プロローグ 僕の日常
人は皆、平穏な日々を望んで生きている。僕もその中の一人だ。
でも、そんな日常が長く続くことは、ほとんどない……。
そして、僕の平穏な毎日はある日突然、簡単に崩れてしまう――。
僕は内気で人と関わりたくなくて、いつも図書室にこもって、小難しい本を読んだり、勉強したりしている。ただ一つ良い点があるとすれば、女の子によく話しかけられてしまうことだけ……。
「ねぇ、となりに座っていい?」
「う、うん……別にいいけど……」
と、女の子が話しかけてきて、僕はぶっきらぼうにそう答える。
「あの、いつもここで、本読んでいるよね……?
どれも難しそうな本ばかり……」
「え、ああ……そんなに難しくないよ……
読んでいくうちに、いろんな発見があるし、いろんな目線で語られているから、飽きないしね……」
「へぇ……」
僕が自然な笑顔で、そんなことを語っていると、女の子はつまらなそうに聞き流す。
――いつものことだ……本の良さなんて、普通読まない人にはわからないよ……
そんなやり取りをしていると、遠くから誰かが話し声が聞こえる。
「あ、友達が来た……それじゃあね~……」
「う、うん……さよなら」
となりに座っていた女の子は、そそくさと去っていく。
――できれば、もう話しかけてこないで欲しい……
そんなことを、僕は思ってしまう……。
だって、女の子は話を聞き流すし、すぐ泣くし、影で悪口を言う……だから、女の子は嫌いだ……。
――でも、内気な僕が言うのもなんだかなぁ……
僕は読んでいた小説に栞を挿み、本を閉じた。その本の題名はもう擦れて見えなくなっている。そんな年期の入った小難しい本を、中学生の僕が理解するのは難しく、また分からないことが多くなる。
僕は本から目を離し、あたりを見渡す。
そこは本がぎっしり敷き詰められた本棚が立ち並んでいる、図書室の一角だ。
僕はいつも、この本の匂いもするこの一角が好きでここに座り、本を読んでいる。
ちょうど、僕のいる図書室の一角に、赤くなった日当が差し込んできた時、一人の女の子が声をかけてきた。
「おーい。司帰ろっ!」
司とは、僕の名前である。
声をかけてきた女の子は、僕が保育園の時からの幼なじみで、髪は短く身体はそっそりとしている。どちらかといえば、男の子っぽい感じた。でも、そんなこと口に出して言ったら、起こりそうだ……。
そんな風に考え事していると、女の子は小首をかしげた。
「どうかしたの、司?」
「え、ううん。なんでもない……
ちょっとぼーっとしてた」
「そう……
あっ! またそんな古臭い本読んでるっ!
司だってまだ中学生なのに、外で遊ばないなんて、絶対損してるぞ!」
――別にいいじゃんっ! 本読むの好きなんだから……
僕は心の中で反論し、そんな幼なじみに言い返す。
「そんなお前だって女の子だろ? だったらもう少し女の子らしくしたらどうだ?」
「女の子らしさってなに……?」
弱った……そう聞き返されては、言葉の変えしようがない。だって僕は男で、女の子らしさなんてわかるはずがない……。
僕がうんうんと悩んでいると、幼なじみは
「ぷっ、ははは……分からなくてとーぜんだよ! だって、司は男の子じゃん。普通にわからないものだよ!」
自分の考えていたことを言われ、顔が熱くなるのを感じた。
「わかってんだったら、言うなよっ!」
「あっれれ~……司、顔赤いよ~……
もしかして、照れてるの?」
にやにやしながら、言ってくる。
「て、照れてなんかないっ!」
「絶対照れてるよ、どんどん顔赤くなって、司かわいいよ!」
「可愛いいって言うなぁー……!」
「照れてる照れてるぅ……」
そんな風に幼なじみの愛に、からかわれながら、机の上に広げていた勉強道具や本を鞄の中に入れた。
「愛……いい加減にしろよ……」
僕は鞄の中に入れ終わると、ちょっと怒ったようにそう言った。
「な、名前をいうのは反則だよぅ~……」
僕が名前を言ったことに驚いて、愛は顔を真っ赤に染めてうつむく。
そんな愛を見て満足し、愛をなだめる。
「ごめんごめん……いじられた仕返しのつもりだった……
いやぁ……まさかこんなに効き目があるとは思わなかった」
僕は笑いながらそう言うと、愛は勢いよく顔をあげ
「司のバカァ……」
と、僕をバカにする愛の目には、少し涙が溜まっていた。
僕はポケットの中に手を入れ、中にあるものを手渡す。
「ごめん……本当にごめん
とりあえず、涙ふけ」
「な、泣いてなんかないもんっ!」
言うが早いか、僕の手からハンカチを奪い、涙をふく。
「そろそろ帰るか……」
「うん……」
そうして僕らは図書室をあとにする。
学校を出ると、大空は透き通るような、朱色に染まっていた。
僕はちょっとやりすぎたことを後悔した。帰り道のは静かで、沈黙がすごく痛い……。話しかけようと試みるが、話題が見当たらない。
「ねぇ、司……なんでいつもこんな時間まで、図書室にいるの?」
と、うつむいたまま愛が聞いてきた。
「えっ! あぁ、特に理由はないんだけど、愛がいつも迎えに来てくれるからかな……」
僕は愛が聞いてきたことに、僕なりの理由を言ったが、愛は
「な、何言ってんの司っ! それだと、私が来るのを待っているみたいじゃないっ!
それに、また名前呼んだぁ……」
と、慌てたようにそう言い返してきた。
そんな愛の様子が不思議に思え、小首をかしげながら僕は、当然のように言い放った。
「みたいじゃなくて、ホントにそうだし……。本があるから暇でもない。
それに愛って名前、可愛いと思うけどなぁ……」
愛は少し息を詰まらせて、そのままそっぽを向いて、小声で
「このドンカン司……」
と言った。でも、僕は上手く聞き取れずに聞き返してしまった。
「えっ? 何、なんて言ったの……もう一回言って」
愛は少し怒ったように、頬を膨らませて
「もう家に着いたから帰る! また明日、司!」
と、言って扉の前にいくと何か小声で言い家の中に入っていった。でも、声が小さすぎて、僕の耳には届かなかった。
その時の愛の頬は、ほんのり赤みがかかっているように見えた。
「な、なんなんだ……?」
そんな心の嘆きを口にして、自分の家に帰った。と、言っても愛のとなりの家だけど……。
はじめまして、愛山 夕雨です。
このペンネームでは初めての作品です。一作品目を書き終えてすぐに、ネタに詰まってしまうとは、思いませんでした……。
ちょうど今の時期は忙しいですが、ちょっとずつ進めていこうと思っています。
あと、これ連載ですが毎週土曜日に一話ずつ更新していく予定です。イベントとかに合わせて、極稀に番外編が入ることもあります。
次回は、司と幼なじみの愛の話になる予定です。
それでは、また来週です!




