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灰かぶりのアッシュ  作者: 神楽坂煌
第六章
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第六章‐3

 アッシュは『転移門(ワープポータル)』から転がり出ると、瓦礫まみれの床に手をついたまま、大きく呼吸を繰り返した。空気が美味い。アリーセが駆け寄ってくる。

「なかなか来ないから、心配したよぉ。大丈夫ぅ?」

「……ああ。大丈夫だ……」

「エリカはぁ?」

「すぐに来る……」

 アッシュがアリーセに答えている間に、エリカの姿が『転移門(ワープポータル)』の中に現れた。彼女もアッシュ同様、崩れ落ちるように膝をつくと、大きく肩で息をする。

「エリカぁ、大丈夫ぅ?」

「……大……丈……夫……です……」

 途切れ途切れに答えるエリカ。そのまま暫し、二人は息を整えた。エリカの様子が落ち着いたと見て、サーニャが報告する。

「『転移門(ワープポータル)』の管理ログ取得、完了しています」

「では、速やかに基地(ベース)に帰投しましょう。この件を、すぐに大隊長に報告しなくては」

 エリカが立ち上がった。アッシュも立ち上がる。そこで気付いた。

「そうだ! 早くこの場を離れないと――!」

「え?」

 突然の彼の焦りにエリカが疑問符を返すのと同時に、こめかみの左右から魔力のアンテナを生やしたサーニャがピクリと上を向いて言う。

「照準されました」

 どこから、とは聞き返すまでもなかった。ドンッと空間すら震わせて、天の遥か高みまで続く、直径五十メートルほどの円柱状の結界が彼らを取り囲んだ。

「低軌道上の第七艦隊旗艦ドラスネイルからの主砲誘導結界です。ドラスネイル、魔力反応増大。主魔力砲のチャージ中と推定されます。対地艦砲射撃まで、あと四十二秒」

 こんなときでも感情の窺えない声で、淡々とサーニャが告げる。驚愕するエリカ。

「まさか……、本当に……?」

 話には聞いていたが、本当に人間に向けて戦艦の主砲を向ける、などということが信じられないのだろう。アッシュが言う。

「本当だ。こいつに、……『彼女』は、やられた」

 エリカは絶句した。そんな彼女に向かってアッシュが問う。

「誰か、転移魔法を持ってないのか? それで、この結界から脱出を――」

「……持っていますけれど、無理です。個人の魔法使いの転移魔法程度では、戦艦の魔力炉が作る結界など越えられませんわ!」

 エリカの答えに、アッシュが舌打ちをした。アリーセが結界壁に向かって魔装銃を構える。

「じゃあ、壊して逃げよぉ! 全力砲撃使用許可申請ぇ!」

「え? あ……、全力砲撃使用承認!」

 アリーセの言葉に、慌ててエリカが答えた。

「砲撃モードぉ! みんな、下がっててぇ! 魔力増幅ぅ。『スカーレット・バスター・ランチャー』、カウント省略ぅ。ふぁいあー!!」

 『増幅』の魔力特性を持つアリーセの渾身の魔力が、魔装砲に内蔵された魔力増幅装置(アンプ)を通り、これまでにないほど大きな赤い魔力光となって砲口に灯る。眩い光を放って、赤い魔力の奔流が怒涛のように結界壁に叩き付けられた。数秒の砲撃の後、魔力の奔流が尽きる。結界壁には、細かな傷が付いているだけだった。

「もう一発ぅ! 魔力増幅ぅ。『スカーレット・バスター・ランチャー』、ふぁいあーっ!!」

 二度目の全力砲撃が結界壁を叩く。だが、その砲撃が終わっても、結界壁の傷が小さな亀裂に変わっただけだった。

 アリーセは、測定魔力値四百オーバーを誇る、重砲撃型の魔法使いだ。その彼女の二発の全力砲撃を持ってしても、戦艦の魔力炉が作り出した結界には亀裂を入れるのがやっとだった。だが、本来なら、それだけでも驚嘆すべきことなのだ。

 一方、アッシュは上昇して彼女らの上に出ると、天を睨みつけていた。この展開も予想していなかったわけではない。その為の対抗策も用意してある。

(仕掛けるか……? いや、もう三十秒もない……。相打ちでは、こちらの負けだ)

 アッシュは眼下の三人に視線を落とした。決断する。

「サーニャ、主砲発射後、第二射のチャージ完了までには、どれくらい掛かる?」

「一分十七秒です」

 アッシュの問いに、いつもと変わらぬように淡々とサーニャが答えた。

「OK。十分だ。サーニャ、主砲発射までのカウントダウンを頼む」

「了解。カウント開始します。二十一、二十――」

 アッシュの指示で、サーニャがカウントダウンを開始する。エリカは呆然と尋ねた。

「……第二射? アッシュ、なにを言って――?」

 しかし、アッシュはそれには答えず、再び天を睨む。異形の右手を大きく開き、天に向かって差し伸べた。エリカの隣では、アリーセが肩で大きく息をしながら、三発目の全力砲撃を撃とうとしている。エリカは、小隊長のくせにこんな大事な場面でなんの有効な指示も出せない自分に歯噛みした。

「十二、十一――」

 サーニャのカウントダウンが続く。エリカは、自分の命があと十秒程度だと気付いて、愕然とした。

(……こんなときは、祈ればいいのかしら……?)

 そんなことを思う。

「五、四、三――」

 サーニャのカウントが、終わりに近付いていた。アッシュが天に向かって叫ぶ。

「『月下の白虹(はっこう)』!!」

 彼が天に向けて差し伸べた異形の右手の先に、直径五十メートル、結界内部を完全にカバーする巨大な影色の魔法陣が現れた。魔法陣はその先に次々と開いていき、合計七枚の魔法陣が並ぶ。それを見て、エリカは叫んだ。

「無理ですわ! 貴方の構築する防御魔法陣(シールド)がどれほど硬かろうと、そんなものを何枚並べたところで――!」

 戦艦の主砲は止められない、そう言いかけたそのとき、天から白い光の奔流が轟音と共に降り下る。思わず、エリカはきつく眼を閉じた。

 ……しかし、まだ自分は生きている。信じられない思いで眼を開き、天を見上げた。上からは、無数の白い雪のような小さな光の粉が、ゆっくりと舞い降りてきている。それが肩に落ちると、ガツッと弱い魔力弾を食らったような痛みと衝撃が走った。アリーセも砲撃することを忘れて、ポカンとした顔で天を見上げている。

「いったい……、なにが……?」

 エリカは呟きかけて、はっと気付いた。頭上のアッシュは七枚の魔法陣を維持しながら、この無数の魔力弾を無防備に受けているのだ。エリカは急いで上昇すると彼の懐に滑り込み、両手を挙げて傘を差し掛けるように防御魔法陣(シールド)を展開した。

「……サンキュ。助かる」

 苦痛に右眼を閉じながら、アッシュが言う。

「助かっているのは、こちらですわ。いったい、これはなんですの……?」

 エリカは尋ねながら、光の奔流を受け止めている頭上の七枚の魔法陣を見上げた。よく見ると、それは普通の防御魔法陣(シールド)ではなかった。書式が全然違う。

「……積層式エネルギー減衰型防御魔法陣、だ」

 アッシュが答えたが、エリカはそんな防御魔法は聞いたこともなかった。

 それは、『停滞』と『減衰』の魔法使いである彼が作り出した、究極の防御魔法。魔力の奔流は一枚の魔法陣を通り抜ける度に、そのエネルギーを減衰させられ、七枚の減衰魔法陣を通り抜けた魔力の残滓が光の粉となって降り注いでいるのだった。

 エリカは彼の才能に驚嘆する。

 そのとき、彼女の耳元でミシミシメリメリッという破砕音が聞こえた。眼を向けると、アッシュの右腕は肘まで黒い異形の装甲に覆われている。破砕音はその繋ぎ目から聞こえていた。眼を凝らすと、その侵蝕はジリッジリッと肘の上に食い込もうとしている。エリカは、ようやく気付いた。彼の右手の『魔人血晶』の侵蝕は、止まってなどいなかったのだ。こうして限界を超えた魔力を使う度に、侵蝕が進んでいたのだろう。

「アッシュ! 貴方、右腕が――!」

「……構うな」

 『魔人血晶』の侵蝕に伴う激痛を堪えながら、アッシュが呟くように答える。エリカには、もうやめて、とは言えなかった。彼女と部下たちの命は、彼が維持するこの防御魔法に掛かっているのだ。彼女にはただ、早くこの光の奔流が止むように、と祈ることしか出来なかった。

 長い長い時間が経ったように思えたが、実際には十秒程度だろう。ようやく光の奔流が尽きる。アッシュは大きく息を吐き、七枚の減衰魔法陣を消した。『魔人血晶』の侵蝕は肘の上、上腕部にまで食い込んでいる。ともかく終わったのだ、とエリカは、ほっと息を吐く。だが、まだ終わりではなかった。

「ドラスネイル、再び魔力反応増大。主魔力砲のチャージに入りました。対地艦砲射撃まで、あと一分十四秒」

「なんですって!?」

 サーニャの告げる言葉に、エリカは絶望する。こんなことを繰り返していては、彼の身体が保たない。しかし、アッシュはまだ右腕を下ろしてはいなかった。右手を手刀の形に変えて、最後となる魔法を発動する。

「『天涯の(つるぎ)』!!」

 その手刀から、掌の幅で厚みのない影色の魔力の帯のようなものが、天に向かってぐんぐんと伸びていった。エリカの耳元で再び、ミシミシメリメリッという破砕音が鳴り始める。先ほどまでに倍する速度で侵蝕が進み始めていた。エリカは、彼の右腕の侵蝕を止めようとでもするかのように、その腕にしがみ付く。

「アッシュ! これ以上は、もう――!」

「……放っておけば、第二射がくる!」

「ですが、こんなところから低軌道上の戦艦を攻撃しようなんて、無茶ですわ!」

 エリカが叫ぶ。『低軌道』とは言うが、戦艦ドラスネイルまでの高度は一千キロ以上ある。そんな超長距離を攻撃するなどということは、アリーセの全力砲撃でも不可能だ。仮に届いたとしても個人の魔法使いの攻撃魔法程度では、戦艦の装甲一枚を破壊するのがやっとだろう。だが、アッシュは、彼女にはわからないその攻撃魔法を止めようとはしなかった。サーニャのカウントが続く。

「五十七、五十六――」

「もうやめて! もういいですから――!」

 エリカは自分でも、もうなにを言っているのかわからなかった。黄金の髪を振り乱し、必死で彼の腕に縋り付く。アッシュは激痛に右眼をきつく閉じたまま、彼女に言った。

「……だったら、そのまま右腕を支えててくれないか? 上げっぱなしで攣りそうなんだ」

 本当は、激痛で姿勢を維持するのが辛いのだろう。エリカは口を閉じて頷くと、彼の右腕を支えた。サーニャのカウントだけが淡々と響く。

「四十五、四十四――」

(……まだ、か……?)

 アッシュにとっても、これは初めて使う魔法だ。どれだけ待てば効果が現れるのか、正確なところはわからなかった。そうしている間にも右腕の侵蝕は進み、上腕部を飲み込んで肩にまで達しようとしている。

「三十三、三十二――」

 アッシュの伸ばした影色の魔力の帯は、遥か高く一千キロ以上の距離を伸びて、戦艦ドラスネイルにまで到達していた。彼らを狙う主魔力砲は艦の重心軸線上にある。厚みのない影色の魔力の帯は、その主魔力砲から艦の後部推進機関までを貫いていた。そして、この影色の魔力の帯は、その帯上の時空連続体を停滞させていたのだ。その結果――、

「二十七、――小規模な時空断層の発生を観測。時空断層直上の戦艦ドラスネイル、主魔力砲並びに主推進機関を破損。中破。主魔力炉緊急停止。航行不能と推測されます」

 サーニャが耳を澄ますように両手を耳の後ろに当てて、そう言った。同時に、彼らを取り囲んでいた円柱状の結界が消える。ようやく、アッシュは魔力の帯を消した。右腕から力が抜ける。そのまま崩れ落ちそうになる彼の身体を、慌ててエリカが支えた。アッシュは苦痛にしかめたままだった顔を、むりやり笑みの形にして言う。

「……一発、ぶん殴ってやったぜ。これくらい、いいだろ?」

 エリカは、いつの間にかにじんでいた涙をぬぐって頷いた。

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