第0話『血と惨劇の中で君を想う』
誰しも、ずっと夢を見ていたかった。
醒めることのない、永遠の夢を。
——辺りが、やけに騒がしい。
耳を傾けてみると、それが人々の悲鳴だとわかった。
痛みに泣く子供の悲鳴、今際の際で生にすがる者の断末魔、人としての尊厳を奪われた女性の惨禍の声。苦痛と悲嘆と絶望がない交ぜになった不協和音が、暗く閉ざされた室内に響いている。
色彩を失った双眸の先で、命が一つ、終わろうとしていた。
裂けた背中から、赤黒い液体がこんこんと湧いている。
——生暖かい。
ぬるりとした暖かさを含んだ血液は、そこに魂が宿っているかのように美しく、暗い世界の中で艶めかしく鈍い光を放っていた。
視界の端で、影が動いた。
白銀の鎧を纏った男が、薄い厭悪を浮かべながら言う。
「——もう一度言おうか。この状況は、君が弱いから起きた。君は、誰かを守る能力などない、羽蟻の一匹でしかないんだ」
冷たい響きを孕んだ修辞が、僕の心をゆっくりと抉っていく。
その言葉がどれだけ歪んでいるのかなどわかっている。それでも、僕には何も言い返せなかった。
「違う……僕は……」
「違わない。何も違わないさ」
男の冷淡な声音が、僕の心奥を殺していく。
僕が、そうさせてしまった。
目の前で僕の大切な人が死に向かっているのは、僕が無力で、至らないからだ。僕が弱くて、守れなかったから、彼女の命の灯火はこうして消えかかっている。
————分かっていたはずだった。
戦うということは、同時に何かを差し出すということだと。
戦いという天秤の片方に自身を、もう片方に大切な何かを。
そうして絶妙なバランスを保ったまま、精神をすり減らしながら双方を守るために戦うのだ。
どちらかが傷つけば、バランスを失った天秤は傾く。一度傾いた天秤は、二度と元の形には戻らない。
故に僕たちには、一度の敗北も許されない。
全てを守りたければ、全てを倒せるほど強くなければこの世界では生き残れない。
魔法が全てを支配するこの世界で、僕たちは大切な何かを守るために歩き続ける。
歩みを止めることも、振り返ることもできはしない。
世界は、残酷なのだから。
三年前の《あの日》、僕は痛いほど思い知らされた。
一歩踏み出し、
二度と戻れず、
三千世界の死の海。