後悔
行かなければ、早く行かなければ。
俺は、馬の尻に次々と鞭を振るう。
俺は愚かだ。
あの方は、こうなるのがわかっていたにも関わらず、前だけを見て進む。
その共に俺を選んで下さったというのに俺はそれを断ってしまった。
俺は、戦が恐かったのではない。死ぬのも恐くない。
怖いのは、この戦であの方が変わってしまうこと。あの優しい瞳が濁ってしまうこと。
怖いのは、あの方が俺の目の前で息絶えること。
俺と2人でいる時だけ、あの方は昔のように笑った。
俺と2人でいる時だけ、あの方は今の情勢の悩みや苦しみを表に出し、不安を口にした。
俺以外は人払いし、あの方は時折俺の膝で眠った。
そのようなあの方の行動を、俺は何1つ理解出来ていなかった。
早く行かなければ。
あの方の元へ早く。
間に合ってくれ。
逝かないでくれ。
俺は、俺はまだ・・・・・・。
あの方は静かに眠っている。
身動きすることなく、質素な布団で眠っている。
瞼はもう開かない。真っ青な空の瞳を見ることはもう出来ない。
俺は間に合わなかった。
ソウ、マニアワナカッタノダ・・・・・・。
俺の頭の中には、あの方の顔が、声が、仕草が、ずっとぐるぐると回っている。
笑い顔、泣き顔、怒った顔。そして、俺の膝の上で無防備に眠る顔。
今は、身分という壁が俺達を分けてしまったけれど、小さい頃から俺達はずっと一緒にいた。
最後に出てきたのは、あの日、俺が隣を護衛することを断った時、たった一瞬だけ見せた悲しそうな顔だった。ほんの一瞬だったから、俺以外には気づいた者はいないだろう。しかし俺には、その顔がはっきり脳裏に焼き付いて離れない。
俺は、馬に乗っている。
髪にはあの方のお気に入りの髪飾り。懐には、昔あの方にあげた鏡とあの方に貰ったお守り。
俺は、あの方が瀕死の重傷を負ったという報を受けた時よりも強く、馬の尻に鞭を入れる。
目指すは山向こう。隣国の本隊。
俺が断らなければ。
俺があの方の側であの方を護っていれば。
あの方のいないこの世界なんて・・・・・・。
意味がない。
俺は行く。
無謀なのはわかっている。
あの方を失った。
俺が間違っていた。
俺の罪だ。
俺は馬を降りた。
尻を叩いて追い払う。
気づかれないようにここからは徒歩で向かう。
俺があの方のために出来ることはもうこれしかない。
怒りますか?悲しみますか?
向こうで会ったら、何でも聞きます。
今度こそ、俺は貴方から離れません。
そして、俺は本陣の柵を潜った。