表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/160

新学期

連日更新……!

 夏休みが終わる。

 といっても夏は終わらない。

 というか学園は夏の後月から二学期が始まるから、まだひと月ほど残っている。

 最初の二週間は授業を決める期間に当てられるが、それでも学園生活が再開して慌ただしい期間だ。


 それまでの間に、技専へ顔を見せに行ったりもした。


 すると早々に、シンディの飛行機作りは少々実験が停滞気味だったからか、ヤケっぱちで大量の魔力を要求された。

 俺が期待に応えて袋いっぱいの風魔力を差し出してやると、この世の春が来たように跳ね回っていた。

 多分、研究室にこもりきりで季節感覚が無くなっているのだと思う。


 シンディはその魔力を使って数日で何かのブレイクスルーに行き当たったらしく、大型の無人機が離陸に成功した。

 いよいよ本番に近づいてきたと感じさせられる。

 人を載せられる日が来るのを俺も楽しみにしておきたいと思う。


 それから、ジェンナーロの工房にも何度かお邪魔している。

 彼の試作品の試し斬りと、俺の刀、槍、剣の注文に。


 夏に大きな稼ぎがあったわけだし、そろそろ良い武器を持っておきたかったのだ。

 たまに秘密基地で自作の武器を作ったりするが、不格好になるか人に見せられない物になるかの二択で、常に持ちたいと思う武器になってくれない。


 ジェンナーロはこの夏ずっと鍛冶場に籠っていたらしく、また一つ腕が上がっていた。

 もうとっくに個人で店を持ってもいいレベルのような気はする。

 それにしては大分扱いが低かったと思うが……


「やったじゃねえか、おい」

「……うるさい」


 俺が注文することを伝えるとそんなやり取りがあった。


 他の職人たちに話を聞くと、個人の客が付くことで扱いが変わる習わしがあるらしい。

 それなら少々悪いことをした気もする。

 もっと前から彼の打った剣を欲しいとは思っていた。


「気にするな……良い物を作る」

「頼んだよ」


 ジェンナーロはやる気に満ちた顔で、三品全てひと月もかからず納品すると請け負ってくれた。

 あまり無理はよくないと伝えたが、多分聞いてはくれないだろう。


 おかげで森林実習に間に合ってくれそうで、数週間後が待ち遠しい。



 ****



「聞いてくださいよほんと! なんで貴族様と……」

「良い経験ができただろうに」


 ウェインが抗議するのをローレンスが鼻で笑う。


「ちょっと師匠、どうにか言ってくれませんか」

「うん? 私に治癒魔法を受けた恩を忘れたか?」

「オレが居なかったら宿にも困ったでしょうに」


 二人は昼食後の茶会へ向かう道中、ずっと両脇でギャンギャンと喧嘩している。

 まだ夏だというのに、本当に暑苦しい。

 ローレンスは相も変わらず長袖だし、ウェインはまた一回りゴツくなっているし。


 何やら夏休みの間は二人ともウェインの実家がある街へ行っていたらしい。


「まあ、カイル達が来なければ問題にならなかったんだろ?」

「呼んだのはローレンスですよ!」

「違う! あれは勝手に来ただけだ!」


 まあ、喧嘩の理由はこの二人に何かがあったとかではなく、ウェインに付いて行けば俺に怒られないだろうと街へ向かったローレンスに、カイルやグレン、ジェシカとマーガレットいったクラスの貴族連中がさらにくっ付いて来たせいであるらしい。


 大貴族の娘息子がぞろぞろとやって来て冒険者ギルドがパニックになったりしたそうだ。

 一応、カイルが取りなしたそうなのだが。


「まあ、悪いのは貴族サマってことで」

「でも……!」

「こいつが……!」


 まあ、普通にこの二人はお互いちょっと頑固なところがあるからたまにこうなる。

 むしろ、日常が戻ってきたなという気もする。


「喧嘩するなって。……着くから」


 声色を変えると二人はハッとして口を噤んだ。


 神妙な雰囲気を保って歩いていくと、いつもの屋外のテーブルへと辿り着く。


 既に他の三人の姿がある。


「レイ! ローレンス! ウェイン! お久しぶりです!」


 そのうちの一人が立ち上がって、花が咲いたように笑った。

 隣のローレンスが顔を綻ばせていて、もう片方ではウェインが少したじろいでいた。

 ウェインの気持ちは分からなくはない。

 それだけ、魅力的な笑顔だった。


「お久しぶりです、ナディア。……本当に」


 俺たちの中で一番先に動いたのはローレンスだった。

 彼女の側まで近づき、丁寧に再会の挨拶をしている。


 それからウェインも同じように再会の挨拶を交わしていて、彼は少しカミーユの方にも気にかけていた。

 従者でしかないと心得る彼はあくまで背景になるつもりらしく、軽く会釈する程度だったが。


「久しぶりですね、ナディア。元気そうで何よりです」


 それから俺も。


 不自然にならない笑顔に気を使って、彼女と感動の再会を果たす。

 命の危機すら覚悟した別れを経ての再会だ。

 そう思い込まなければいけない。


「フランクールの話は聞きました。……大きなことにならず、安心しました」

「はい。様々ありましたが」


 フランクール内の混乱の一日は留学生達を通して学園都市まで既に運ばれてきている。

 粛清未遂、拉致監禁されていた英雄、敗戦に近い講和、それから、信ずるに値しないとされる与太話。

 主要な導師の名前が上がっていないだけで、あとは結構な精度で語られていたと思う。


「そう! それで、色々聞きたい話もあるのです!」


 それぞれ席に着き、カミーユの注ぐお茶や運んできてくれるお菓子を手に取っていく。

 興奮気味に話を切り出したのは気を取り直したウェインだった。


「なんでも、ナディア様のお宅にあのファイという男が訪れていたらしいとか!」


 カップを持つ手が揺らがないように、最新の注意を払った。

 カミーユの眉が少しだけ歪む。

 リーナは興味深そうに聞く姿勢をスムーズに作ってくれた。

 ローレンスがウェインに乗っかり巷で最も噂される傭兵の話を聞き出そうとすると、ナディアは眉を下げる。


「確かに我が家にいらっしゃってお話もさせていただきましたが、前線での話は知らないのですよ」

「やはり本当に居るのですね!」

「彼はどんな男だったのですか!?」


 ……あーーー、むず痒いなぁ!


 他ならぬ自分の話である。

 バレたりしたら舌を噛み切りたくなるであろうロールプレイをしている。


 ファイの万兵送還はどこから話が漏れたのか、フランクール中で広まり、この国までやってきてしまった。

 実際に目にしているのはルスアノ兵と使節団だけだ。

 あまり広まらないと思ったのだが。


 この街でも噂されているのを聞いた時は頭を抱えそうになった。

 それをウェインやローレンスがわざわざ知っているか確認してきたのだから、もっと。


 リーナはファイの正体に気付いていると思うが、ここまでそういった素振りを見せていないのが本当にありがたい。


「ファイの特徴は? 大男と聞いていますが」

「背は高かったですね。ですが、噂されているほど高いわけではないのですよ。ウェインより頭半分大きいぐらいでしょうか」

「印象なんか、聞いてもいいですか?」

「そうですね。優しいお方だと、思いました。……とても口数が少なく、あまり多くはお話できませんでしたが……」


 最寄りの伝説の承認ということで根掘り葉掘り質問されるナディアはまったく嫌がる素振りなく二人の質問に答えていくと、振り返って従者に声をかけた。


「カミーユはもっとお話していましたよ」

「そうなんですか!? カミーユ」

「……仕事が仕事だったからですが」


 そう前置きをするが、ナディアの催促を受けたと解釈して、彼はファイの印象を語っていく。


「冷淡と感じさせる程に冷静。誰に対しても常に無表情で、感情が無いようにも見えました」


 それは重畳。

 ファイは基本的に表情を動かないようにマスクやら魔法やらを準備したから、そういった印象を与えられたことは大きな成功である。


「……そのせいか、底の見えない男でした……彼が噂通りの所業を成していてもあまり驚きません」

「おおっ、ではあれは」


 そしてまたむず痒い話に戻る。


「私もカミーユも、彼に助けられました。今こうしてここにいられるのも、彼のおかげなのです」


 ナディアが言葉を挟みつつはにかむ。

 カミーユの眉間がさっきより厳しく歪んだ。

 リーナの視線が一瞬だけこちらに向いた。


 ……おおっと、雲行きが怪しいぞ?


 なんというか、思春期特有の表情というか。


 いや、大丈夫。

 あれはもう現れない存在だし、ちょっとナディアの心に存在が刻まれたぐらいで大きな影響は与えないはず。


 それに、誰も俺とファイを繋げることはできないと思う。


「助けていただいた、というのは?」


 俺が不自然に黙り込むことがないよう合いの手を入れると、ナディアが滔々とその時のことを語ってくれた。

 被弾したのを暴露されたカミーユが己の情けなさに歯を噛み締めているのは気の所為ではないだろう。


「誰も反応できない速さの狙撃……」

「ファイは下手人に気付いていたというのですか!」


 ……まあ、気づけていなかったのだけど。


 あの時は周囲への警戒が緩んでいたから、ガラスが割れる音が聞こえた後にギリギリ手の甲を間に合わせた。

 間に合ってなかったら魔法を発動させていたと思うし、それより少しだけ早くヒスイが叩き落としただろう。


 一番常識的な範疇で防げたのが手の甲だというだけで。


 意識をするとあの時の痛みが少しだけ蘇った。

 魔力での強化を破り、手袋と手の甲の皮膚を穿った一撃は一瞬だが肉体へとめり込んだ。

 直ぐに弾丸を【空間収納】にしまって除去し、魔力治癒に努めたが痛いものは痛い。


 思わず、右手の甲をかいてしまう。


 さて、人の無意識の動きはだいたい同じ軌跡を辿る。

 癖がついていると言ってしまえば話は早いが、普段あまりしないモーションでも重なることは多い。

 神経系とかそういう話も絡んでくるのだろう。


 そんな人体の当たり前のことを思い出した。

 右手の甲を掻くのをやめながら。


「もしかすると、そう、かもしれません、ね……?」

「……」

「? どうかされましたか?」


 ……よっしゃ、シラ切り通すターンだな、これ?


 こちらに向かう目は四つ。

 つまり二人の視線。

 色はそれぞれ揺れる水色と、その背後で固まっている銀。


 そういえば屋敷でナディアの治癒を断った後に何度か右手の甲を掻いていたりしたっけ。


「いえ……あの……」

「なんでしょう?」


 キョトン、と。

 察しの悪い表情をフルに作る。


 今だけ精霊とちょっとだけ繋いで他角度から表情を確認。

 ごめんね、風精霊のみんな、急に呼び出して。


「いえ……何でも」

「そうですか?」

「ナディアさん、それで、彼は?」

「ああ、ええ」


 ……ナイスカット、リーナ!


 あくまでも、ワクワクしながら話を聞いている姿を見せているリーナが、本当に最高のタイミングで話に入ってきてくれた。


 ……有耶無耶になってくれねえかなぁ!



****



 その後、なんやかんや追求されずに済んだ。


 ……助かった、かな?


 帰り道に魔法科棟から遠く離れた場所でジークリンデ先生と会ったけど。


 ……もうちょっと慎重にならなくちゃいけないか……


 新学期はさらに気を引き締めていこう。


ありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ