一件落着
いつの間にか100話超えてました
今頃導師は屋敷に戻っただろうか。
襲撃が鎮圧され、講和案が可決された今、導師にできることはあまり無い。
議会派の暗殺とかなら、あるいは。
……あー、自決とか。
それはよくない。
だが結局、議事堂では俺の裏切りがあったせいで導師は何もできていない。
議決の間も俺が魔力にものを言わせて縛り付けていたから、一言たりとも発せなかった。
無力感から自暴自棄になって、という可能性も否めないだろうか。
何事も起こさせないように、見張りは付けておこう。
もう議会派を探る必要はあまり無いから、精霊たちは比較的自由に動かせる。
『ヒスイ、頼める?』
『フウマに任せるわ』
『行ってきますよ、レイ様!』
フウマに頼んでいるが、実質的には断られた。
しばらくずっと外回りだったせいだろうか。
『私も、カイトに任せるわ』
『はい、行ってまいります』
俺が何を言うまでもなく中精霊からの命を受け、粛々とカイトが今にも飛んでいきそうなフウマの元へ向かっていく。
『いいけどさ……頼んだ、二人とも。相手は導師だから、見失わないように』
『はい!』
結局いつもの二人が屋敷へ向かっていった。
雑用は小精霊に任せたいという心がちょっと伝わってくる。
カイトたちもあまり気にしていないようだが。
まあ、今もシズクが基地にいるままだし、俺も任せてしまっている部分は多い。
状況が一段落したらまとめて労ってあげよう。
『なんだ、今じゃないのね』
『ここじゃあバレるかもしれないから』
言っている間に目の前のドアが開いた。
「入れ」
そう言うフロリアンはまだ執務机に向かって手を動かしている。
躊躇するが、彼が良いと言ったなら良いのだろう。
部屋に入るとフロリアンはペンを置き、書類を文官に手渡すとそのまま人払いがされた。
「わざわざすまないな」
「ふん、我は傭兵だ。慣れている」
「……そうか。用件だが、まずは礼を言おう」
「何?」
議会を中断させて感謝されるとは思わなかった。
「貴殿のおかげで死者はいない。さすがに今回は民の顰蹙を買いかねなかった」
「なるほどな」
「制圧を求めたが、抵抗があり確かに命を狙ったと聞いている……扱い慣れない得物ということもある」
なるほど礼があったのは、俺のまとめて無力化したパフォーマンスが皇帝派議員への示威行為もかねたことで、犠牲者を出さずに議案を通すことができたからだった。
それにしても、人を殺さないことに安堵する心意気はプラス評価だ。
「それで、本題は?」
「ああ、仕事の話だ。貴殿を雇わせてくれ」
「ほう? 高いぞ?」
本当は報酬はどうでもいい。
だが、既に貸し借りはゼロだろう。
そもそも傭兵の相場も知らないからふっかけておく。
価値は十分に見ているはずだ。
「分かっている。契約書は既に準備してある」
机の上の書類から一枚手渡された。
……なにこれ。
思わずこの世界の通貨単位に考えてしまう。
だいたい銅から銀へ、銀から金へ百枚ずつで変わっていく。
ではその上は。
金貨が百枚集まるとなんと硬貨がミスリルになる。
これは王国でもこの国でも同じである。
「白貨十五枚か」
「足りんか?」
「ふん、構わん」
金額を口にすれば険しい目で見られた。
心配せずとも驚いただけである。
白貨なんて国家予算規模と言われていて現物を触ったことがない。
「ただ」
「ただ?」
「期間が長い」
仕事内容は特使の護送と敵軍の撤収確認だが、拘束期間が一週間になっている。
これはいただけない。
知る由もないだろうがこちとら学生である。
貴重な長期休みを無駄にしたくはない。
「今日明日の二日で十分だ」
「それは……」
「まとめて送り返す」
フロリアンの表情が一瞬だけだが固まった。
心の内では唖然としているのだろう。
さっさと条件を固めてしまいたいから重ねて確認する。
「それでいいか?」
「……ああ」
交渉成立。
契約書を書き直し、こちらでサインする。
筆跡も適当にいい感じにしなければならないから困ったものだ。
さっさとこのキャラから脱出したい。
正直、大物政治家と渡り合うキャラなんて胃が痛いのである。
「特使の準備はできているのか?」
「ああ。場所も既に指定されている」
「向こうも随分と手際がいいな」
「貴殿も油断するなよ」
こちらが前線の相手陣地に講和案を提出すれば戦争は終結する流れが既に決まっているらしい。
向こうの要望をほとんど呑まされてはいるが、戦争が継続するより余程いいそうだ。
まあ、内容についてはどうでも良い。
「明日の朝には向かう。支度をさせておけ」
****
話が終わる頃には導師やユーゴーたちが屋敷に戻っていた。
屋敷に残っていた妻子との感動的な再会シーンである。
迎える側も迎えられる側も笑みを称えているが、お互いの目には光るものがあった。
妻のハグを受けたユーゴーの笑顔がやや困ったような顔をしていたのが印象的だった。
****
この世界の朝は早い。
六時の鐘がなる頃には皆が起き始めている。
日の出とともに動き出すのが常だ。
「行くぞ」
「ええ、よろしくお願いします」
特使と護衛、その他の文官など総勢十三名の使節団と俺が転移する。
指定された場所の確認は夜の間に済ませていた。
本当は儀式的に国の魔法使いが集まって転移するはずだったが、時間短縮の為にカットだ。
俺が全部やる。
「着いたぞ」
「……ええ」
長ったらしい詠唱も多人数による魔法で必要な魔力連結のあれこれも全部無しだ。
三秒で目的地に着いた。
ダメだ、特使が呆けてしまっている。
「先触れを」
「ああ。では、先触れをお願いします」
「はっ!」
俺から促されて特使が正気に戻ると、こちらの騎士が一人相手陣地に向かっていった。
約束通りの場所であるから周囲にルスアノ兵は居るが、あまり過激な警戒はされていない。
一応、この時間に着くことは書簡形式で連絡されている。
しばらく待てば、先触れが帰ってきた。
陣幕へ入ることが許可されたらしい。
講和は無事に成った。
彼らが既に陥とした北部連合の自治権を認め、たった今まで争っていた領土の割譲を果たす。
内容は完全に共和国、フランクールの負けだ。
だが、ここまでしなければ進軍はここで止められないだろう。
向こうからすれば、戦い続けていたら最低限得られる領土だったはずであるし。
むしろルスアノもよく止まってくれたものだ。
「さて」
皆で打ち上げられた信号弾を見上げている。
「午後までには全軍引きあげてくるようですよ」
「ここからが長いな」
「それでも重要な役割です」
講和が成立した今、俺たちの役割は彼らが無体をはたらかずに見送るのが使節団の仕事らしい。
「ですけど、何か秘策があるのでしょう?」
「……」
特使がこちらに声を掛けてきた。
俺からのちょっとした要望を相手に伝えたのは彼だ。
「すぐに分かる」
「そうですか」
前線の兵士たちが陣幕のある方へ向かってきている。
フランクール側の兵も既に撤収しているはずだ。
事態をややこしくしないために、そういう指示を出してもらった。
****
「……」
隣の騎士が苦い顔をしているのが分かる。
「これがルスアノ軍ですか」
「はっはっは、こう並んだのを見せることも無いですからな」
敵方の将軍とこちらの特使が会話している。
俺たちがなだらかな丘の上から見下ろすのは、万に及ぶルスアノ兵たちが整列している姿だ。
歩兵隊、騎馬隊、魔法隊、さらには鉄砲隊もいて、圧倒的な威容を誇っている。
わざわざ隠さずに俺たちに見せるのは一種の示威行為だろうか。
確かに、フランクールの軍備では耐えることができても打ち負かすことは難しいことは分かる。
「さて、挨拶に行ってこよう」
将軍が前の方に出ていった。
通る声に魔法を重ね、全員によく聞こえる。
力強い声が何を言っているのか分からないが、彼が将軍という立場に向いていることだけは伝わる。
雰囲気的には叩き上げの人である。
魔力量もこの中では桁外れだ。
「何をするんですか?」
「ふん」
多分、ここからバタつくから挨拶ぐらいはゆっくりさせておいてやっていいだろう。
どこかワクワクしたような目をしている特使も無視しておく。
……来てない、か。
あいつが居たら面倒だと思ったが、ここには居ない。
ヴァレール関連であちらも動いているのだろうか。
講和が成立したのだから身柄は返還されるとは思う。
「挨拶が終わったようですが?」
「ああ。お帰り願おう」
「せっかちですね、貴方」
「ああ」
地を揺らす勝鬨が聞こえる。
彼らの戦勝ムードに水を差すのは申し訳ないが。
詠唱発動。
「◆◆◆◆……」
「え?」
……これぐらいでいいか。
詠唱の長さで魔法に込める魔力が変わってきたりする
だいたい十秒ぐらい唱えてから。
「【転移】」
転移対象は指定範囲の全員。
陣幕含めた物資はすぐに送ってやろう。
「は?」
「え……?」
困惑の声は使節団の全員から漏れていた。
その間にもルスアノの荷物は全てルスアノに送り返していく。
「少し外すが、後で迎えに来る。散らばるな」
フロリアンのところで報酬だけ受け取って、さっさとずらかろう。
****
「いやー、疲れた」
本当に疲れた。
フランクール首都から少し外れた森の中、ボロく見える小屋の中でグダグダする。
フロリアンから報酬は受け取ったし、ヴァレールもいつの間にか首都に戻されていたし、使節団も首都へ戻した。
フランクール共和国内での仕事は一件落着だ。
恐らく謎の傭兵ファイについては紛糾するだろうが、永遠に謎のまま葬るつもりだ。
フロリアンにもそういう風にするよう願い出ている。
ナディア達に挨拶もしてないが、俺としてはまた会えるし別にいいだろう。
『お疲れ様』
『もう遊びに行けるわよね?』
「うんー、まあ、もうすぐ」
折角フランクールに来たんだからピクニックでもして帰りたいけど、まだもうちょっと無理かなぁ。
『なんでよ?』
「だってねぇ、導師」
『!?』
『うっそ』
すごいな、いよいよ中精霊まで欺き始めたよ、この人。
小精霊二人に任せたの、ちょっと甘かったな。
「言葉はいるかの?」
「そりゃもちろん」
そして吹き荒れる尋常ならざる殺気。
やはりいつ見ても絶対的な黒。
残念ながらこちらの要望は無視されたようだ。
「とりあえず、やりましょうか」
森が消えないようにだけ気を付けないとなぁ。
今こうしてまた続きを書けているのも皆様の応援のおかげです。ブクマやご評価、本当にありがとうございます。
至らないところも多い作者ですが、まだあと100話は続くとは思います。これからもよろしくお願いします。