第二話 幼なじみとの馴れ合い
僕は重い扉を開けて、家の中に入ると
「ただいま~……」
と、元気よく言った後、すぐに暗い声で
「て、言っても返事が返ってくる訳ないか……」
そう言って僕は壁に手を当てて探る。
指先に何か硬いものが触れ、それを押した。すると、少し眩しい光が、薄暗いろうかを淡く照らした。
僕は靴を揃えて置き、階段を上がった先の部屋には入った。
その部屋には、ベッドに棚、小さな折りたたみ式のテーブル、勉強机と一般的なものが一式揃っている。この部屋は僕の部屋で、棚には僕の好きな文庫本が、ずらりと並んでいた。
勉強机の横に通学鞄を置くと机の上にあった写真立てが倒れた。それを手に取る、そこには白色のワンピースを着た若い女性と写っている写真と、幼い頃の僕とその時の僕と同じくらいの歳の女の子と、眼鏡をかけた男性が写っている写真の二つが入っている。
若い女性は、僕のお母さんだと聞いている。知らないのも当然で、お母さんは僕が生まれた後すぐに無くなってしまったらしい……お母さんのことは、お父さんから聞いて、どんな人だったのかよく知っているつもりだ……。
眼鏡をかけた男性の方は僕のお父さんで、いつもお母さんの話ばかりしていた……。
そんなお父さんの顔は眼鏡越しでもわかるくらいに、穏やかなゆっくりとした口調でいつも話している。そして、話が終わると決まっていつも、
『女の子が泣いていたら、慰め励ますことのできるような、そんな優しい人間になってほしいなぁ……』
と、目を細めて優しいけど、心のこもった強い口調でそう言っていた。
幼い頃の僕は、深い意味までは分からなかった。それでも、幼かった僕は『うん!』と無邪気に笑っていた。
この時のお父さんは、お母さんのことを思い出して、自分には出来なかったことを、自分の子供には出来て欲しい、そう思っての言葉だったのだろう、僕はそう思う……。
でも、そんなお父さんまで僕が小学3年生の時に交通事故に遭い、亡くなってしまった。
思い出に浸っていると、一筋の水滴が頬を伝って流れ落ちた。
「……っ!」
僕は驚いて目を擦る。そして、無邪気に笑いお父さんとお母さんの映る写真に向かって
「ただいまっ!」
と、元気よく、そして穏やかな口調でそう言った。
――このくらいで泣くなんて……もっと強くならないと……
それに長々と思い出に浸っている暇じゃなかった! 急いで夕食の準備をしないと……
僕は自分の部屋を出て、キッチンに向かった。
家はキッチンとダイニングがつながっている、今時は当たり前のような間取りになっている。
少し大きな冷蔵庫を開き、中を確認する。
「何があったかな……」
冷蔵庫の中には複数の野菜に肉類に、魚介類に飲料水といった食材が入っていた。
「この材料なら主菜は唐揚げにして、副菜はあっさりしたものにしよう……
じゃあ、主食はご飯でいいな。
そういえば、ご飯炊いていたかな……?」
そう言い炊飯器の蓋を開けた。
「ないよな……」
炊飯器の中身は、当たり前のように何も入っていない。
僕はお釜を取り出し、お米の袋を持ち上げた時、玄関の方から勢いよく扉が開く音がした。
「こんばんはぁ~、居るよね? おじゃましま~すっ!」
そんな元気の良い声が、聞こえてくる。
――なんかいきなり来て、いきなり入ってきたよ! いったい何なんだ、夕飯前に……
そんなことを思っていると、ダイニングに人が顔を出した。
「愛、夕飯前にいったい何の用なんだ……?」
「夕飯前だからだよぅ~……それに恥ずかしいから名前呼ばないでよーっ!」
と、愛は少し顔を赤らめたが、にこやかにそう言った。
――悪びれることなく、笑顔でそんなことを言ったよ! と、いうより言いやがった!
「愛……お前な、こんな時間に外へ出たら親に怒られるぞ!」
「ふぇ……? ああー……それは大丈夫!
パパもママもいいって言ってるし、家となりだからねっ!
それに司はいつも一人ぼっちだから、一緒に食べてあげようと思ったからもあるし、一緒に食べたほうが楽しいじゃん!」
愛はそんな風に言い切った。
――あぁ―っ、両親ともいいって言ったんだったらいいかぁ~……って、いいわけねーよ!
「いいわけあるか! いくら両親が許可出したからって、女の子を一人暗い中に外に出させるわけにいかないし、食費がどんどん削れてく……
それにお前は、ご飯を食べに毎日来てるじゃんっ!」
勢い任せに言いすぎたのに気がつき、とっさに謝った。
――うっわ……女の子に何強く言いすぎてんだ……!
「ご、ごめんっ! 少し言いすぎた!」
僕は謝った後、顔を上げたが愛の顔を見ることができなかった。それは、僕が顔を上げると、愛はそっぽを向いてしまったから……でも、僕にはなぜ愛が顔を背けたのかは、すぐにわかった。蛍光灯の光できらりとした涙が、赤く染まった頬を伝って落ち、その目には涙を溜めているのがよくわかる。
――ごめん、本当にごめん……愛、お前を泣かせるつもりはなかったんだ……
声にならない謝罪の言葉を、心の中で何度もなんども叫んだ。
――この状況はなんか調子狂うな……僕が悪いのはわかってる。でも、このままじゃダメだっ!
「ご、ごめんな……お詫びに、これからご飯作るから食べていくか……?」
僕がそう言うと、愛はさっきまで泣いてたとは、思えないほどにころりと表情を変え、満開の笑顔になり。
「うんっ! 食べてく、司の作るご飯は美味しいからねっ!」
「さっきまで泣いてたとは、思えない笑顔だな!」
僕はやけくそな作り笑顔を浮かべそう言うと、悪びれることなく笑顔で言い切る。
「え……だってさっきの嘘泣きだもん」
――いや……絶対泣いてたと思うけど……まぁ、愛は笑っているほうがいいな……
「うん? どうかしたの、司?」
「いや……なんでもない……
それよか、愛も手伝えよ! 今日は唐揚げと、あっさりしたものを作るから、とりあえず、野菜切ったり盛り付け頼めるか?」
「はいはーい!」
――うーん……返事が曖昧だなぁ……まぁ、いつもどおり手伝ってくれるだろう。
僕は唐揚げの仕込みを始め、冷蔵庫から野菜を取り出している愛の横顔を少し見た。
――いつも楽しそうに、料理するなぁ……そういえば、学校の帰り際に、何か言ってたな……気になるけど、聞ける状況じゃないな……
「どうかしたの、司? 私の顔に何かついてる?」
「い、いや……なんでもない!
時間がどんどん過ぎるから、さっさと作るぞ!」
僕はそう言って、仕込みに戻ろうとした時、ふと思い出した。
「あっ! ちょっと待て愛、手を洗ってから、野菜とかを触れよ!」
こんにちは、愛山 夕雨です。
やっと2話目です……なんとか、作り切れました。一週間って待っていると、意外と長いですが、小説を作っていると短いですね。でも、ネタを考えるギリギリのラインなので、これ以上短くできないですね……
あー……司の家事情を考えていますと、ちょっと書き下ろし原稿は可哀想に見えてきたので、変更しました。
次回は、司の朝の日課にする予定です。
それでは、また会いましょう。




