような。


 ……そう、導師と再会した時とか。


 理由は気になるけれど、今ここで探知の範囲を広げてしまえばつい先日に引き締めた気がまた緩まることになって得策ではないはずだ。

 ジークリンデ先生の精霊なら探知の魔力に気付いてしまうかもしれないし。


 ぐっと堪えて違和感を忘れさろうとすると、担任のジェローム先生がいつもより早い時間に教室へとやってきた。

 ホームルームにしては少し早い。


「今日のホームルームの時間、騎士科生徒全員は第一闘技場に集合になった。急だが、移動してくれ」

「は!」


 揃った返事が返るところが騎士科十組ではあるが、先生が退室していくと口々に話を始めたところはやはり学生である。


「なんだろうね、一体。レイは何か知ってるかい?」

「いえ、心当たりは」

「そうか、ジェローム先生が君を気にしていたと思ったけど」


 それは同感だ。

 先生は言葉を告げた後にちらりと俺の方を見た。

 カイルも分かったのなら、気のせいではないと思う。


「とりあえず行けば分かるでしょうか」

「行くぞ、カイル、レイ」


 グレンに呼ばれ、俺たちも連れ立って集合場所へと向かった。



 ****



 全員の集合を待つ闘技場内はざわめいている。

 クラスで整列して待ちながら何か情報が漏れてこないか聞こえてくる話に耳を澄ませたが、貴族達も平民達も総じてこの集合の理由を知らないようで、聞こえてくるのは憶測や推理ばかりだ。


「静粛に」


 闘技場の観客席側に立つ騎士科の学長先生が告げた。

 風魔法に乗った威厳のある声と少々の威圧の魔力の効果はてきめんで、学生たちが水を打ったように静まる。


「本日より、騎士科に新たな教員を迎えることになった。急なことだが、少々特別だ」


 普段の着任は春に紹介される。

 今回は本当に特例なのだろう。


 ……にしては、姿が見当たらないのだけど。


 闘技場内に見慣れぬ気配はない。

 多少魔力を探ってみても同じだ。


「先立ってまず、本日は彼から挨拶がある。……粗相の無いよう」


 学長先生が立ち位置を中央から横にずらす。


 ……ん?


 強烈な魔力の反応と、空間が歪む感覚。

 転移魔法だ。


 それで、結構な数がリアクションした。

 特にはグレンとか、カイルとか……ウィルフレッドとか。

 主には貴族の面々だ。


 いくらか現れた彼と面識がある連中だろう。


「ああ、突然すまない。王国騎士団団長、フランク・A(アル)・チャールトンだ」


 突如として転移してきたフランク団長が名乗ると、生徒達は驚きながらも一斉に敬礼の姿勢を取る。

 分かりやすい身分社会だな、と思いつつこの会場の最低身分であるから、ことさら丁寧に形を作る。


 頭を下げながらも唖然とする生徒たちへ楽にしろと告げながら、フランク団長は言葉を続けていく。


 さて、今一瞬こちらを見た気がする。

 今日は普通の学生ですよ、と無言のアピールでもしておこう。


「ふん、驚かせてしまったか? だが私は単なる送迎役で主役ではないんだが……」


 ……なるほど。


 早くもピースが繋がった気がする。


 教室で感じた違和感、わざわざ俺に注目するジェロームとフランク団長、それからフランク団長が送迎役をしてくれるような人物。


 そんなの、繋げられるのは一人だけだろう。


「なので、手早く紹介させてもらおう。◆◆◆◆……【転移】」


 公爵家直系の王国騎士団長にして“無敗”の二つ名をほしいままにする彼によって呼び出されたのは、優しげな顔立ちをした、それでも只者ではないと直感させる男。


 中年を過ぎ、仰々しいパフォーマンスをしてしまっている自覚からか苦笑いをしていても、その身から強者の覇気が放たれている。


 彼は誰もが名を知る英雄であり、それでいて学生たちの誰もがその姿を知ることをできなかった伝説であり。


「紹介しよう、我が友人、ジョゼフ・スターリングだ。君たちの先生になる」


 まあこれ以上の前振りもいらないだろう、現れたのは俺の師匠だった。


 長いこと貴族から逃げる生活を送っていたはずだが、どうやらいよいよ捕まっていたらしい。


 苦笑いのままの師匠とその隣で楽しそうなフランク団長、二人ともがこちらを向いていた。


 ……サプライズ、ってとこだろうか。


 俺も多少は驚いているので、期待外れだと言わんばかりに肩を竦めるのはどうかと思いますよ、フランク団長。



 ****



 師匠が着任の挨拶などを終えて集会は解散となった。

 一限は開始時間が遅くなったから、少しだけ時間の余裕がある。


「師匠! お久しぶりです!」

「久しぶりだね、レイ」

「はい!」


 師匠の元へと駆けつける。

 申し訳ないことにサプライズにはあまり驚けなかったけれど、それはそれとして師匠が学園に来てくれたのがとても嬉しい。


「それにしても、どうしてここへ?」

「ああ、君がここへ向かった後にゆっくりと王都へ向かってね。帰り着くや否やフランクに見つかってしまったんだ」


 師匠は俺の父さんやその仲間の人達の所へ行くため、貴族の家から出奔していた。

 その旅自体は俺のところが終着だったからしばらくウォーカーの街に留まってくれたわけだが、俺が出発した後にまた街を出て、二年近くかけて十四年越しに王都へとの帰還を果たしたらしい。


 それで、王都の門を潜る時に騎士団の一人に見つかってあえなく御用となったそうだ。

 別に、師匠は罪を犯したわけじゃないけれど。


「一応実家に顔を出したりしたのだが、父母も元気そうだったから特に居座る必要が無くてね」


 侯爵家の次男坊ではあるが、十数年に及び出奔していれば今更収まるポストも無く、特に家族の心配も無かったから王都に留まる必要性も無かったようで。


 しかし、笑っている師匠を見ると彼の過去がどんな人だったのかとても気になる。


 ウォーカーの街に居た時には気付かなかったけれど、この世界で妻子の居ない壮年貴族というのはけっこう珍しい存在だ。


「まあそれで先日、フランクと食事をした時に学園へ行ってくれないかと頼まれたんだ。書類上では騎士団長の推薦になる」

「行ってくれないか、ですか……」


 必要性は分からないが、どうやらこの着任にはフランク団長が一枚噛んでいたらしい。

 何か目的があるのだろうかと考えていると、師匠が微笑んで、声を小さくして言葉を付け加えた。


「少し、騎士団長として気になることがあるらしくて、ね」


 ……おおっと?


 その懸念事項というのは一体なんのことだろう。

 はてさて、身に覚えしかない気がする。


「その、随分と元気にしていたそうじゃないか。あいつがああやって頭を抱えるのを見たのは初めてかもしれない」

「はは……ええ、はい、お陰様です……?」


 ……なるほどなぁ。


 師匠は我が身に打たれた楔であるということだ。

 当然のように俺は師匠を信頼しているし、師匠も俺を信頼してくれている。

 近くに置いておくからあまり暴れてくれるなよ、ということであるのだと思う。


 できれば、それ以外も考えてくれていると嬉しいのだけど。


「まあ、君は君のやり方でやったらいい。何かあれば、頼りにしてくれればいい」


 ……こういう所とか。


 彼がいつものように自分を肯定してくれていることに、心が温まる。

 どうしても、俺はこの人の弟子であるのだと思わされた。


「……ありがとう、ございます」

「なに、きっと心配はないとはあいつにも言ってある」


 それからマスターやラス、導師についていくつかの会話を重ね、今度また食事でもしようという誘いがあった頃、授業の時間も近くなった。

 もちろん承諾し、頭を下げてから次の授業へ向かおうとすると、師匠も手を振って送ってくれた。


「……本当にあの"聖壁"の弟子だったんだな」

「まあな。すげえだろ」


 わざわざ俺を待っていたローレンスが合流する。


 今日の集会で師匠の挨拶が終わる頃、会場は驚きも収束して、伝説の登場に大興奮だった。

 ちょっとくらい自慢気になってもしょうがないだろう。



 ****



 彼は結局、特別講師的な立場として三学年全ての授業にランダムで訪れるということになった。

 最初は特定の授業を持つという話もあったそうだが、それだと全員がその授業を選択するという事態になりかねなかったそうで。

 まあ、納得の理由だ。

 "聖壁"のネームバリューは伊達ではなく、常に彼の教えを受けようとする生徒達が休み時間や放課後、山のように集まっている。


「師匠は行かなくていいんですか?」


 と、尋ねるのは俺の弟子のウェイン。

 彼も何か教えてもらいたくてそわそわしている一人だけど、道義上俺を優先しているようだ。


「ウォーカーの街で教えてもらえることは教えてもらったから、今はいいかな」


 ニコリと笑うと彼が居住まいを正した。


 確かにまだ師匠に純粋な剣の腕では勝てないだろう。

 けれど、教えは全てこの身に伝わっている。

 今はそれを研ぎ澄ましている途中だ。


「でもウェインがジョゼフ先生の方に行きたいって言うなら止めないよ。俺の師匠だし、教えるのは本当に上手い人だから」

「いえ、オレは授業で機会があれば、十分です。今は師匠に教えてもらいたいです」

「そう、嬉しいよ。構えて」

「っ、はい!」


 人に彼の教えを伝えていくこともその一環となるだろう。


 しかし、嬉しいことを言ってくれる弟子だなぁ。

 お望み通りきっちり教えを叩き込んでやろう。

 師匠の騎士剣術と、マスター達から習った冒険者流の戦場闘法を俺の目を使ってじっくり見に染み込ませて行くのがいいはずだ。

 ウェインが授業で師匠に教えてもらうとき、きっちり褒めてもらえるぐらいを目指そうか。


「俺の森林実習も近いし、今日からしばらくは回復付きでやろうか」

「っ、は、はい!」

「返事はすぐに、な」


 どれだけ疲れても痛くてもすぐに回復できる世界って便利だよな、と思いながら、打ち込まれる木剣を弾いていく。


「踏み込みにもうちょっと魔力かけてこうか」

「っす!」



 ****



「授業でレイの弟子という子に教えたよ。よく教えているようじゃないか。筋がいい」

「ありがとうございます!」


 後日、師匠に夕食をご馳走していただいた時にお褒めの言葉を賜った。


 よく頑張ったな、ウェイン。

 ご褒美に次はもっとフルコースを用意してやろう。



ありがとうございました。

しばらくこのぐらいのペースで続けられたらと思います。

感想、ご評価、確認しておりますのでいつもありがとうございます。このご時世、何よりの栄養です。

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