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灰かぶりのアッシュ  作者: 神楽坂煌
第三章
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第三章‐1

 その後は尾けられることもなく、無事、家に帰り着く。部屋に入ると、レーナ=アンヴィルは彼の手を離して、昨日から指定席になっているベッドの上に座った。ずっと繋いでいた左手に、まだ彼女の体温の余韻が残っているような気がする。

「さて、それじゃ、さっそく始めましょうか」

「……え? なにを?」

 その余韻に浸っていた倉嶋(くらしま)篤志(あつし)は、上手く反応出来ない。レーナは唇を尖らせた。

「あなたが言ったんじゃない。魔法を教えて欲しいって」

「あ、ああ……」

 頭を切り替える。彼もまた昨日からそうしているように、ベッド脇にデスクの前の椅子を引き出してきて座った。

「なにから始めるんだ?」

「そうね。まず、それ取って。『魔人血晶(まじんけっしょう)』が、魔装機(まそうき)として使えるかどうか、中身を調べてみましょ」

 レーナは、それ、と彼の右手の包帯を指す。彼女の提案はもっともだった。そもそも、『魔人血晶』が魔装機として使えるという前提がなければ、魔法を教えてもらうもなにもない。篤志は包帯を解いて、右手を差し出した。

「とりあえず操作端末がないと、お話にならないのよねー」

 と言って、レーナは自分の右手を彼の右手に重ねる。

接続(コネクト)

 その一言で、彼女の魔装機と彼の『魔人血晶』はリンクしたようだ。お手軽だった。レーナは自分の魔装機の操作端末を開き、なにかアプリケーションをコピーしている。ややあって、作業が終了したらしい。彼女は篤志に指示する。

「自分の前にキーボードとモニターがある、って想像して」

 彼は反射的に、デスクの上の愛用のパソコンに視線を向けた。それから眼を閉じて、自分の前にそのキーボードとディスプレイがあるところをイメージする。

「ん。上手く出たわね」

 彼女のその声にゆっくり眼を開けてみると、目の前にキーボードとモニターの立体映像(ホログラフィー)のようなものが浮かんでいた。ただし、そのキーボードは使い慣れたQWERTY配列ではなく、レーナの星の言語なのだろう、全く意味のわからない記号がキートップに打刻されている。

 レーナはベッドから立ち上がって、篤志の背後に回った。そして後ろから抱き付くように身体を密着させ、彼の肩越しにキーボードに手を伸ばす。青いストレートの長い髪が、彼の顔の脇にさらりとこぼれた。

(うわぁ! 背中に柔らかい感触が……!)

 それに、自分と同じシャンプーを使っているはずなのになんだかいい匂いがする。

「さーて、なーにが入ってるのかしらー」

 そんな篤志の狼狽も知らぬげに、彼女は歌うように言いながらモニターにタッチして、『魔人血晶』の中身を調べ始めた。そのままの姿勢で、暫しの時が流れる。

(ヤバイ……。なんか、クラクラしてきた)

 背中の柔らかな感触と甘い香りに、篤志が酔ったような気分になりかけてきた頃、ようやくレーナは身体を離して、うーん、と伸びをした。ずっと不自然な姿勢を続けていたので、肩や腰が凝ったのだろう。

「やっぱり、一部分が丸々、魔装機と同じような構造になってるみたいね。もっとも、『魔人血晶』独自の機能を司ってると思われる部分もたくさんあるから、そこには触れないでおきましょ。怖いもの」

 篤志は彼女の言葉に、一も二もなく同意する。下手にいじって『魔人血晶』が再活性化でもしたら、洒落にならない。

「魔装機部分にプリインストールされてた魔法は、飛行魔法に高速移動魔法、射撃魔法と近接攻撃魔法程度しかないわね。これだけじゃ少ないだろうから、わたしの持ってる魔法をコピーしてあげるわ。……右手」

 レーナの言わんとすることを察して、掌を後ろに向けて右手を持ち上げた。彼女が右手を伸ばして、再び魔装機と『魔人血晶』を接続する。そのまま、彼女は篤志の頭上で自分の魔装機の操作端末を開いて、コピー作業を開始した。

(……今度は胸が頭の上に乗ってる……!)

 篤志は、ずっとドキドキしっぱなしだった。

「……こんなものかしら?」

 コピー作業を終えたレーナが身体を離す。篤志は、はぁっと大きく息を吐いた。

「ん? どうしたの?」

 篤志の内心の葛藤をなにも知らない彼女が問い掛ける。

「いや……、ちょっと緊張して」

「まだ、なにも緊張するようなことはないわよ?」

 彼の答えに、レーナは首を傾げた。篤志は気分を切り替える為に聞いてみる。

「こういう魔法って、どうやって手に入れるんだ?」

「基本的には、専門店で買うのよ」

 彼女の返事に、パソコンショップの棚に、魔法のパッケージがずらりと並んでいる様を想像してしまった。推奨スペック、魔力値二百以上とか書いてあるんだろうか。笑える。だが、そこで彼は、はたと気付いた。

「ってことは、これ、違法コピーなんじゃないのか?」

「そうね。連邦法的にはクロ」

 あっけらかんと頷くレーナ。なんとも、順法精神の薄い公安局監査官サマだった。

「ついでに、自動翻訳アプリもコピーしといたわ。これで、わたしがお風呂に入ってるときでも話せるわね」

 くすくすと笑う。昨日のことを言っているのだろう。

「さて、それじゃいよいよ、実際に魔法を使ってみましょうか。どこか広くて、人気のない場所に行きましょ」

 そう言って、帰ってきて適当に置きっぱなしにしていたショッパーバッグから、彼のシャツとジーンズを取り出すレーナ。買ってもらったばかりの服を汚さないように、着替えるのだろう。篤志は椅子から立ち上がって、先に玄関に向かった。彼女が着替えるのを持って、二人して靴を履いて外に出る。彼のアパートからそれほど離れていないところに、そこそこ大きな川が流れていた。篤志はその川原に向かう。堤防の土手を越えて、草の茂った川原に下りた。夜なので川の水が真っ黒に見える。土手の上に街灯があるので、お互いの顔が見えないほどの暗闇というわけではなかった。朝の時間帯なら、この川原にも犬を散歩させる人などがいるのだが、そろそろ夜も更けてきた時間なので、今は人気がない。

「ここで大丈夫か?」

「ん、そうね。いいでしょ」

 篤志の言葉にレーナが頷く。そして唱えた。

「『不可視(インヴィジブル・)結界(スフィア)』」

 一瞬、周囲で光が閃いたようだったが、ただそれだけで、彼にはなにが起こったのかわからなかったので、尋ねてみる。

「それ、さっきも使ってたよな? どういう魔法なんだ?」

「簡単に言うと、一定範囲を周囲から区切ってその中で起こってることを外に漏らさないようにする魔法、かしらね。中が見えないんじゃなくて、使用者が指定したもの――この場合はわたしたちね。それだけが外からは見えなくなるの。結界の壁には抗魔法、耐物理の効果もあるから、この中ならある程度は攻撃魔法を使っても大丈夫よ。勿論、魔力感知の魔法にも引っ掛からないわ」

「ふーん。便利だな」

 さすが魔法。レーナの説明に感心する。そんな篤志に、彼女が言った。

「そうそう、言い忘れてたわ。これから魔法の使い方を教えるわけだけど、魔法を使うのは、この不可視結界の中だけにしてね」

「ああ。魔力感知に引っ掛かって、レーナを追ってる連中に見付かっちまうもんな」

「そういうこと。――じゃあ、始めましょうか。最初は簡単なものからね」

「おう。頼む」

 いよいよ魔法を使う瞬間がやってきた。篤志は今度こそ緊張する。

「まずは、念話かしらね」

 レーナが言った。語感からして、声には出さずに頭の中で会話する、超能力者のテレパシーみたいなやつだろう、と当たりを付ける。レーナが説明を続けた。

「魔法の起動に必要な手続きや制御は、昨日も言ったように、ほとんど魔装機がやってくれるわ。わたしたちは命令(コマンド)を口にするだけ。簡単でしょ?」

「簡単すぎて怖いな。うっかり使っちまいそうだ」

「気を付けてね。じゃ、念話魔法を起動してみて。コマンドは魔法オブジェクト名よ」

 と言われても……。篤志は操作端末を開いて、ずらりと並んだ魔法オブジェクトを見る。オブジェクト名が読めない。

「……ていうか、レーナの星の言語の名前なんて、読めないんだけど」

「あ、それもそうね。発音、教えましょうか?」

 そう言われても、たくさんある魔法の名前を全部異星の言語で覚えるのは面倒くさい。どうして、こんなところでまで英単語の暗記みたいな真似をしなくてはならないんだ、と思ったので、尋ねてみた。

「それより、コマンドのほうをこの星の言語に出来ないかな?」

「んー、オブジェクト名を変更しちゃえば可能だと思うけど……」

 レーナは篤志の隣に歩み寄るとモニターを覗き込んで、念話魔法のオブジェクトを示す。それから、彼女の星の言語のキーボードとアルファベットの対応を、一語一語聞いて確認しながら、オブジェクト名を変更した。

「『風の囁き』? ずいぶん詩的な名前を付けるのね」

「……いいだろ、別に」

 少し恥ずかしい。だが、呪文名は格好いいほうがいいに決まっている。少なくとも、彼の感覚ではそうだ。それに、こういう名前にしておけば、外で偶然にコマンドを発声してしまうようなことも防げるだろうという意味合いもあった。

「じゃ、やってみるな? 『風の囁き』」

 さっそく、コマンドを発声してみる。特になにも起こらない。レーナが言った。

「頭の中で、わたしに伝えるってことを意識しながら、伝える内容を言葉にしてみて。あ、口には出さなくていいからね」

 言われた通りにやってみる。

(もしもーし。こんな感じか?)

(そうそう。ちゃんと聞こえるわよ)

 レーナの返事が頭の中に響いた。

(これは常駐魔法ね。一度起動したら、解除するまで続くわ。知ってる相手なら、わたし程度の魔力でも星の裏側にいても話が出来るわよ)

(へぇ、すごいな。……でも、よく考えたら、魔法はこの結界の中でしか使っちゃいけないんだろ? これ、意味なくないか?)

 隣に立っているレーナと無言で会話する。なんだか間抜けだ。

「……言われてみればそうね。じゃ、これはこの辺にしておきましょ。……次は、飛行魔法かしらね」

「おいおい、いきなりハードル高くないか?」

「でも、これは全ての基本よ? 戦闘では三次元的な機動が出来ないと、圧倒的に不利になるから」

 物騒なことを言う。しかし、まぁ、それはそうだろう。制空権という言葉もあるくらいだ。そう考えて、篤志は頷いた。

「じゃあ、頼む。どれだ?」

 また彼女に飛行魔法のオブジェクトを教えてもらい、オブジェクト名を変更する。そして、コマンドを発声。

「『金鵄(きんし)の翼』」

「行きたい方向と速度を意識してみて」

 レーナの指示に従い、上にゆっくり、と意識してみた。すぅっと足が大地から離れる。

「お、お、おぉー! 飛んでる!」

 が、すぐに空中でバランスを崩した。ふわふわ浮かびながら、不格好にじたばたと姿勢を維持しようとする。それを見ていたレーナが、口元に手を当ててくすくすと笑った。なんとか姿勢を保って、前後左右上下と動いてみる。これは楽しい。

(俺は今、この星の人類初の、生身での飛行を体験してる!)

 次第に慣れてきたので、移動スピードを上げてみた。頬に微かな風を感じる。

「あ、あんまり速度を上げると――」

 ゴンッと篤志は、なにもない空間に顔から衝突した。

「――結界の壁にぶつかるわよ」

「……もっと早く言ってくれ……」

 ぶつけて痛む鼻を押さえながら、眼鏡を確認する。幸い、割れても曲がってもいなかった。彼はゆっくりと戻って、レーナの前に着地する。

「これも常駐魔法よ。移動するときは勿論、戦闘中なんかも基本的に使いっぱなし」

 レーナが言った。

「それじゃあ、続けてもう一つ移動系の魔法ね。……これ、高速移動魔法よ」

 モニターを指し示す。また、そのオブジェクト名を変更。

「今度のは、自分の身体で移動方向を制御しないとならないからね? コマンドを発声しながら、飛び上がってみて」

「おう。……『銀の車輪』」

 コマンドを唱えて地面を蹴った瞬間、視界が変わっていた。一瞬で五メートルほども上空に移動している。

「おぉ、すげぇ!」

 超能力者のテレポート、瞬間移動だ。と思ったのだが、そんな彼の思考を見透かしたかのように、レーナが下から注意してくる。

「これは、あくまで高速移動よ? 転移魔法とは違うからね? 進路上に障害物があったら、高速で激突するわよ?」

「げ、そうなのか……」

 危ない危ない、と思いながら、篤志は再びレーナの前に下りた。

「これは、敵の攻撃を緊急回避したり、逆に、一瞬で敵の背後に回ったり、という使い方をするわ。咄嗟のときにでも、どんな方向へも移動出来るようにしておくのが理想ね。これは、効果は一瞬」

「ふーん。……これもいいけど、その転移魔法ってのも使ってみたいな」

 どうやら、それがテレポートらしいと判断して篤志は言うが、レーナは首を振った。

「無理よ。わたし、持ってないもの。だから、当然あなたも持ってないわ」

「えー! なんで持ってないんだよ?」

 違法コピーしてもらっている身で厚かましいとは思うが、つい文句を言ってしまう。

「だって……、怖いじゃない? 転移先の座標指定間違えたら、転移先にあったものに埋まっちゃったりするのよ? 魔力消費だって大きいし」

 怖がっていることを恥ずかしがるように、もじもじしながらそう言うレーナ。

(いしのなかにいる!ってやつか)

「まぁ、気持ちはわからなくもないけど……」

 でも、残念だ。だがそのとき、ピンと閃いた。彼女に尋ねてみる。

「なぁ、魔法は専門店で買うって言ってたよな? ネット通販とか出来ないのか?」

「出来るけど……、こんな中継基地もない辺境の未開惑星からじゃ、本星のグローバルネットには繋がらないわ。無理ね」

「……この星は携帯の電波の届かない秘境の孤島か?」

「けーたい?」

 自動翻訳出来なかったらしい。だが、篤志は彼女の答えに気落ちしていたので、説明する気になれない。

「いや、なんでもない。気にしないでくれ」

「そう? じゃ、まぁ、いいけど」

 レーナは不思議そうな顔のまま頷いた。気を取り直したように、言葉を続ける。

「さて、それじゃいよいよ、次は攻撃魔法――」

「おぉ!」

 魔法といえば、やはり、これだろう。

「――の前に、拘束魔法をやってみましょうか」

「拘束魔法?」

 肩透かしを食らった上に、いま一つ、イメージが湧かなかった。首を傾げる篤志に、レーナは笑って言った。

「こういうやつよ。……『拘束(バインド)』」

 彼女がコマンドを唱えると、篤志の周囲に白い光の輪が三つ現れ、きゅっと締まる。彼は、胸の辺りと腹の辺り、膝の辺りと三箇所を光の輪に縛られ、身動き出来なくなった。身動き出来ないだけでなく、身体が固定されたように、その場から移動も出来ない。

「……なるほど……。って、これ、どうやって外すんだ?」

「拘束の構造式を解析すれば外せるけど、今のあなたには無理ね。なにも教えてないもの」

 そう言うと、レーナは拘束魔法を解除した。光の輪が消えて、自由を取り戻す篤志。またオブジェクトを教えてもらって、その名前を変更する。それを見届けて、彼女が少し離れたところに立った。

「じゃあ、わたしに掛けてみて?」

「いいのか? ……『茨の冠』」

「『加速(アクセル)』」

 篤志がコマンドを唱えると、レーナの周囲に薄暗い色をした輪が三つ現れる。だが、それが締まる寸前、彼女は高速移動魔法を使って輪の中から逃れてしまった。

「ずるいぞ」

 文句を言う彼に、レーナが笑いながら言う。

「ごめんごめん。でも、こういう風に、バレバレな使い方をすると避けられちゃうのよ。基本的には不意打ち用かしら。後は降伏した相手を縛っておくとかね」

「……地味だな」

「確かに地味だけど、手っ取り早く相手を無力化出来るわよ。拘束すれば魔力の働きも阻害出来るから、先に拘束しておいて攻撃すれば、避けられないし防がれないわ」

 言うことはわかるが、どちらにしてもなんだか卑怯な感じだ。篤志がそんな感想を抱いていると、レーナが話を変えてきた。

「ところで、アッシュ。あなたの魔力光って黒いのね。やっぱり珍しい特性持ちだと珍しい色になるのかしら?」

「魔力光?」

「放出した魔力の色よ。今の拘束魔法、わたしみたいな何の変哲もない白じゃなくて、黒っぽかったでしょ? まぁ、これは、ただ単に色が付いてるってだけで、何色だから強い、とか、そういうのじゃないんだけど。……あぁ、でも、あなたの魔力光だったら、夜に使うと見え難いっていう利点があるわね」

 ますます卑怯な感じになった。篤志は少し悩むが、魔力光は生まれ付きのもので、好きな色に変更するなどということは出来ないらしい。

「さ、それじゃ、次はお待ちかねの攻撃魔法よ」

「おう」

 レーナの言葉に頭を切り替える。

「まずは『弾丸』。射撃魔法ね。――アッシュ、それ拾って上に投げてくれる?」

 彼女の指定した通り、足元の空き缶を拾って投げ上げた。

「『弾丸(ブリット)』、二発。発射(ファイア)発射(ファイア)

 レーナのコマンドに従って彼女の前に二発の拳大の白い光弾が現れると、空き缶目掛けて飛んでいく。カコンカコンと二発続けて命中し、空き缶は弾かれて地面に落ちた。篤志がそれを拾ってみると、ベコベコにへこんでいる。

「おぉ、すげぇ!」

「じゃ、やってみて?」

 またオブジェクト名を変更し、レーナに空き缶を渡した。彼女がそれを空中に投げ上げる。

「『凶弾の狩人』、二発。ファイア。ファイア」

 篤志の伸ばした右手の前に二発の影色の光弾が現れて、空き缶目掛けて飛んでいき――、フシュッフシュッと空気の抜けるような音を立てて消えてしまった。

「……あれ? 当たったと思ったのに」

 レーナに聞いてみる。彼女は軽く右手を顔の前に立てて言ってきた。

「ごめんなさい。言い忘れてたわ。攻撃魔法には、チェル・ゼキューストが掛かってるのよ」

「チェル・ゼキューストってなんだ?」

「んー……、安全装置(セイフティ)みたいなものかしら」

「セイフティ?」

「ん。相手を殺傷しないようにね。これが掛かってると攻撃魔法は物理的な破壊力がなくなって、スタンダメージ――痛みと衝撃だけを相手に与えるようになるの。だから、無機物を破壊しようと思ったら、それを外さないとダメなのよ」

「ふーん」

「もし、人間相手に攻撃魔法を撃つようなことがあっても、けっして安全装置(セイフティ)を外さないようにね。殺人犯になりたいなら別だけど」

「……冗談」

 篤志は両手を肩の高さに上げて、首を振る。そこで気付いた。

「あれ? でも、レーナ、骨折してるだろ? え? ってことは――」

「ん。殺すつもりで撃ってきたってことね。『魔人血晶』なんてヤバイ代物を見られたんだもの、口封じしようとしても不思議じゃないわ」

 職業柄、そういう事態には慣れているのか、軽く肩をすくめるだけのレーナ。篤志は、彼女を追っている相手に対する認識を改めた。少し侮っていたかもしれない。

「それじゃ、もう一度。安全装置(セイフティ)外してやってみて?」

 と、レーナは再び空き缶を投げ上げた。視線で狙いを定める。

「『凶弾の狩人』、セイフティ解除、二発。ファイア。ファイア」

 二発の影色の光弾が宙を走った。一発目が空き缶に命中し、ガツッと下半分を抉り取る。しかし、それで空き缶の軌道が変わったのか、二発目の光弾は空き缶を掠めただけだった。

「やるじゃない。初めてで、こんなに狙いが正確なんて」

「でも、二発目外しちまった。ゾンビ撃つほど簡単じゃないな」

 褒めるレーナに軽口を叩く。彼女が小首を傾げて聞いてきた。

「ぞんび?」

「動く死体のことだ」

「死体が動くの? この星では、そんなことが起こるの?」

「あぁ、いや、ゲームの話。……それより、なんかレーナのと比べると威力が段違いだったんだけど?」

 なにかやりすぎたのかと思って尋ねる。レーナが笑みを作って答えた。

「威力は魔力値に比例するからね。あなたのほうが遥かに魔力値高いでしょ?」

「そういうことか……」

 納得する。ということは、もしも人間相手に撃つようなことがあったら、ますます気を付けないといけない。

 レーナは新たな空き缶を拾うと、篤志に手渡した。

「こういう使い方も出来るわよ。……投げて」

 彼女の合図で空き缶を投げる。

「『弾丸(ブリット)』、五発、斉射(バースト)

 レーナのコマンドに従って五発の光弾が出現し、一斉に空き缶の方向へ飛んだ。カカカッとそのうち三発が命中して、空き缶を弾く。

「弾幕を張る、みたいなもんか」

「まぁ、一度にたくさん出せば出すほど、一発当たりの威力は落ちていくから、むやみに多く出せばいいってものじゃないけどね。……わたし程度の魔力じゃ今のくらいが限界だけど、あなたなら同時に十発くらいは出せるんじゃないかしら?」

「おぉ、やってみよう」

 レーナがそう言うので、篤志は何もない方向に右手を伸ばし、コマンドを唱えてみた。

「『凶弾の狩人』、十発」

 右手の先に十発の影色の光弾が現れる。

(おぉ、出た!)

「さらに五発――、()っ」

 新たに五発の光弾が現れると同時に、右手にチクッとした痛みが走った。意識が逸れて制御を失ったのか、光弾が消える。慌ててレーナが駆け寄ってきた。

「ばか! 無茶して『魔人血晶』が再活性化でもしたらどうするの!?」

「……済まん。気を付ける」

 叱責する彼女に、素直に謝る。少し調子に乗り過ぎたようだ。幸い痛みは一瞬で消えた。大丈夫大丈夫、と彼女に右手を振ってみせる。敢えて軽い口調で話題を変えた。

「ところで、スタンダメージってどの程度痛いんだ? スタンっていうくらいだから、昏倒するほどか?」

「わたし程度の『弾丸』じゃ、上手く頭に直撃でもさせないと、昏倒はさせられないわよ?」

「そうか……。ちょっと、俺に撃ってみてくれるか? どの程度痛いのか、身体で知っておきたい」

「え? わたしくらいの魔力でも、結構痛いわよ? 本気?」

「ああ。いいから、ちょっとやってみてくれ」

 そう言って篤志は、レーナから少し距離を取る。彼女が再度確認してきた。

「ホントにいいのね? 後悔しても知らないからね?」

「おう」

「……『弾丸(ブリット)』、一発、発射(ファイア)

 レーナは、仕方ない、という顔でコマンドを唱える。彼女の伸ばした指先から、拳大の白い光弾が一発、彼に向かって飛んできた。篤志は腹に力を込めて、衝撃に備える。その光弾が当たると、それほどのスピードはないはずなのに、腹に百六十キロの剛速球がぶち当たったかのような痛みと衝撃が走った。

「……痛ぇー」

 うずくまる篤志に、だから言ったのに、という顔をしてレーナが駆け寄ってくる。呆れたような声で言った。

「ちょうどいいわ。治療魔法を試してみましょ」

 篤志は痛みを堪えながらオブジェクト名の変更を済ませ、コマンドを唱える。

「『天球の音楽』」

 右手を当てた腹から、すぅっと痛みが消えていった。立ち上がる。

「おぉ、もう全然痛くない。魔法ってすごいな」

 感心したように言う篤志に、やんちゃな子供を見るような目でレーナが笑った。

「それじゃ、次ね。……『刀剣(ブレイド)』、近接攻撃魔法よ」

 彼女がコマンドを唱えると、その右手の中に白色の光の剣が現れる。ビームサーベルというかライトセイバーというか、そんな感じだ。

「威力は『弾丸』より高いから、気を付けて」

 そう言って彼女は左手で空き缶を投げ上げると、右手の光剣を振り上げる。光剣がカツッと空き缶を一刀両断した。続いて、オブジェクト名の変更を済ませた篤志もやってみる。

「『破軍の剣尖』、セイフティ解除」

 右手の中に軽い棒のような感触。見ると、黒い光剣が発生していた。空き缶を投げ上げ、光剣を振り上げる。音もなく空き缶が真っ二つになった。

「これも試してみる?」

 と、レーナが光剣を突き付けてくる。篤志は慌てて首を振った。『弾丸』より威力が高いと言っているのだ。痛みはあれ以上だろう。くすくす笑って、レーナは光剣を消した。

「さて、それじゃ、最後になっちゃったけど防御陣を使ってみましょ。これは常駐魔法で、意識したときにだけ防御用の魔法陣(シールド)が出現するの」

「なんか難しそうだな」

「ん、そうね。自由自在に攻撃を防げるようになるには、慣れが必要よ」

 説明を聞きながら準備をする。

「『黒鉄(くろがね)の城砦』」

「じゃあ、これから『弾丸』を撃つから、それを受け止める盾を想像してみて」

 そう前置いてから、レーナが光弾を発射した。篤志は先ほどの痛みを思い出して、急いで目の前に盾があるイメージを作る。すると、直径一メートルほどの影色の魔法陣が現れ、バシッと光弾を止めた。ほっと息を吐く彼に、レーナが言う。

「そうそう。出来れば、背後からの攻撃でも咄嗟に防げるくらいになっておくのが理想ね。ただし、この防御魔法陣(シールド)は、それほど強固じゃないから過信しないようにね。普通の射撃魔法くらいなら止められるけど、強力な近接攻撃や砲撃なんかは、まず防げないわ」

「砲撃?」

「んー、射撃魔法の超強力なやつ、かしら? あ、これも持ってないわよ? あんな、ばかみたいに魔力を消費する魔法、わたしじゃ、とても使えないもの」

「ふーん」

 篤志は、それはシューティングゲームでいう溜め撃ちみたいなものだろうか、などと考えながら相槌を打った。レーナが伸びをしながら言う。

「とりあえず、今日はこんなとこにしておきましょ。これから不可視結界を解除するけど、その前に常駐魔法も全部解除しておいてね」

「OK」

 彼は答えて、念話、飛行、防御陣の魔法を解除した。それを確認して、レーナも結界を解除する。

「……お腹が空いたわ」

 夕食が早めだったとはいえ、またお腹を空かせている彼女に、篤志は苦笑した。だが、気が付くと、自分も小腹が空いている。

(魔法使いは、やっぱり腹が減るらしいな)

 篤志は右手に包帯を巻き直しながら、そんなことを思った。

「じゃあ、コンビニに寄って帰るか。……中華まん、まだ売ってるかな?」

「こんびに? ちゅうかまん?」

「コンビニっていうのは、二十四時間営業で食品とか雑貨とか、いろんなものを売ってる店」

「ふーん。セイファーニェみたいなお店かしら。で、ちゅうかまんは? 食べ物?」

「ああ。えーと、白い、ふわふわのパンの中に肉とかあんこが入ってるんだよ」

「あんこ?」

「黒くて甘いペースト状のお菓子の材料だ」

「……甘いのとお肉を一緒に入れるの?」

「いや、そうじゃなくて、いろんな種類があって――」

 そんな他愛ない会話をしながら、二人でコンビニに向かった。

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