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真相

 銃弾が腕に直撃していたカミーユを戦場から引き剥がし、ナディアを狙った狙撃を手の甲で受け止め、屋敷と首都内の騒動は一段落したと言える。


 最後に現れたスナイパーもきちんと捕らえて、銃も取り上げてある。

 今回の襲撃者の中では格段の使い手だったが、流石に射線から場所が割り出せていれば見つけるのは容易だった。


 ただ、まだ同じ様なのが潜んでいる可能性はあるから、ヒスイは屋敷の方につけてあるが。



 ****


 それが午後五時までの経緯だ。


 軽く手の甲を擦り、議事堂の中央に立つ。


 眼前では白と黒が互いに存在を主張しあい明滅していて、思わず魔眼にかける魔力を緩めてしまった。

 目に痛い。


「呼んだな?」

「おお、呼んだとも」


 それでも頑張って不遜な口調のロールプレイは続行する。

 正直面倒くさくなってきたが、仕方がない。


「何者だ!」

「ファイ。……傭兵だ」


 俺に気づいたフロリアンは即座に警戒を導師からこちらへ移した。


 どこからともなく至近距離に現れればもちろんか。


 それに、ファイの魔力設定はレイとして学生をやっている時より数段多くしているし、今はその中でも特に見せつけている方だ。


 何も思わなかったらそれこそ三下だろう。

 影の巨人などとは呼ばれたりしない。


 その警戒を軽い返答だけで置いておき、俺と導師は打ち合わせ通りの茶番劇を繰り広げる。


「して、ファイ。首尾はどうじゃ」

「仕事は果たした」


 転移陣を敷いた上にひとまとめにしておいたのを、ここに転移させる。


 人と人がぶつかる鈍い音が、呻き声も混ざりながら、静寂の議事堂の中に響いた。

 とっくに導師とフロリアンの魔力の威圧も消えていると言うのに一言も発せていなかった議員たちは、さらなる困惑を見せている。


 俺の背後に現れたのは、言葉通りの人の山である。


「数えていないが、足りるだろう」


 導師以外は一様に、何が起こっているのか分からない、そんな表情をしていた。

 それはある程度計画を知らされているはずのユーゴーとバスチアンも同じである。

 無事を報告するようにするとしか決めていなかったから、何をするとは言っていなかったけれど。

 まさか、俺が無力化した襲撃者をまとめて議事堂に転移させるとは思っていなかったらしい。


「……」

「それとも、処分してよかったか?」

「……いや、ああ、そうだな。足りているのだろう」


 虚仮威しだが、今の状況ではフロリアンにも通じたらしい。

 魔力量の多いものが目立ちやすいように積んだから、彼らをもってして手も足も出なかったという事実は直ぐに認識してくれたようだ。


「ほっほっほ、フロリアン。すまぬのう」

「……」


 導師がフロリアンに得意気な顔をすると、フロリアンは警戒することすら諦めたようにふっと力を抜いた。


「……なぜ、この男に付いた。ファイ」

「我は傭兵だ」


 それだけで通じるだろう。

 本当は傭兵でもなんでもなく、フロリアン筆頭に共和国政府が俺の友人に手を下すのを阻止するためでしかないが。


 だが、今の言い訳は「雇われた」の一言で十分だ。


「目的はなんだ」

「皇帝家に仇なした。それだけで牙を剥くには足らんか? フロリアンよ」


 上機嫌な声色にトゲを含める導師に、フロリアンの眉間の皺が厳しくなる。

 激怒しても良い場面だと思うが、それをしないのは為政者の証だろうか。


「ならば、どうしろと?」

「さて、な。まさかじゃったからのう。そんなところまで考えておらんわい」


 俺と導師の取った行動はあくまでも、皇帝派の自衛である。


 民主主義の崩壊した議会が確かにあったし、フロリアンが動かした駒は平和的解決策とは言い難い。


「ところでフロリアン、あやつはどこじゃ」

「……」

「ヴァレール・ジェルマン」


 導師が口にしたのは共和国では知らぬ者の居ない名だ。

 革命を主導した英雄であり、隠居した今でも実質的なトップである、はずだった。


 だが、ここにはいない。


 首都のどこを探しても、姿は見当たらなかった。

 最初から、最後まで。


 どこかに隠れているのかと思ったが……


「心当たりはないか、ファイ」

「……何がだ?」


 突然フロリアンが俺に話を振るものだから変な声が出そうになった。

 口から出ることは無かったが、危ないところである。


 そして、まったく心当たりはない。

 俺はまだヴァレールの顔も知らない。


「傭兵だと言ったが、お前の仕事じゃないのか?」

「知らんな」


 だって傭兵じゃないし。

 雇われ仕事も今回が初めてだし。

 そもそも雇われてないし。


「何かあるようじゃのう」

「あれが居ればここまでやる必要は無かった」

「ほう?」

「……」


 導師の圧が強まった。

 フロリアンの言い訳のようなセリフが癇に障ったらしい。


「どこに居る?」

「……おそらく、あちらの手中だ」

「それは」

「あのヴァレールが、か?」

「ああ」


 いつの間にか国のアイコンが拉致されていたらしい。


 この世界のカリスマは総じて魔力の高い人間がなりやすい。

 伝聞でしかないが、ヴァレールも人並外れた魔力を持ち、相当な使い手だったと言う。

 年老いた今も一筋縄で行く人物ではないだろう。


 それができる人物の心当たりは俺以外にも、ある。

 戦争が始まった時から影がちらついている。


 ……あー、そういうことか。


 そういえばルスアノと議会派が結んだというのはカイトの推理による仮定でしかなく、明確な裏を取ることはできていなかった。


「合点が行った」

「なんじゃ、ファイ」

「議会派はルスアノに通じたわけではない」

「……」


 俺たちは議会派が、この国の政府中枢が北の大国ルスアノに通じていると考えていた。

 国内の対立の解消と、敵国との講和、その両取りをフランクールの政府が狙っている、と。

 だが、おそらく彼らは最初から皇帝派の切り離しを画策していたわけではない。


 フロリアンの沈黙は肯定と取って良さそうだった。


 ……対立を突かれたな。


 おそらく、見えないところで工作があった。


 導師も俺も情報を漁れないような深い場所。

 おそらく、フロリアンやジェルマンに対して直接脅しかけるようなことが戦争の最初の方からあったのだと思う。


 言うなれば、戦場を飛び越した国の中枢同士で戦争があって、そこでこの国は既に負けている。


「敵はルスアノだな?」

「ふん、それ以外にどこがある」

「儂らにとっては、お前さんらも敵じゃが」

「だが、これはあちらの物だ」


 皮肉を挟んでくる導師はさておき、今日の制圧戦で拿獲した銃を手に取る。


 このルスアノの新兵器をフロリアンの手勢が使っていたのは、彼が敵国と通じているからではなく、向こうに手渡されたからと見ていいだろう。


 ルスアノの狙いは自国に比して豊かなフランクールの領土。

 フランクール政府の狙いは国体の維持。


 国力では同等かもしれないが、戦力ではルスアノが上回る。

 ルスアノの侵略戦が本格化すれば凄惨な戦闘がフランクール国内で起きることとなる。

 事実、北方連合の領土で起こりフランクールが出兵したこれまでの戦線ではルスアノがほぼ圧勝していた。

 だから国内が荒らされる前に領土の一部を放棄し、戦闘も無しにする決断をしたのだろう。


 だが、フロリアンがその決定をしても北部の領土を持つのは偶然にも皇帝派の知事達で、割譲に納得されるはずもない。

 交渉する時間も無く、ルスアノからは武器も融通された。


 だからこその今回の事件。


「負けているな、この国は」

「負けぬようにやっているところだ」


 ここまで追い詰められてなお表に出さず、ふてぶてしさを保っているのは容易ではないだろう。


 俺は素直に感心していた。


「そうか」

「……ファイ?」


 俺の声色に導師が何か引っかかったらしい。

 多分、大正解だ。


「邪魔をしたな、フロリアン・サンソン。議決を再開しろ」

「!!!」


 議会の中が驚愕に塗れた。

 いつの間にかほとんどの議員が持ち直していたらしい。


 鮮やかに議会をひっくり返そうとした男の手のひら返しだ、ここで彼らの圧政を止めないのはどちらも拍子抜けだろう。

 俺でもそう思う。


 けれど、一人の男はすぐさま感情を露わにした。


「どういうことじゃ?」

「どういうことも無い」


 言葉は平坦。

 それでも強烈な殺意の篭った魔力の圧がこちらに向かっていた。


 微風だな。


 その黒を丁寧に俺の黒で塗りつぶし、強制的に黙らせる。


 今、一気呵成を狙う彼の思惑は一番邪魔だ。


「言ったはずだ。仕事は果たしたと。……政治に口出しするのは俺の仕事ではない」


 まあ、どこまでが仕事とか適当にしか決めてないけど。

 それでも既に役目は終わっているはずだ。


 俺が協力するのはナディアとカミーユを守るところまでで、決して議会派を討滅することでも、皇帝派を勝たせることでもない。


 皇帝派が黙らなかったから、議会派筆頭のフロリアンは黙らせようとした。

 今回の襲撃の目的はその一言に尽きるのだろう。

 国全体の危機を選ぶか、敵対派閥の解体を選ぶか、その選択を強いられてからの決断だったはずだ。


 最低限の血で、最大限の血を止めようとしたのだと思う。

 ナディアたちに凶弾を向けたのは許せることでないが、俺という歯車が噛んだ瞬間に局面は変わった。


「今、最も命が守られるのは、あれの策だ」


 皇帝派は力を失い、この国は領土を失うかもしれない。

 それでも戦争を続けるほどの命は失われない。


 ならば、俺はそれでいい。

 そもそもの負け戦だ。

 何も失わないことなんてできないだろう。


 その天秤が俺には見えていなかったし、フロリアンには見えていたのだと思う。


「フロリアン・サンソン、続けなくていいのか?」

「君には後で商談がある。ここに残っていろ」

「承知した」


 何も分からないのに政治に水を差した借りが出来た。

 抑止力として働くぐらい安いものだ。


ありがとうございました。

ストーリーを進めていきたいですね……

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