第五章‐3
エリカの不機嫌は最高潮に達している。海軍兵の現場指揮官と散々押し問答をした挙句、結局、当該海域にすら入れてもらえずに追い返されたのだ。試射が行われた当該海域は不可視結界に覆われており、環境への影響など窺い知ることも出来なかった。海軍兵曰く、この先の私有地である島に向かって試射が行われた、とのことで、調べてみると、確かにボルジモワ提督の所有する島が登録されている。海軍提督ともなると、こんな辺境の未開惑星にも土地が持てるものらしい。その私有地を部下の兵に警護させるなど、それこそ公私混同ではないのか、と思ったが、エリカはその言葉を、ぐっと飲み込んだ。そのような難癖、負け惜しみにしか聞こえないだろう。それでは、あまりにも惨めだ。結局、悔しい思いを抱え込んだまま、帰投するほかなかった。
「自分の庭で銃の試射をして誰にも当たらなかった、そういうことだ、だぁってさぁ。むかつくよねぇ」
斜め後方を飛ぶアリーセが、海軍兵の口調を真似る。趣味のアニメ鑑賞を中断して急いで飛んで行ったのにも関わらず、なにもさせてもらえず追い返されたことに、彼女なりに腹を立てているようだった。もう一人の部下、サーニャは相変わらずの無表情だ。黙っている彼女が内心でどう思っているのかは、その無表情からは読み取ることは出来ない。ふぅっとエリカは溜め息を吐いた。飛行速度が往きに比べて格段に遅いことからも、彼女の気持ちが推し量れる。
「ともかく、報告書だけは作成しなければなりませんわね……」
ほとんど内容のない報告書になるでしょうけれど、とエリカは心の中で付け加えた。そのとき、突然、こめかみの左右から観測魔法用の青白い魔力のアンテナを生やしたサーニャが、頭を巡らせて口を開く。
「二時の方角に飛翔体を捕捉。数は一。魔力反応感知。魔法使いと推定されます」
「……魔法使い?」
エリカは怪訝に思った。また海軍兵士が、現地の市街地の上空でも飛び回っていたのだろうか。ならば、今回もきつく警告してやらねばなるまい、と八つ当たり気味に思う。彼女は飛行速度を落として海上に停止し、その魔法使いがやってくるのを待ち受けた。部下二人もそれに従う。やがて、一つの人影が視界に入ってきた。かなりの速度で、こちらのほうに向かって飛行している。エリカは声を張り上げた。
「そこの魔法使い、止まりなさい! こちらは、セレストラル星系連邦陸軍第六辺境警備師団第二連隊第一大隊第八小隊小隊長、エリカ=デ・ラ・メア=ブラウスパーダ少尉です! 停止して、官姓名、及び当空域を飛行している目的を申告しなさい!」
人影が、彼女たちから三十メートルほど離れたところで停止する。その人影は、彼女と同年代の少年のようだ。服が、激しい戦闘でもくぐり抜けてきたかのようにボロボロだった。全体の二割ほど白髪の交じった黒髪が目を惹く。だが、なにより異様だったのはその右手だ。黒く刺々しい五指、その手の中央を貫いて魔装機にしては巨大な紅い石が嵌っている。禍々しい印象を受ける異形だった。その右手の掌から手の甲までを巨大な紅い石が貫いているので、手袋型や籠手型の魔装具という可能性は低いだろう。
(義手? それにしても悪趣味な……)
なんにしても、海軍兵士には見えなかった。しかし、この星の文明レベルでは魔法は存在しない。現地の魔法使いという可能性はないはずだ。かといって、現在低軌道上に停泊中の海軍第七艦隊旗艦ドラスネイル以外の船がこの星に来ている、という報告は受けていなかった。密入国ならぬ密入星者かもしれない。エリカは少し気を引き締め、もう一度呼び掛けた。
「こちらは、セレストラル星系連邦陸軍第六辺境警備師団第二連隊第一大隊第八小隊小隊長、エリカ=デ・ラ・メア=ブラウスパーダ少尉です。そちらの姓名と所属、及び当空域を飛行している目的を申告しなさい」




