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灰かぶりのアッシュ  作者: 神楽坂煌
第三章
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第三章‐3

 翌朝、月曜日。篤志は何度も欠伸をしながら登校した。

(結局、徹夜してしまった……)

 登校する大勢の生徒に混じって校門をくぐり、下駄箱で上履きに履き替えて四階の教室に向かう。家を出る前に、白髪染めは済ませておいたので、悪目立ちすることもないようだ。

 自分の教室に入ると、蒲郡(がまごおり)紫子(ゆかりこ)が数人のクラスメイトと話しているのが目に入った。

「おはよう、委員長。土曜は、わざわざサンキューな」

 挨拶すると、紫子が振り返って言う。

「おはよう、倉嶋。今日はちゃんと来たわね。ていうか、委員長って言うな」

 挨拶してから律儀に突っ込みをしたところで、彼女が怪訝そうな顔になった。

「あんた、右手、どうしたの?」

 うっかり、包帯を巻いた右手を上げて挨拶をしてしまった。

「あー……、ヤカンひっくり返して火傷したんだよ」

 適当な言い訳をする彼に、紫子が迫る。

「ちょっと、大丈夫なの? ちゃんと病院に行った?」

「いや、そんなたいしたもんじゃないから大丈夫」

 これでいつまで誤魔化せるかな、と思いながら、紫子の脇をすり抜けて自分の席に着いた。後ろで、女子生徒たちの声がきゃらきゃらと響く。

「え? なになに、土曜って?」

「そういえば、倉嶋くん、土曜休んでたよね?」

「えー? 紫子、お見舞いに行ったの? やるー」

「そんなんじゃないわよ。クラス委員だから、先生に頼まれて、無断欠席の問題児の様子を見に行かされただけ」

 それにしても眠い。授業が始まるまで仮眠しよう、と眼鏡を外して机に突っ伏した……。

 授業中も半ばぼんやりした頭で、魔法のカスタマイズ案を考えていた。頬杖をつき、ぼーっとしていながらも、頭の半分ではプログラムコードを組み上げている。当然、授業など聞いていない。不意に、隣の席の女子生徒が小声で声を掛けてきた。

「倉嶋くん倉嶋くん、当たってるよ?」

 その声に意識を戻す。彼の前の席が、ずらっと空席になっていた。そこに座っていた生徒たちは、黒板に書かれた方程式に取り掛かっている。今は数Ⅰの時間だった。どうやら、窓際一列が当てられたらしい。隣の席の女子生徒に小声で礼を述べると、篤志は何事もない風を装って、ことさらゆっくりと立ち上がる。黒板に向かって歩き出したところで、こちらを向いて睨んでいる紫子と目が合ってしまった。

(これは、またお説教確定かな……)

 思いながらも歩みを進めつつ黒板を見て、自分に当てられた方程式を頭の中で解き始める。

 授業が終わり休み時間になると、案の定、紫子がドスドスと足音が聞こえそうな勢いで篤志のところにやってきた。

「倉嶋ー! あんた、今日は内職してないと思ったら、今度は居眠り? いい度胸ね!」

「いやいや、寝てないよ、寝てませんよ、紫子サン。ちょっと、ぼーっとしてただけ」

「同じようなもんよ! また内職で徹夜? いい加減、少しは自重しなさいよね」

「はいはい。肝に銘じておきます」

 素直に聞いている振りをする。プリプリと怒りながら、紫子は戻っていった。教室中からの視線が痛い。その視線を避けるように、またも篤志は机に突っ伏した。

(仕方ない。少しは真面目に授業を受けるか……)

 そう決心したのだが、やはり眠い。結局、その日一日はまるで授業に身が入らないままだった。どの授業もノートは半分も取れていない。というか、途中から魔法のプログラムコードになっていたりする。放課後になると、篤志は紫子に捕まらないうちに素早く下校した。

 駅へ向かう人波から別れて、十数分、住宅地を歩き、アパートに帰り着く。

「ただいまー。レーナ、おとなしく留守番してたか?」

 誰かが待っている家に帰るというのはいいものだな、などと月並みな感想を抱きながら部屋に入ると、レーナはベッドに寝転がってテレビを見ていた。テレビとゲーム機の使い方は、土曜の夜のうちに教えてある。

「あ、おかえりー、アッシュ」

 起き上がりもせずに、寝転がったままで出迎えるレーナ。ちなみに、彼女の部屋着は、篤志のシャツとジーンズだ。昨日、買ってやった服は、外出着にするらしい。

 篤志は部屋を見回して、軽く溜め息を吐いた。床には、雑誌やマンガが散らばっている。

「……おまえ、見るなとは言わないけど、見終わったらちゃんと片付けろよ」

 そう言って、鞄を置くとそれらを片付けた。当のレーナは、

「んー」

 と生返事だ。本当に片付けが出来ない子らしい。脱衣所で部屋着に着替えて、お茶でも飲もうとキッチンへ向かうと、パンの空袋が放置されている隣に置かれた、蓋を開けたカップ麺のカップから、フォークの柄が飛び出しているのが目に付いた。

「?」

 カップを覗き込んでみると、乾麺の真ん中にフォークが突き刺さっている。乾麺には、粉末スープがまぶしてあり、一口齧った跡もあった。

「……おまえな、食い物を粗末にすんなよ」

 キッチンから顔を出して篤志が言うと、レーナはベッドに座り直して唇を尖らせる。

「だって、そのままじゃなんの味もしないし、付属の調味料掛けてみたらしょっぱ過ぎるんだもの。非常食って言ってたけど酷いものねー」

「これは、このまま食べるもんじゃないんだよ」

 そう言ってお湯を沸かし、カップ麺を作ってやった。ベッドの上のレーナに手渡す。彼女は一口それを啜って、笑顔になった。

「あぁ、これなら食べられるわ。なんだ。お湯で戻すとタドヌクになるのね」

「カップに作り方、書いてあるだろ?」

 とりあえず、自動翻訳されなかった単語についてはスルーして、そう言う。

「読めないわよ、そんなの。言ったでしょ? 自動翻訳は視覚には効果ないって」

「あぁ、そういえば……」

 普通に会話が出来るものだから、忘れていた。これは、篤志のほうのミスだろう。ふと、そこで気付く。

「あれ? じゃ、おまえ、さっきの雑誌とかマンガも読めてないんじゃないのか?」

「ん。絵とか写真を眺めてただけ」

 ずるずるとカップ麺を啜りながら、レーナが答えた。そうか、それで結局、時間潰しはテレビになったのか、と納得する。ベッドに座ってカップ麺を食べるレーナを横目に、篤志は椅子に座って『魔人血晶』の操作端末を開いた。さっそく魔法のカスタマイズを始める。暫くその作業に没頭していると、突然、レーナが声を掛けてきた。

「ねぇ、アッシュ」

「うわっ!?」

 集中し過ぎて周りが見えなくなっていた篤志は、驚きの声を上げる。気が付けば、部屋は薄暗かった。テレビの明かりだけが、薄っすらと暗闇の部屋を照らしている。

「なんだ? ていうか、灯りくらい点けろよ」

 篤志は操作端末を閉じると、立ち上がって部屋の照明を点けた。

「照明は自動で点かないのね。やっぱり原始的ねー」

 そんな感想を漏らしてから、レーナが言う。

「お腹が空いたわ」

「もうかよ!?」

 反射的に突っ込んでしまった。だが、レーナはまた唇を尖らせる。

「もう、って、さっきのヌードル食べてから、四時間くらい経ってるわよ?」

 その言葉に携帯電話の時計を見ると、二十時三十四分だった。確かに、帰宅してから四時間以上経過している。どうやら、また悪い癖が出たようだ。

「あぁ、悪い。じゃあ、飯にするか」

「食べに行くの?」

 レーナが青い瞳を期待に輝かせてそんなことを聞いてきたので、篤志は手を振る。

「そうそう、贅沢は出来ません。一昨日みたいな弁当でいいか?」

「えー」

 不満の声を上げるレーナ。そこで、ふと思い付いたので尋ねてみる。

「レーナは、料理とか出来ないのか?」

「出来ないわよ」

 一言だった。勿論、彼も料理など出来ない。

「じゃ、やっぱり、コンビニ弁当だな」

「しょうがないわね。それで我慢してあげる」

 食べさせてもらう立場なのに、なんだか偉そうだった。

 それから、二人でコンビニに向かい、弁当を買ってきて夕食にする。食べながら話を聞いてみると、レーナは一日おとなしく家の中にいたらしい。一応、彼女は怪我人だ。それに、追われる立場でもある。おとなしくしているに越したことはないだろう。夕食を食べ終わって少し休憩すると、昨夜のように川原に向かい魔法の訓練をした。今日は主に飛行や高速移動、それに防御陣の使い方の訓練だった。その訓練は夜半前に切り上げ、またコンビニに寄って帰り、順番に風呂に入って、レーナが寝付いた後は魔法のカスタマイズを朝方まで続ける。

 そんな風にして、火曜日、水曜日も過ぎていった。当然、授業で居眠りする頻度は日に日に増えていき、顔色も悪くなっていく彼に対する紫子のお説教が、だんだん心配そうな色を帯びてくる。家に帰ったら帰ったで、あまり構ってもらえないレーナが退屈そうだったが、それよりもとにかく今は、魔法のカスタマイズに夢中だった。

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