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制約の魔法使い  作者: 式神
第5章 追想編
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第7話『あの日の記憶④ー零れ落ちる希望ー』

誰しも、ずっと夢を見ていたかった。




醒めることのない、永遠の夢を。



 ーー意識にかかった靄が、一瞬晴れる。聞き覚えのある、琴を爪弾くような声音。ドナテロの手が止まる。重い体にむち打ち、顔を上げた。

 擦り傷と、砂ぼこりと、切り傷にまみれた少女が、エレンと同じく地に伏している。負傷で動かないのか、下半身を引きずるように腕だけでこちらに向かおうとしている。



「リリ……ア……!」



 リリア・マーガレット。

 幼い頃から共に過ごしてきた、ブラウンの髪の少女。笑顔と透き通った白磁のような肌がトレードマークの、人懐っこい幼馴染。

 エレンがここに来たのは、彼女の笑顔を守るためだ。何よりも尊く、エレンが生きてこられた理由。

 その彼女は、割れた額から血を流し、自慢の髪が煤で汚れ、白い柔肌が砂と血で汚れていた。お気に入りの白いワンピースは、ボロ切れのように擦り切れている。



 ——誰だ。誰がリリアにこんな怪我をさせた。まだ13歳の、世界を知らない少女の体に消えない傷を刻んだのは、一体誰だ。

 怒りが、腹の底で沸騰する。歯の根が、ガチガチと震える。

 まだ感覚の残る左手を太刀へ伸ばした。

 


「君の想い人か?」



 ドナテロの瞳が怪しく光る。初めて浮かぶ、明確な表情。恍惚に似た、別の何か。それは、燃えるような戦いへの渇望にも見えた。

 ドナテロは発動した魔法を解除し、剣を鞘へと納めると、甲冑の踵を返し、リリアの元へ歩む。ボロ切れのようになったリリアの服の襟首を掴むと、腕の力だけで引き上げる。必然、リリアの体が宙に吊るされる形となった。



「うっ……」



 首が絞まっているのか、リリアは苦しげな声を上げる。ドナテロの腕を振りほどこうともがくが、鎧を殴る鈍い音が響くだけだ。



「やめろ……」



 上半身を引き起こす。



「この娘が大事か?」

「やめろ……やめろ……!」



 左膝を抱き起こし、左手を支柱に全身を奮い立たせる。



「この娘の命を散らせば、君は立ち上がるか?」

「やめろッッ!!」

 


 思考回路を支配する痛覚を追い出すように、右肩に、残る全集中力を込めて法力を流し込む。痛みが遠ざかり、思考と視界が、僅かに晴れる。全身に、力が戻ってくる感覚。



「そら、守ってみせろ」



 ドナテロが、掴んでいた手を離し、エレンに向けて突き飛ばす。リリアはつんのめり、体勢を崩しながらエレンへ手を伸ばした。その双眸は、まっすぐエレンの目を見つめている。澄んだ栗色の瞳は、エレンに助けを求めていた。



「エレン!!」

「リリアッ!」



 駆け出す。僅かに感覚の戻った右手を必死に振り上げ、手を伸ばす。数メートル向こうには、リリアの左手。大切な人の、掴まなければならない華奢な腕。





「——遅い」



 リリアの背後から、ドナテロの乾いた声が響く。絶望を孕んだ冷たい声色が、エレンの背筋を駆け抜けた。



「やめろォォォォッ!!!!」



 剣を振り上げる。濃い青紫の法力は、不気味な光を放っていた。




 ーー水属性魔法、ネプチューンの剣戟。




 高圧水流を纏った剣撃が、リリアの背を裂く。

 鮮血が、宙空を舞った。



 エレンの右手が、宙をなぞった。そこにあったはずのリリアの手を、掴むために。

 小さな手は、地に伏し、沈黙していた。右手が、虚空を薙ぐ。



「あ……あぁ……そんな……」



 声にならないほど掠れた嘆きが、シェルターの天蓋に溶けていく。

 リリアは、苦悶を浮かべた表情のまま、動かない。



「リリア……返事してよ……」



 歩み寄り、肩を揺らす。

 想い人は、エレンの問いかけに応じない。



「ねぇリリア……!! リリア……!」



 何度も、何度も名を呼びかける。

 十三歳の小さな少女の目は、うつ伏せのまま彼方を見ていた。その目に、色彩は宿っていなかった。

 


「っ————!!!」



 右手に、温かいぬるりとした不気味な感触が走った。絶望が背筋を駆け抜ける。エレンの右手と、少女の無垢なワンピースを赤黒く染め上げた『それ』は、みるみるうちにリリアの背中に鉄錆の匂いを広げていく。

 どれだけ肩を揺すっても声をかけても、リリアは全く反応しない。それどころか、触れた指先に伝わる拍動が、少しずつ、弱くなっていく。



「嫌だ……嫌だ……」



 魂がそこから抜け出そうとしているのか、裂けた背からの流血が止まらない。リリアの残りの命が、噴水のように吹き出していく。




「リリアァァァァッッッ!!!!」

 



 

 右手に伝わる鮮血のぬるさが、やけに生々しく、リリアの生の終わりがすぐそこまで近づいていることを明確に告げていた。


 死神が、血溜まりの中でほくそ笑んでいるような、そんな気がした。



死神の足音が聞こえた。

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