第五章‐2
喉が嗄れるまで絶叫していた。やがて、声が掠れて咳き込み始め、ようやく喉から溢れ出る声が止まる。
暫くの間はなにも考えられなかった。頭が真っ白になる、とは、こういうことを言うのだろう。そのまま、日が昇り始める頃まで呆然と座り込んでいた。
暫く呆然とした後、アッシュが最初に考えたのは、この腕をどうしようか、ということだ。本来なら、どこかに埋めて墓でも作るのが筋なのだろう、と思う。だが、それは『彼女』の死を認めてしまうようで嫌だった。少しの思案の後、結局、アッシュは即興で魔法を一つ作ることにする。方針さえ決まってしまえば、後は早かった。日が完全に昇りきるまでの時間で、魔法のコードを組み上げる。
「……『硝子の棺』」
箱型の断熱結界が、『彼女』の右腕を包み込んだ。結界内の分子運動を停滞させる。空気中の水分が凝固し、氷漬けの腕が出来上がった。これでいい。この出来なら、きっと『彼女』も褒めてくれるだろう、と自分の魔法の出来栄えに満足し、アッシュは『彼女』の右腕を、肩から掛けたままだった空のボディバッグに仕舞う。
無意識に、魔力リソースを確保する為、常駐型の念話魔法を解除していた。話す相手はもういない。
退屈な日常から連れ出し、ワクワクする世界へ連れて行ってくれるはずだった『彼女』は、もういなかった。『彼女』がもういないことは、理解出来た、ように思う。だが、不思議と涙は出なかった。遺体が右腕だけという、現実感のない状態であるせいかもしれない。同じように、悲しみや嘆きといった感情も湧き上がってこなかった。ただ、心に、ぽっかりと穴が開いたような気持ちがあるだけだ。
『彼女』の右腕を仕舞い込んだ後、また暫し、ぼーっとする。次はなにをするべきだろう、と思った。こういうとき、真っ先にやらねばならないことがあったような気がするのだが、それがなかなか出てこない。暫くの間、そうしてぼんやりと考えて、ようやく思い当たった。
――そうか。復讐だ。
アッシュは立ち上がる。何故、こんな簡単なことに思い至らなかったのだろう。気付いてしまえば、身体の奥底から怒りと憎悪という名の力が際限なく湧き上がってくるように感じる。
すぐに、あの島へ飛んでいこうと思ったが、考え直してアッシュはその場に座り直した。準備は万全にしたほうがいい。戦艦一隻を相手にしようというのだ。相当な数の兵隊と戦うことになるだろう。準備をして、し過ぎるということはない。操作端末を開いて、魔力消費が大き過ぎて使えないだろう、と開発を断念していた作りかけの魔法のソースファイルを、何本もエディターで開く。魔力消費の問題ならクリア出来た。『魔人血晶』に侵蝕融合されて黒く変質した、異形の右手に視線を落とす。右腕の一本くらい持っていかれるかもしれないが、知ったことではない。
(戦艦に一人で乗り込むって、俺はセガールかよ)
そんな考えが浮かぶ自分の余裕がおかしくて、笑えてくる。
その間も、十本の指はキーボードを叩き続けていた。驚異的な集中力で、いくつかの魔法を仕上げる。気が付くと、日が暮れかけていた。結構、時間を食ってしまった。急がなくてはなるまい。相手に逃げられては、元も子もない。
(ぶっつけ本番か。最低だな……)
だが、テストをするような余裕は、時間的にも魔力的にもなかった。無駄に限界を超えた魔力を使用して『魔人血晶』に侵蝕され、仇と戦う前に食い尽くされてしまったのでは、笑い話にもならない。アッシュは魔力の濫用に黒髪の二割ほどが白髪に変化してしまった頭を上げると、再び、今度は一人で、海上の見えない島に向かって飛び立った。




