アイスを愛す
中学生の勇一は陽射しを浴びながら、公園のベンチに腰を下ろした。
「それにしても暑いな」
ため息をつくと、手に持っているものを見つめる。
さっき、駄菓子屋で買ってきた棒状のアイス、カリカリ君ソーダ味だ。
やっぱ暑いときはアイスに限る。
袋を開けて中身を取り出した。
ひんやりとした空気が手を涼ませる。
勇一はアイスを頬張ろうとした。
と、そのとき、
「ねえ、兄ちゃん」
動作を止めて顔を上げると見知らぬ少女が立っていた。
「どうしたんだい」
せっかく食べようとしていたのに、と心の中で叫んだ。
少女は目を輝かせて、勇一を見据える。
「そのアイス、欲しいな」
「えっ」
勇一はアイスを空に向けて上げる。
渡さないぞ、という意思表示であったが彼女は引き下がらない。
「お願い、食べたいの」
少女は顔を下に向けて泣き出した。
そこまでして欲しいのか……。
心が揺さぶられた。だが、
「ごめんね。これは兄ちゃんのものなんだ」
優しく言ってあげると、今まで泣いていた少女は顔を上げて睨みつけてきた。
「ケチ」
彼女は舌打ちをして、その場から立ち去った。
よく見てみると涙なんて流してなかった。
まさか、嘘泣きか。
最近の子供はアイスのためなら手段を選ばないというのか。
「まあ、でも、これで食べられる」
やっとアイスを口の中へ……。
と、思ったとき背後から人の気配がした。
勇一は振り返ると、自宅の近所に住んでいる公介が木の陰から出てきた。
「公介じゃないか」
「おう、勇一。手に持ってるのは何だ?」
「アイスだけど」
嫌な予感が脳裏をかすめる。
「それ、俺にくれないか」
やっぱり、お前もアイスが目的なのか。
「残念だが、これは渡せな……」
と言いかけたとき、公介は勇一に飛びかかってきた。
「おい」
ベンチからジャンプするように後ろへ下がる。
「勇一、おとなしくアイスを渡すんだ」
公介は不気味な笑みを浮かべて近づいてくる。
「断る」
アイスを持つ右手に力を入れると勇一は体を翻して、走り出した。
「待てよ」
足音の大きさで距離が縮まっているのが分かる。
このままでは危ない。
とりあえず、公園の中央にある大木で身を隠した。
息づかいが激しくて苦しい。
「おや、勇一。降参するかい?」
「そんなのしてたまるか」
勇一は力を振り絞り、一目散に逃げ出す。
その瞬間、銃声が鳴り響いた。
「えっ」
恐る恐る後ろを向くと、この場にはふさわしくないものが視界に入った。
「らっ、ライフル!」
「諦めたほうがいいんじゃないか」
やってることがメチャクチャだ。
アイスのためにそんなことするのか……。
もう思い切ってアイスを食べたほうがいいのではないか。
「勇一、アイスは食べさせないぞ」
公介は銃口を勇一に向ける。
「勘弁してくれよ」
一か八か、公園の隅に向かって無我夢中に走る。
公介は周りを気にせずに発砲した。
銃弾は勇一を運よく当たらずにすんだ。
おそらく発砲するのに振動して狙いが定まらないのだろう。
何とか辿り着くと小さな木に隠れる。
ライフルの射撃が止まり、静寂が訪れた。
妙な緊張感がある。
そのとき、思わず咳をしてしまった。
「ここにいたのか」
公介は勇一の額に銃口を押し付ける。
「お前の負けだな」
どうすればいいんだ。
このままじゃ……。
「あれ」
視線を横に走らせると公介は銃弾がもうないのか、ライフルをいじくっている。
今しかない。
勇一は左手で思いっきり公介の顎にアッパーをした。
公介は一瞬、宙に浮き飛ばされる。
その衝撃でライフルは公介の手から落ちる。
すぐにライフルを拾い上げ、笑みを漏らす。
「公介、お前の負けだ」
「いいや、勇一。アイスを見てみろ」
顎を押さえて立ち上がった公介に言われて、アイスを見てみると……。
「あっ」
アイスは全て溶けてしまい、ただの棒しか残っていなかった。
手から力が抜けて、アイスの棒が地面へ落ちていく。
「残念だったな」
ああ、溶けることを考えていなかった。
勇一は呟いた。
「今回の勝負は引き分けだ」
そう言い残して、勇一は公園から出て行った。
「……いいや、お前の負けだ」
公介は勇一が地面に落とした『あたり』がついている棒を拾い、駄菓子屋へと向かっていった。