ある朝目覚めるとおねえちゃんが大好きな妹とその大好きなおねえちゃんが入れ替わっていた!?
夢を見た。
何もない。あるのは白。白の世界が延々と続く。ただそれだけ。
そんな世界に私が一人。
しばらくすると声が聞こえてきた。しかし周りを見渡すも姿は見えない。それに不思議な声だった。男のような女のような、はたまた年若いような年寄りのような、そんなあいまいな印象の声だった。
声は言った。自分は神様だと。
私は問うた。神様が私に何の用かと。
神様は答える。いわく私の魂は本来別の体に入るはずだったと。いわく今からそれを正すのだと。
私は再び問う。つまりそれはどういうことかと。
神様は答える。いわく私と本来私が入るはずだった体の今の持ち主の体と魂を入れ替えるのだと。
そんな勝手な!
しかし私の声に答えるものはいなかった。
そうして私は目を覚ました。
客観的に見て一花桔梗は体があまり丈夫ではない。別に病弱というほどではないが季節の変わり目にはほぼ確実に体調を崩し、体力も同年代の平均を大きく下回る。そのせいか、彼女の周りからの印象は『一日中気だるげである』といったものである。そんな彼女は当然のように朝が弱い。そんな彼女であるが今日は一段と寝覚めが悪い。
「……変な夢」
どうやら昨夜見た夢が原因らしい。
しかし思い返してみても変な夢だった。一面白い空間に私一人だけという非日常的なもの。それなのに妙な現実感だけはあった。それに―。
「とりあえず顔でも洗ってこよ」
それに私が私じゃなくなるという夢。
ばかばかしい。
少しぼーっとする頭で部屋を出る。そこに広がるのは自分の全く知らない家―などではもちろんなく、自分の自分の勝手知ったる場所。今日まで15年間暮らしてきた家だ。
そうしていつもと変わりない自分の生活空間を特に感慨もなく見ているときであった。
「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
唐突に後ろの方から声が聞こえてくる。……いや、声というよりも叫び声であった。
いきなりの声に私はびっくりしてあわてて後ろを振り返る。しかし後ろには廊下と扉が二つあるだけで誰もいない。
「どうしたんだろ、おねえちゃん?部屋で何かあったのかな?」
扉二つというのは桔梗の部屋と双子の姉である一花雪の部屋の扉である。さっきの声も直に聞こえたというよりも扉越しに聞こえたというものであった。
ちなみにおねえちゃんであるが、すごくかわいいのだ。私とおねえちゃんはいわゆる二卵生の双子である。そのため世間一般でよくみられるそっくりな双子というわけではない。まぁ普通の姉妹程度には似ているのだが。だがどうにも同じようなパーツを使っているはずなのにおねえちゃんと比べて私は暗い印象を与える。容姿以外にも違いはある。一番大きな点はしょっちゅう体調を崩す私と違っておねえちゃんが風邪を引いたのを私は見たことがない。
そんなおねえちゃんが朝から叫び声をあげている。『どうしたのかな?』と思いつつ私はおねえちゃんの部屋の扉をノックする。
「おねえちゃん、どうしたの?」
しかし待てども中から返事は返ってこない。
「?おねえちゃん、入るよ」
仕方がないので一言ことわって、部屋に入ることにした。
しかし―。
「あれ?いない?」
部屋の中を確認するがそこにおねえちゃんの姿はなかった。
どういうこと?と思っていると唐突に隣の部屋の扉、すなわち私の部屋の扉が開いた。そうして扉から出てきたのは―。
「え?私?」
そう、『私』だった。
私がこれはいったいどうなっているのかと戸惑っていると、目の前の『私』が声をかけてきた。
「ねえ、もしかしてだけどあなた桔梗?」
「えっと、はい」
これはいったいどういう状況だろう。目の前の『私』に私は桔梗かと聞かれた。言葉にするとそれだけだが何とも奇妙なことである。
そんな私の戸惑いを察したのか目の前の『私』が再び声をかけてくる。
「桔梗、もしかしてまだ鏡見てない?」
「えっと、うん」
「じゃあこれ見て」
そう言って手渡されたのは私の手鏡。それを除くと―。
「え?おねえちゃん?」
そこに映っていたのは私、一花桔梗の顔ではなく姉である一花雪の顔、つまりおねえちゃんの顔だった。
「え、え?どういうこと?」
「聞いて桔梗。信じられないかもしれないけど私はあなたの姉の雪なの」
私がおねえちゃんの顔で、おねえちゃんが私の顔?それってつまり―。
「状況から察するに、どうも私たち入れ替わったみたいなの」
「え。えぇぇぇーーーーーーーーーー!!」
その事実に私は先ほどおねえちゃんと同じように大声を上げてしまった。
こうしてこの日唐突に私一花桔梗はおねえちゃんである一花雪と入れ替わってしまったのだった。
当たり前の話であるが早朝に姉妹そろって立て続けに大声を出せば近所迷惑になる。つまり何が言いたいかというと、立て続けに大声を出したせいですでに起きていた両親が何事かと私たちの部屋に来た。とりあえず虫がいたということでごまかしたが、近所迷惑だからこれからは注意するようにと怒られてしまった。反省です。
そんなこんなで現在私たちは学校に向かっている途中です。正直休みたいところではあったが、両親が心配するのと朝あれだけ騒いでいたのに休むと言い出せなかったためである。なので通学しながらであるが現状と今後について話し合うことにした。
「……ようするに桔梗も昨日の夜変な夢を見たと」
「うん。おねえちゃんと同じでね」
話し合って分かったことだが、どうやら私たち二人は共通して昨夜どこからか声が聞こえる変な夢を見たようだ。
「まぁ、これからどうするのかは後で詳しく話し合うとしてとりあえず不幸中の幸いは姉妹で入れ替わったことかしらね」
「たしかに。朝起きていきなり知らない家で自分が知らない人になってたとかだったら絶対さっきの比じゃないくらいパニックになってたと思うよ」
「それは言えてる」
「それにいきなりおねえちゃんと離れ離れになってたかもなんて、想像するだけでぞっとするよ」
本当にぞっとする。考えただけでも泣きそうになる。
「桔梗……」
「だから……突然いなくなったりしないでね」
「ききょうーーーーー!!」
「わっ、ちょっ、ちょっとおねえちゃん!?」
何やら感極まったのかおねえちゃんに抱き着かれてしまった。……道の真ん中で。うぅ、顔が熱いよ。
「うーん、桔梗はかわいいなぁ」
「あの、おねえちゃん、ここ道の真ん中、いや、あの別にいやってわけじゃないんだけど、むしろうれしい、じゃなくて、おねえちゃんちょっと落ち着いて」
「なに?桔梗?」
「あのね、普段だったら別にいいかもだけど今おねえちゃんは『私』なんだよ。だからその、普段の私を知ってる人が今のおねえちゃんを見たら……」
「あ、そっか」
そう言うとおねえちゃんは私から離れた。……自分から言っておいてなんだけどちょっと残念。でもしかたない。今の行動は普段の私とかなりかけ離れてるからな……。多分知り合いが見てたら「何かあったの!?」って絶対聞かれる。
「それとおねえちゃん。今ので思ったんだけど、今私はおねえちゃん、おねえちゃんは私だから―」
「ひとまずは昨日までのお互いに合わせた行動をしないとだよね」
「うん」
そうである。この入れ替わりが今後元に戻るのかそのままなのかはわからない。しかし戻ると仮定した場合あんまり元の体の持ち主と違う行動をされるとあとあと絶対大変なことになる。それにそうじゃなくても昨日まで全然違う行動をとり始めたら、絶対周りに不審に思われる。それはできる限り避けたい。
「でも大丈夫かなぁ……」
「うーん、私は……大丈夫だと思うよ」
「ほほう、自信満々ですな」
「もちろん。だっておねえちゃんのことだもん」
「ならば姉として妹に後れを取るわけにはいかないな」
妹に後れは取れないと意気込むおねえちゃん。なら私は―。
『なら私も本気を見せるとするか、《桔梗》』
そう返せばおねえちゃんも―。
『うん、頑張って。私も頑張るよ、《おねえちゃん》』
と返す。
そうしてお互いに顔を見合わせるとなんだかおかしくなってきて。
「「あはははは」」
私たちは自然と笑いがこぼれた。
昼休憩にて。私たちはひとまず午前中の報告のために空き教室でお弁当を食べていた。
「とりあえず桔梗の方はどうだった?」
最初におねえちゃんがそう聞いてきた。
「特に目立った問題はなかったかな?不審に思われる感じもなかったし。まぁしいて言うならどうも登校中の様子を何人かだ見てたみたいだったから『今日の妹さん、なんか普段と違ったね』って聞かれたくらいかな?」
「ぐっ、それはごめんなさい」
「まぁ、『私もよくわからない。何かいいことでもあったのかな』みたいな感じで適当にごまかしておいたけど」
「……了解」
私の報告は以上だ。実際特に特筆すべきことはない。だから今度はおねえちゃんの方の様子を聞くことにする。
「それでおねえちゃんの方はどうだったの?」
「ええっと、その……」
なんだかおねえちゃん、すごくばつが悪そうです。
「何かあったの?」
「いや、致命的な失敗はしてないよ。でも……たぶん何人かにはあやしまれたかも」
「具体的には?」
「まず朝のあれだな。『何かあったの?』って私も聞かれた。……あれはほんとごめん。あとは私の地がちょっと出てるせいか『今日はなんだか機嫌がいいね』みたいなことを何回も言われた」
「まぁ、それくらいなら別にいいんじゃない?誰だってそういうときくらいあるし。みんなだってたまたま今日何かいいことがあったくらいにしか思ってないって」
本当にそれくらいなら何も問題ない。へたすれば数日同じ感じだったら誰も違和感を感じなくなるんじゃないだろうか?
「そっちはそうかもだけど……今日世界史で小テストがあったみたいでね」
「うん」
「それの採点なんだけど、隣の席の人と交換してやるってタイプのだったんだけど……どうも筆跡があまりに普段とかけ離れててすごい不審がられた」
「あぁー」
「その反省で筆跡をできる限り似せようとはしたんだけど、数学の時間にあてられて式を黒板に書かないといけなかったとき、ノートを写すだけの作業に四苦八苦してる姿を不審がられた」
「なるほどね」
「まさかこんなところに落とし穴があったなんて……」
そう言ったおねえちゃんは何だか効果音に『ズーン』ってつきそうな感じになってうなだれた。
「ま、まぁおねえちゃん、それは仕方ないことだよ。今のところは忘れよ!」
「……うん、そうする」
おねえちゃんの方もいつまでもうじうじしてても不毛だと思ったのか顔を上げる。よかった、ちょっとだけ元気になったみたい。
「そういえばだけど桔梗の方は私の方の筆跡問題みたいなことなかったの?」
ちょっと元気になった姉ちゃんは今度は私の心配をしてくる。
「うん。さっきも言ったけど私の方は特に問題なかったよ。授業もあてられなかったし、小テストみたいなことも今日のところはなかったし。それに……」
私は一度言葉を切って、空き教室のポケットに入れていた手帳とペンを出す。
「それに?」
おねえちゃんの疑問の声が聞こえてくるが、いったんそれを無視して私は適当なページを開きそこにおねえちゃんの筆跡で文字を書いた。
「なっ!?」
「ええと、こんな感じで私はおねえちゃんの筆跡をまねできたり……するのです」
これにはおねえちゃんもびっくりしたみたいです。
「よかったら今日のノートも確認する?多分大丈夫だとは思うんだけど……」
「いや、大丈夫。ていうかすごすぎじゃない、桔梗」
「ははは……。まぁ朝も言ったけど、おねえちゃんのことだからね」
「それは理由になってるの?」
「ふふっ。ここは姉妹だからおねえちゃんのことをいつも見ていたってことで一つ」
「えぇー」
「まあまあ。私はね、おねえちゃん限定でいろんなことを知ってるしできるんだよ」
そうして私たちはまた昼食を再開させるのだった。
そうして時間は過ぎ放課後となった。私の方は不審がられることもなく今日一日過ごせたと思う。
そんな感じで今日一日を振り返りつつ帰る準備をしていた時である。唐突に私の……私が一花桔梗であった時のクラスメイトが私の元へやってきた。
「あの……」
どうしたのかな?と思いつつ声をかけようとしたが、私の言葉が最後まで声になることはなかった。
「桔梗のお姉さんですよね?桔梗が倒れました」
私の頭は真っ白になった。
「どこ?」
「今は保健室です」
それだけ聞くと私は一目散に保健室へ走った。
途中先生の声が聞こえた気がしたが今はそんなことどうでもいい。大事なのはおねえちゃんだ。
おねえちゃん。
おねえちゃん。
そうして保健室の扉の前までたどり着いた。
勢いよく扉を開けようとしたが、おねえちゃんが寝ていたら迷惑になるという残った理性を総動員して勢いよく扉を開けるということだけは回避した。
そうして扉を開けるとすぐさま保健室内を見渡す。
保健の先生はいない。多分両親に家に電話しているのだろう。
ベッドは……一番奥のものに人影が。
あそこか。
そうして一番奥のベッドのところまで行くと予想通り、そこにはおねえちゃんがいた。
「おねえちゃん……」
思わずそうつぶやくと、おねえちゃんが目を開ける。
「ん?桔梗?」
「うん。ごめんなさい起こしちゃった?」
「ううん。どっちかっていうとちょっとボーっとしてたというか、まどろんでたというか」
そう言うとおねえちゃんは体を起こそうとする。
「ちょっ、無理しちゃダメ。寝てていいから」
「あー、うん、じゃあそうする」
おねえちゃんもだるさが全然抜けていないのだろう。素直に従ってくれる。
「それでどうしたのおねえちゃん?ムリそうなら後ででもいいけど」
「そのくらいならもう大丈夫。それで何があっただっけ?まぁ簡単に言うと体育でちょっとやらかしました」
言われてみればおねえちゃんは制服じゃなくて体操服だ。
「頭をぶつけたとか?」
「いや、そういうのじゃなくて単純に動きすぎました。桔梗は体が弱いから注意してたはずだったんだけど、注意が足りなかったみたい。ごめん、桔梗」
「別に謝ることじゃないよ。おねえちゃんさえ無事なら」
「ううん、謝らせて。この体は桔梗のもの。そんな大事なものを姉である私が傷つけた。それはやっぱり謝らないといけないことだよ」
「おねえちゃん……」
謝罪の言葉を口にするおねえちゃんは泣きそうな顔をしていた。
だから私は―。
「んっ」
「ん?んんっ」
おねえちゃんにキスをした。
ほんの1,2秒程度の短いキス。しかしその効果は劇的でたちまちおねえちゃんの顔から悲しそうな雰囲気が吹き飛んだ。
「え?え!?桔梗?え?」
かわりにものすごい慌てふためき方であるが。
「ふふっ。そんなに言うならおねえちゃんに罰を与えます。おねえちゃんのファーストキスは私のものです」
おねえちゃん、人気だけど今まで彼氏を作っていないのは知っている。だからこれは正真正銘ファーストキス。そしてもちろんであるが私もである。
「えっと?……それは罰なの?」
おねえちゃんは混乱しつつもどうにかそれだけつぶやく。
「はい。なんせおねえちゃんの了承を一切取らずに私の都合で一方的にやってるわけですから。それにですよおねえちゃん」
「……それに?」
「私はおねえちゃんの悲しんでる顔は極力見たくありません!」
「あっ」
「おねえちゃんからしたら私の体を使うって大変だと思います。なんせ今までできてたことがある程度封じられてしまいますから。でもそんなこと私はいちいち気にしません。そんなことよりもおねえちゃんが悲しんでることの方がよっぽど私は悲しいです」
「……ききょう」
「だから今から二人でいっぱい考えましょう。『私』のことは私がいっぱい教えますから」
「……ありがとう。こんなおねえちゃんだけどよろしくね」
「私はこんなおねえちゃんだから好きなんですよ」
そうして私たちは保健の先生が返ってくるまでの短い時間がお互いに抱きしめあってすごした。
これからどういったことになるのかわからないけどきっと大丈夫。
おねえちゃんがいるならきっと……。