第三章‐4
そして木曜日の夜。いつもの川原に着くと、右手の包帯を解きながら篤志は切り出した。
「今日は新しい魔法を試させてくれないか?」
「新しい魔法? え? 自作したの!?」
レーナが驚きの声を上げる。彼は軽く首を振った。
「いや、既存の魔法を解析して、それをベースにバリエーションを増やしてみただけ。一から組み上げたわけじゃないよ」
「それでも、十分すごいわよ。いいわ。見てあげる」
彼女は偉そうにそう言って、薄い胸を張って頷く。
「それじゃあ、始めるか。……『孤島の聖域』」
いつの間にか、不可視結界を張るのは篤志の役目になっていた。カスタマイズした彼の結界のほうが、レーナのものよりも硬いからだ。一瞬、二人を中心に直径五十メートルほどの影色の半球が閃き、その後は何事もなかったかのように誰もいない川原を映し出す。結界の中では二人が飛行魔法を使って宙に浮き、少し離れて対峙していた。
「まずは拘束魔法からいくな? 高速移動を使わずに避けてみてくれ」
ここ数日間の訓練で、最初に教えてもらった拘束魔法――彼の命名したところの『茨の冠』は、タイミングさえ読めれば高速移動を使わなくとも十分避けられることがわかっている。
「わかったわ。準備いいわよ」
レーナが返事をするのを確認してから、篤志はコマンドを唱えた。
「『鋼の顎』」
彼女の上下に直径五メートルほどの影色の魔法陣が出現し、中心に向かって上下から閉じようとする。咄嗟に彼女は前方に移動するが間に合わず、魔法陣に挟まれてしまった。影色の魔法陣が、きゅっと縮まり、影色の輪となって彼女を拘束する。
「どうかな? さすがに高速移動を使われたら、避けられちまうと思うけど」
彼は拘束を解除しながら、感想を聞いてみた。
「範囲指定型にしたのね。魔力消費が大きいから、わたしは持ってなかったけど、こういうのは売ってるわよ?」
「なんだ、そうか……」
レーナの返事に、少しがっかりする。
(まぁ、さすがに素人が考え付くものくらい、プロなら作ってるよな……)
「でも、自力で作ったんだからすごいわよ」
慰めなのか、彼女がそう声を掛けてきた。気を取り直すことにする。
「じゃあ、次はこれだ。今度も同じように避けてみてくれ」
「ん」
「『藤花の宴』」
篤志がコマンドを唱えると、その右手から影色の細い魔力光がするすると伸びた。だが今度は、彼女にあっさりと避けられてしまう。
「今度は投射型? こういうのも売ってるけど、有効じゃないってことであんまり使われてないわよ?」
「まだまだ!」
そう言って、彼が右腕を振ると、それと連動して細い魔力光が振り回された。慌ててレーナが避けようとするが、魔力光が触れたところから絡みつき、彼女を拘束してしまう。
「なるほどね。鞭型ってわけ? これは見たことないかもね」
レーナが感心したように言った。やってやったぜ、という気持ちで拘束を解除する。
「とりあえず、今完成してる拘束魔法はこんなとこかな。あと一つ二つ、開発中のものはあるけど」
「ふーん。……って、拘束魔法は、ってことはまだ他にもあるの?」
篤志の台詞に驚くレーナ。彼は頷いた。
「ああ、あるぞ。次は防御魔法な。レーナ、ブレイドで切り掛かってきてくれ。あ、一応失敗したときのことを考えて、勿論、セイフティは切らないでくれよ?」
「いいのね? もし当たったら相当痛いわよ? 当たりどころが悪ければ気絶するくらい」
彼女の言葉に少し身が縮む思いがしたが、篤志は自分を信じることにする。
「おう。……さあ、来い」
「いくわよ!」
レーナが『刀剣』のコマンドを唱え、出現した光剣を構えて、青く長い髪をなびかせながら突っ込んできた。
「『魔神の掌』!」
彼は右手を突き出してコマンドを唱える。その前に直径二メートルほどの影色の防御魔法陣が出現し、彼女が振り下ろす光剣を、カキンッと音を立てて見事受け止めた。レーナは光剣を消して感嘆する。
「さすが『停滞』と『減衰』の魔法使いの防御ね。硬いわ」
「ああ。防御陣を常駐じゃなくした代わりに、思いっきり硬くしてみた。砲撃魔法とやらも止められるかもしれないぜ?」
そう応じて、篤志も防御魔法陣を消した。内心、成功してよかった、と安堵する。レーナが続けて言った。
「確かに、こういう毎回起動するような硬い防御魔法も売ってるけど、市販のものにも劣ってないんじゃないかしら。さすがに砲撃まで止まるかどうかは、実際に試してみないとわからないけどね」
「ありがとう」
褒められたので、素直に礼を言う。気をよくした彼は、さらに次の魔法を試すことにした。
「じゃあ、最後にとっておきのやつ、いくぜ。射撃魔法を五発同時発射してくれるか?」
「わかったわ。また防御魔法?」
「まぁな。でも、ちょっと一味違うぜ?」
「ふーん。見せてもらいましょ」
レーナはなるべく彼から離れると、コマンドを唱えた。
「『弾丸』、五発、斉射」
五発の白い光弾が空を切って迫る。篤志は右手を伸ばしてコマンドを唱えた。
「『嘆きの輪舞』、五発、いけっ!」
彼の右手の先に影色の光弾が五発出現し、それぞれが迫る白い光弾に向かって飛ぶ。白い光弾に黒い光弾がまとわりつくように接触し、ジュッという火の点いたマッチを水に浸けたような音を立てて次々に消滅させた。
「え? なに今の? 単純に五発を狙い撃ちして、撃ち落としたんじゃないわよね?」
そうだとしたら、光弾同士がぶつかったときに異なる魔力同士が反応して、爆発が起こるはずだ。レーナは不思議そうな声を上げる。彼は得意げに胸を張って答えた。
「ああ。魔力弾に反応して飛んでいく射撃魔法を作ってみたんだ。当たると魔力を減衰させる効果を付けて」
レーナは声もない。そんな魔法は見たことも聞いたこともなかった。そんな彼女の様子には気付かずに、篤志は言葉を続ける。
「今日までに完成したのは、この四つだ。結界魔法とか開発中のものもまだいくつかあるけどな。他にもいろいろ作ろうとしてたんだけど、作ってる途中で魔力消費が大き過ぎて使えなさそう、ってわかって開発を諦めたのとかがあって、結構時間を無駄にしちまった」
レーナは興奮に青い瞳を輝かせて、彼の目の前に飛んでいき、その両手を取った。
「すごいわ、アッシュ! あなた、ホントに魔法使いの才能あるわよ。たった数日でこれだけの魔法を作るなんて。特に最後のなんて見たこともないわ!」
「お、おう、サンキュ」
篤志は彼女の勢いに押されてドギマギしてしまう。レーナは続けて、驚くべきことを提案してきた。
「ねぇ、アッシュ。わたしのパートナーにならない? ずっと一人でやってきたけど、あなたとなら組んでもいいわ!」
篤志は驚くが、それ以上に、彼女に認められた、という満足感が湧き上がってくる。だがそこで、ふと疑問に思った。問い返してみる。
「それは嬉しい申し出だけどさ、レーナの星の公安局の監査官ってやつは、そんなに簡単になれるもんなのか?」
何故か、レーナは一瞬、きょとんとした表情を浮かべた。すぐに、ポンと手を打つ。
「……あぁ、あれ、嘘」
ぺろりと舌を出した。
「……え?」
今度は篤志が、きょとんとする番だった。レーナは後ろで手を組み、繰り返して言う。
「あれ、嘘です」
青い目を細めて、例の悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「わたし、ホントは怪盗なの」
「は?」
篤志は言葉もない。
「あら? また上手く翻訳出来なかったかしら? わたしは、実は、泥棒さんなのです」
レーナは、にっこりと笑う。篤志はようやく思考が追いついてきた。
「な、なんで、そんな嘘――?」
「んー、多分、公的権力を名乗っておいたほうが、一般市民の協力を得られやすいって思ったんじゃないかしら?」
悪びれもせず、他人事のように答えるレーナ。
「じゃあ、レーナ=アンヴィルって名前も――?」
偽名なのか?と問いかける篤志に、レーナが答える。
「あぁ、それは本名。あのときは痛みと焦りで頭が回ってなかったのよね。偽名まで考える余裕なかったわ」
「じゃあ、じゃあ、この星に来た理由とか、『魔人血晶』のこととか、兵隊に追われてる理由とかは――?」
篤志は焦って問い続けた。レーナが少し真面目な顔になる。
「その辺も全部本当。唯一違うところは、施設に潜入した理由ね。ホントはボルジモワ提督の脱税目的の隠し財産でもあるか、と思って忍び込んだの。それ以外は、『魔人血晶』を見付けたことも、追われて撃墜されたことも本当」
篤志はいったん深呼吸して、頭を整理した。
「……OK、理解した。レーナは本当は怪盗で、軍のお偉いさんのヤバイ秘密を知っちまったせいで追われてるってことだな?」
「そうよ。これでもう嘘は吐いてないわ。信じられない?」
確認する彼に、レーナは問い返す。篤志は即答した。
「いや、信じるよ」
ほっとしたように表情を弛めるレーナ。そして、今度は、少し上目遣いになって問い掛けてきた。
「じゃあ、パートナーになって、って話はどう? ……やっぱり、泥棒は嫌?」
篤志は考える。正直に言えば、やはり泥棒というのは抵抗がある。だが、魔法を使うのも作るのも、とても楽しい。きっと彼女と行けば、退屈な日常から抜け出して、ワクワクする冒険の世界に旅立てるのだろう。それは、この上なく魅力的だった。
「……いいぜ。俺をレーナのパートナーにしてくれ」
(泥棒はまだ出来ませんけど、きっと覚えます、か)
「ん!」
承諾した彼に、レーナは満面の笑みで頷いた。
「それじゃ、これからのことを話すわね? わたしの怪我は、あと二日もあれば完治するわ。そしたら、もう一度、ボルジモワ提督の秘密施設に忍び込もうと思ってるの」
「どうして、そんな自ら危険に飛び込むような真似をするんだ? 一度侵入されたんだ。警備だって増強されてるって思ったほうがいいだろ?」
この先の予定を話すレーナに、篤志は問い返す。その問いに、彼女は意外に真剣な顔付きで答えた。
「それは、ボルジモワ提督が連邦法で禁じられた兵器を溜め込んでる、っていう確かな証拠を掴む為よ。軍のお偉方ともなれば、政敵の五人や十人はいるわ。その情報を裏の筋からそういう相手に売れば、いい稼ぎになるの。……それに、そうすれば『魔人血晶』なんて危険な代物が使われるのを止められるし」
少し照れたように、最後に小声で付け加える。案外、根は善人なのかもしれない。
(いや。案外、でもないか)
篤志は、ここ数日の共同生活で見た彼女の素顔を思い返す。だから、素直に頷いた。
「わかった。行ってみよう」
(彼女のことは、俺が守る)
声には出さずに決意する。
「では、二日後、最終試験を行います」
レーナが両手を腰に当てて、突然、そう宣言した。そのポーズは誰かに似ている。
「は? 最終試験?」
「実戦テストです。これに合格したら、アッシュをわたしのパートナーにしてあげます」
聞き返す篤志に、彼女は胸を張って告げた。そんなポーズをしても誰かさんと違って、彼女の胸は控えめだ。それにしても、いつの間にか『パートナーになって』から『パートナーにしてあげる』に変わっている。そんなところが彼女らしくて、笑えてきた。
「OK。二日後だな」
二日後なら、ちょうど土曜日だ。決行は夜だろう。
「それから、アッシュ。今日からその日までは、徹夜で魔法のカスタマイズするのやめなさいね。体調を万全にしておくのも、プロの仕事の一部よ。ここのところ、ほとんど寝てないんでしょ? ベッドで一緒に寝てもいいから」
レーナが少し心配そうな顔になって、そう言った。篤志は頷く。
「わかった。徹夜はしない。お言葉に甘えて、ベッドで寝させてもらうよ。……エッチなことはしない。約束する」
――嘘だった。




