第六章‐4
「さて、帰る前にもう一つ、やらないといけないことがあるんだ」
駐留基地に帰ろうとするエリカたちに、アッシュが言う。エリカは首を傾げた。
「まだ、なにか?」
「ああ。……こいつの始末だ」
そう言って、アッシュは右手を掲げてみせる。侵蝕されて変質した異形の黒い装甲は、今や彼の右肩まで覆っていた。魔力の濫用によって、黒髪も既に半分ほど白髪に変化している。
「サーニャ、『魔人血晶』は破壊出来るんだろ?」
「侵蝕融合されて変質した装甲には強力な抗魔法、耐物理の効果がありますが、『魔人血晶』には、ほとんど防御力はありません。破壊は可能です。しかし、侵蝕された部分は――」
「ああ。わかってる」
言いかけるサーニャの言葉を、みなまで言うな、とアッシュが遮った。
「全部終わったら、破壊するつもりだったんだ。覚悟は出来てる」
そう言うアッシュに、エリカが心配そうな顔で問い掛ける。
「本当に、いいのですか?」
「ああ。……どうやら、俺は魔法使いには向いてないみたいだ」
アッシュが笑って答えた。エリカも無理に微笑む。
「……そうですね。こんな無茶な魔力運用をする魔法使いを、私は他に知りません」
退屈な日常を抜け出して、ワクワクする世界へ行きたかった。だが、それは一人で、ではない。『彼女』と一緒に行きたかったのだ。
「エリカ、頼めるか?」
アッシュはその場に座り込んで、右手を地面についた。
「……はい」
エリカは腰に佩いた魔装剣を抜き放つ。アッシュが努めて軽い調子で言った。
「あー、右腕が付け根からなくなるのか。きっと、血が大量に出るんだろうなぁ。サーニャ、治療してくれるか?」
「了解」
サーニャが言葉少なに頷く。
「手早く頼むぜ。まだ死にたくないからな。それから、帰りは飛べなくなるから、みんなに運んでもらわないとならないなぁ」
アッシュの言葉に、泣きそうな顔をしたアリーセが答えた。
「あたしがおんぶしてくぅ」
自分より遥かに小柄な少女にそれが出来るとも思えなかったが、アッシュは頷く。
「悪いな。手間を掛けるけど、よろしく頼む」
「うん」
そして、アッシュは自分の前に立つエリカを見上げた。
「それじゃ、やってくれ」
「はい」
エリカは渾身の魔力を魔装剣に注ぎ込む。そうすることが彼への礼儀だと思ったのだ。サーベルの刀身が眩いばかりの黄金色に輝いた。エリカはサーベルを逆手に握ると、その切っ先を地面に置かれた彼の右手の中央で脈打つ紅い石に突き付けた。一つ深呼吸する。
「では、いきます」
「ああ。一思いにな」
アッシュの言葉に頷くと、エリカは魔装剣を突き下ろした。
「『ライトニング・スラスト』!」
黄金色の魔力光に包まれたサーベルが突き下ろされると、パリンッと軽い音を立てて呆気なく『魔人血晶』は砕け散る。それと同時に、異形の右手が指先からボロボロと崩れ始めた。
「ぐっ! が、あ、あ、あああああぁぁぁぁっ!?」
右手が崩れ落ちていく激痛は、侵蝕される痛みの比ではなかった。例えるなら、熱したペンチで一摘まみずつ肉や骨を引き千切られていくような激痛。とても自分のものとは思えない右腕なのに、痛みだけは彼のものだった。アッシュは崩れゆく右腕を押さえて、絶叫しながら激痛にのたうち回る。
「アリーセ! 押さえて!」
「うん!」
エリカたちの声が遠くで聞こえたが、意味までは頭に入ってこない。頭の中は、痛みの感覚だけで埋め尽くされている。やがて痛みが許容限界を超えたのか、アッシュの意識はプツンと途切れた。




