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高校二年生、秋の日

初作品、初投稿です。

至らない点も多いかと思いますがよろしくお願いします。

 漂っている。

 何でもない高校生だった俺の貧弱な語彙力では、気が付いた自分の状況をそれ以上の言葉で表せなかった。


 どうしてそんな状態になったのかと聞かれれば、死んでしまったからだと答える他にないのだと思う。記憶を辿っても、それ以外に考えられることはない。


 四日前の夕暮れ時、俺は、末吉叶斗すえよしかなとは交通事故で確かに死んだ。

 だから今、漂っているのだろう。


 いやはや、霊魂というものが実在するなんて考えたこともなかった。

 科学の信奉者という訳でもなかったが、実際に見たこともない非科学的な存在を信じていた訳でもなく、死後の世界も幽霊もフィクションの一つだと思っていた。


 ただ今この状態になってしまえば、信じる他になかった。肉体はない。思考と音と視界だけがあって、空中を漂っている。動けないわけではないのだけど、動きたくなくて。


 今の時間は正午をやや過ぎた頃。先ほどには近くの高校で昼のチャイムが鳴っていたところだ。太陽が高くに登っているのだけ見上げた。

 霊魂になって気が付いてからはもうすぐ丸一日が経過する。


 昨日、この状態になって気が付いた。自分が最初に見たのは、火葬場を立ち去る黒の服に身を包んだ家族とわざわざ火葬場まで足を運んでくれた三人の友人。


 その時の俺はここにいるぞなんて喚くようなことは一切しなかった。できなかった。

 肉体を失ったことは死んだことの実感を嫌でも思い知らせ、彼らに何も伝えることはできないという確信があったのだ。

 そんな真似をしても届かず、虚しい思いをするだけだと分かっていた。


 だからと言って何もしなかったわけではない。俺は彼らに近づいた。

 俺が何かを伝えられる訳じゃなくても、彼らが何かを伝えてくれるんじゃないか、そう思ってのことだった。



****



「三人とも、わざわざありがとうね」


 そう言ったのは母親だ。普段も出かける際にはぶ厚くなる化粧が、いつもよりさらに厚く見えた。


「いえ、カナとのお別れですから」


 答えたのは西村啓輔。中高を共に過ごした一番の友人だったが、ケイの表情は初めて見るものだ。


「ほんと、アイツ、いっつも突然なんすよ」

「すまんな、うちの息子がいつも迷惑かけた」


 高校のサッカー部で俺たちと仲良くなった野口遼が続き、父親が答える。

 ケイもリョウも俺の家に何度か泊まったことがあって、俺の家族と知らない関係ではない。


「咲良ちゃん、ごめんね…………私から、言わせて?」


 そう言ったのは東京で大学生をしている俺の姉だ。今年の夏は忙しい忙しいと結局一度も帰ってこなかったから、顔を見るのは随分と久しぶりに思える。


「……」


 俯いて、長い髪に顔を隠している咲良は姉の言葉に何も答えない。


 六人は輪になるようにして話をしていた。俺はちょうど咲良の後ろにいたから、咲良が顔を上げていても表情を見ることはできなかっただろう。


 咲良……岡本咲良は家の斜め向かいに住む幼馴染で、中学からの友達であるケイやリョウよりも付き合いはずっと長い。

 両親とも家族ぐるみの付き合いをしていて、咲良と姉は今でも連絡を取っている仲だ。


「笑ってあげて、咲良ちゃん、そんな顔じゃ叶斗に笑われるよ」


 どんな顔をしているのだろうか。俺に笑われるってことは、怒っているんだと思う。

 咲良が怒る時はいつも本気で、その時の顔は普段じゃ考えられないぐらいにぶさいくだった。

 小学校の低学年の頃までは、俺がからかって怒らせて、ふざけて怒らせて、泣かせて、泣かされてって言うのがほとんど日常だった。


「……ほんとに……カナはバカですよ……」


 第一声がバカとは心外だな、咲良。お前やケイとリョウ、姉ちゃんとも同じ、ここらじゃ一番の進学校に通っていたのに。


「そうね、あの子はほんとにバカよね」


 母親にそんなことを言われるとは思っていなかった。


「ああ、あいつはほんとにバカだ」


 父さんまでそんなことを言い始める。


「バカですよね……あいつ」

「ほんと……マジでバカだった」


 学年トップレベルのケイはともかく、ギリギリで入学して今も低空飛行を続けるリョウに言われるのは納得いかない。


「昔っから、あの子はずっとバカよ」


 普段は東京の名を冠する大学に通う姉には返す言葉も一切ない。

 もしかしたら俺は大バカだったのだろうか。


「ほんと、カナはバカなんですよ。勉強しろって言ってもヘラヘラしてるし、私が勉強教えてもニヤニヤしてるし」


 心当たりしか無いが、それでほんとにバカなんだろうか。


「サッカーしてる時もあいつは大バカでしたよ」


「ほんとバカ、全然テクニックなんか無いくせに練習ではすぐカッコつけたがるし」


「その癖試合に出れば一切カッコつけるのも忘れて、バカみたいに走ってバカみたいに声出すんです」


「いつかの試合はいっつもディフェンスなのにフォワードやりたいとかいきなり言い出してな」


「それでなんか、二点決めて。まあ、その次の試合は散々だったんですけど」


 いつも真面目なケイはともかく、リョウには言われたくない。お前も一緒になって色々バカをやっていたというのに。


「休みの日は私の頼んだことなんかすぐに忘れて遊びに行っちゃってたし、それで川に飛び込んだとか田んぼに落ちたとか」


 いつの話をしているのか、小学生の時の話だろう。いや、中学でもやった気がするか?


「お風呂上がりになると私と目を合わせてくれなくなるしね」

 

 それは……それだ。中学生男子への接し方を分かっていなかった姉のせいである。


「そういう動画を夜中にこっそり見て、履歴も消さないしな」


 ……俺はバカだ。大バカ者だ。

頼むから誰もスマホの履歴は見ないでくれ。あわよくば事故の衝撃で壊れていてくれ、頼む。


「……私が薄着してればえっちな目で見てくるし、二人で勉強してればチラチラとずっとこっち見てくるし、私が指摘すれば全力で違うっていうのにまたチラチラ見てくるし」


 いや、ほんとすみません。思春期の男子だったんだ。


「すぐに勉強しようって何の気なしに部屋に誘う。学校であんまり話してくれないのに、話すと……変に距離が近い。周りから付き合ってるって……思われてるのも知らないし、そう思われてるせいで、彼氏も……できないし」


 それは知らなかった。ごめんごめん


「その癖、私に、気があんのって、聞けば、すぐに真顔で、首振るし。でもっ、その後、耳真っ赤にしてたのも、知ってるんだから」


「隠せてるつもりで、全然隠せてないよね」

「何考えてるか全部筒抜け」

「なのに全然認めないのよね」


 素直じゃなかったな、ごめん


「全部、ぜんぶ知ってた。それで、待ってた。だから、まってたの」


 気づいてなかったよ。


「待ってた、ずっと待ってたのにっ!」


 勇気がなかったんだ。

 自分が大した人間じゃないって、知ってたから。


「いつか言うって、言ってくれたから!!」


 去年のバレンタインのことだ。

 約束守れなかったな。


「なのに!!何で!!!」


 不運な事故だったんだよ。


「何でしんじゃうのよぉ……」

 

 ごめんな、咲良。



****




 昨日、結局最後まで俺は一度も咲良の顔を見ることができなかった。


 咲良が俺のことを好きだと言うことを、あの時の俺は分かっていたんだと思う。

 だから俺は咲良の顔が見れなくて、わざわざ咲良の後ろにいた。

 咲良の怒る顔を見たくなかった。

 それよりもっと、咲良が泣く顔を見たくなかった。


 咲良はその後姉ちゃんに抱きしめられていた。姉ちゃんの口ぶりからして、多分だけど、俺のことを姉ちゃんに相談してたんだと思う。二人はずっと仲が良くて、咲良に何か言うと姉ちゃんに叱られたから。


 結局、泣いていたのは咲良だけじゃなかった。


 厚い化粧でバカな息子が死んだ悲しみを隠していた母さんも、父さんに寄りかかって泣いていた。

 多分、咲良の髪に顔を埋めた姉ちゃんもだ。

 父さんは何も言わずに母さんを支えていて、リョウも俯いてたまに目元を擦っていた。

 ケイはじっと、泣き止まない咲良を見つめていた。バカ野郎と呟いたのは聞こえてたぞ。

 ケイが中学からずっと咲良に気があることを俺は知っていた。お前は俺より頭も顔も性格もいいし、背が高くてサッカーも上手い。何もできなかった大バカなんかよりずっと、咲良の隣はお似合いだろう。





 そんな景色を見て、俺も泣きたかった。

 いや、声を出してみんなに別れを言いたかったし、できるならふらっと生き返って咲良に大好きだって抱きしめてみたかった。

 でも、今の俺にはそれができない。できなかった。

 泣くための瞳が無かった。別れを告げるための口も無ければ、咲良を抱きしめる腕なんかあるはず無かった。

 

 ただただ、悲しみだけが俺の中に積もっていた。


 そして、今だ。


 雨も、風も、熱も、疲れも感じない霊魂は二十四時間、流されるがままに漂っていた。


 そこに自分の愛していた、自分を愛してくれていた人たちの姿はない。

 当たり前だ。生きている彼らにはまだまだ進んでいくべき時間がある。

 自分はどうだろうか。きっと末吉叶斗としての俺はもうすぐに消える。

 今も、昨日よりほんの少しだけ、俺というものが小さくなったように感じている。

 もしかすると死んでから四十九日ちょうどくらいでこの世を去るのかもしれない。

 

 ならあと、四十日と少しか。俺には少し長すぎるかもしれない。


 実のところ、昨日からの丸一日だけで随分と気持ちを切り替えたられたのだ。

 気持ちを整理して、これでおしまいだと。


 思ったことは一つだけ。

 後悔をしないように行動しろってことだけは、なんとか俺の魂に刻み込んでおきたい。


 俺に前世の記憶は残念ながら存在しなかったから、来世の自分に俺の人格は反映されたりしないだろうけれど。それでも。


 そう、区切りは付いた。

 だから、俺も漂っているだけなのは止めようと思う。せっかく与えられた時間を悲しむばかりに使うのはおしまいだ。


 とりあえず今は実家に向けて飛んで行く。

 咲良やケイやリョウの家も自宅からはそう遠くはないからな。


 意識だけの存在である俺に、自由な速度で飛んで、心地良い風を感じたりはできない。

 実体の曖昧な霊魂での移動は、歩くよりやや速いぐらいの速度で滑るように移動するぐらいのものだった。それ以上速く進むことはできなくて、もどかしさもある。

 良い所はいつもより視点が高いことぐらいか。十七年間生まれ育った町を新鮮な視点で見下ろしている。


 そうやって進んでいると、家から最寄りの私立高校から出てくる生徒達が目に入った。さっきチャイムが鳴っていたのはこの学校のものだ。

 そう言えばここは今週が中間テストだったか。午前中で授業が終わっていたようだ。

 

 ふよふよと近づいて、三人組の真上から彼らの話を盗み聞く。

 会話の内容はなかなか愉快なものだ。


 ちなみに、これといった友人は見つからなかった。家が近いからと進学した何人かは同じ中学でも顔見知りぐらいしかいなかったし、そんな彼らも家が近いため大体が自転車通学で、基本的に追いつけない。


 じゃあ近づいた三人が誰かと言うとここの高校の生徒会長と副会長、それとプラスワンだ。

 なぜ知っているのかと言えば「頭脳明晰、運動神経抜群、容姿端麗。学校で一番モテる男女の名を欲しいままにしているお二人が俺みたいな平々凡々に何の用ですか?」という、プラスワンの発言が聞こえてきたからだ。


 まるでライトノベルの主人公のようなセリフだと思わないだろうか? プラスワン君の容姿も、ちょっと長い髪にそこそこ整っていて、ザ・ラノベ主人公だ。


 そんな設定フィクションの世界にしかありえないと思っていたが、家の近所に存在していたなんて世界ってのは面白い。

 まあ、魂だけの俺も充分フィクションの世界の住人になっているのだが。はっはっは。


 これだけフィクションが集まれば、そうだな。俺だったらこの三人の物語は、学校からの帰り道に三人で歩いていると足元にいきなり魔法陣が現れて異世界に転移、なんて感じから始めるだろうか。これでも結構手広く本は読んでいた方なのだ。


 ほら、ちょうど足元に魔法陣が。





 は?ちょ??え???


ありがとうございました。

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三話連続投稿(1/3)

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