異常―abnormal―
同じようなことが、いろんな場所でおこったのだろうか…いろんなところから悲鳴、叫び声、泣き声が聞こえてきた。
いきなり全速力で走ったので、息切れがひどい。中庭で休もうとしたとき夏乃ちゃんと結衣ちゃんが走ってきた。
「花音、副会長、無事?」
「何とか…神田さんのおかげで…それより何事なの?」
「わからない…けど…けど…大きな鎌を持ったやつが走ってきて…坂部さんが…坂部さんが…」
かなりみんな動揺していた…校内で何かおかしいことが起こっている…同時にいろんなところで人が殺されている…次第にみんなの顔が青ざめていくのが分かった。みんな黙ってしまった。そんな時スピーカーからキーンという不快な音がした後、だれの声ともいえない声で放送が流れ始めた。
『…初めまして…私が用意したゲームは楽しんでもらえそうですか?たった今校内で7人の方が、天に帰られました。………私は思うのです。この世には出来の悪い人間が多いそう思いませんか?勉強、勉強ってねぇ…そんな人間が本当に賢いと思いますか?本当に賢い人間はいかなる状況でも生き延びることのできる人間だとは思いませんか?私は嫌いなのです。うわべだけの人間は…いつもにこにこして、周りの人間に神経をすり減らして…何が楽しいのか…なのでねこのゲームを通じて排除しようと思うんですよ…そんな人間をね。そして暴き出してやろうと思うんですよ。人間の本性ってやつをね。今から3日間。3日後の10月2日までこのゲームをしようと思います。…ルールは簡単。あなたたちが自由に動けるフィールドは学校の敷地内。ゲームが終わるまで。外には出れません。ゲームオーバーは死神にあなたたちの魂を駆られたとき。そんな感じでルール説明はよろしいでしょうか?まぁせいぜい賢く逃げてくださいね。』
そこで放送は終わった。一瞬にして頭の中が真っ白になった。殺される?死ぬの?みんな死んじゃうの?外に出れない?死なない方法はないの?いろんなことが頭の中をまわる…回る…廻る…
再びおとずれた沈黙。その後結衣ちゃんが口を開いた。
「ねぇ…もしかしたらさ、外に出れるんじゃない?今の放送が集団催眠?…暗示?…とかそういうのなんじゃない?ここにいたら危ないし何かしないと…」
「そうだね。ここにずっといても“あいつ”に殺してくださいって言ってるようなものだもんね。」
現実そんな甘いもんじゃなかった。学校の敷地と外との境界には結界みたいなものが張られていた。どんなにたたいたりしてみてもびくともしなかった…。
「…本当に出れないんだね…。」
みんな顔から血の気が引いていくのが分かった。その場に立ち尽くした。ただ、ただ、時間が過ぎてゆく…。
「ねぇ…電話…電話は?電話はつながるんじゃない?1回職員室との外線と公衆電話試してみない?」
瀬川さんが提案し、1度校舎に戻ることにした。とりあえずは職員室と食堂のある本館に向かった。その途中、数人の無残に斬られた死体があったがそれはできる限り見ないようにした。本館に入ると少し血の匂いがした。とても不快なものだった。職員室の中にも2人の先生の死体があった。直接かかわりのある先生の死体ではなかったが、見るとつらいものがこみあげてくる。
中には2台の外線用の電話機があった。ただひたすら番号を押した。警察、救急、家、家族、友人…しかしどの番号に電話しても3回コールが鳴った後無音状態になる。
「花音、機械に詳しかったよね?」
私は頼まれて電話線などいろいろ確認してみた。しかしおかしいところは全くなかった。公衆電話も異常はないのに、3回コールが鳴り無音状態に…ためしに貴重品袋から携帯を取り出し、電話番号を押してみる…しかし、電話は通じなかった。
「やっぱり外には出られないのかな…」
そういう私に、瀬川さんが、
「夜になったら外の人も気づくよ。だって、子供が帰ってこなかったら心配するでしょ。それまで、これ以上犠牲者を増やさないようにしよう…。」
そういってなぐさめてくれた。けど、そういう瀬川さんも声が震えていた。みんな不安なんだ…。
「もう人が死ぬのは見たくない…」
この先の見えない“ゲーム”。はたして帰れるのか?私たちにできることはこれ以上犠牲者を増やさないようにすることくらいしかなかった。
「これからどうする…」
私たちは職員室で座り込んだ。涙が出そうだった。そんな時不気味な足音が廊下から聞こえてきた…ついに“あいつ”がやってきた。このままでは殺されてしまう…
「花音、50メートル何秒くらい?今走れる?」
「えぇ…っと7.8…位…たぶん大丈夫。」
「ならいける。結衣と瀬川さんはそこの窓から逃げて。図書室で落ち合おう。」
「でも、それじゃあ夏乃と花音ちゃんは?」
「大丈夫。走って撒いてから行くから。いいな、絶対ふりかえるなよ。行くぞ花音。」
瀬川さんと結衣ちゃんが窓から脱出したのを確認して“あいつ”がはいってきたのとは反対のドアから走った。後ろから追いかけてくる音が聞こえたが、振り返らない。振り返ったら私の命は持って行ってしまわれるんじゃないかと思った。怖い怖い怖い…。ひたすら走った。よこの夏乃ちゃんも今まで見たことないくらい必死だった。しばらく走って、高校棟についた。
「もう大丈夫かな…。」
後ろを振り向くと“あいつ”はいなかった。
「花音、大丈夫?」
「平気。少し疲れたけどね…」
「花音って思ってるより足早いんだね。体育祭の時も見たけど…」
一気に緊張が解けたのか、急に力が抜けた。少し隠れることができる場所で少し休憩してから図書室に向かうことにした。
そろそろ移動しようとしたとき、聞きなれた声が聞こえた。
「神田さん、福田さん。ちょっといい?」
そういって現れたのは桑村さんだった。夏乃ちゃんが嫌悪感を示したのが分かった。
桑村さんの成績は学年でもかなり上位のほうだ。けれど、はっきり言って嫌いな部類に入る。成績は良くても人間性はかなりひねくれている。先生のご機嫌を取るためならば、手段は問わない。友達を売ることだって簡単にしてしまう。いやな思いは何度もさせられた。苦い思い出ばかりが頭の中をめぐる。
「…提案があるんだけど。一緒に逃げない?」
正直嫌な予感がする。おそらく桑村さんは、私たちをおとりにして逃げるつもりなんだろう。容易に予想がつく。
「…えっと…」
「断る。」
夏乃ちゃんが静かに言った。
「僕ら、人を置いて逃げてきたから戻るから。そして君と手を組む気はないよ。」
そういって桑村さんに背を向けて歩き始めた。
「なんかごめんね…。」
「何が?別に僕は、あいつが嫌いだからそういっただけ。どうせあの感じだと、私たちを囮にして逃げるつもりでしょ。さ、急ごう。結衣と副会長が待ってる。」
出来る限り急いで図書室へ向かう。途中に耳に入ってくる鳴き声や悲鳴はできる限り聞かないようにした。聞くと自分が死んでしまうのではないかと思った。
図書室も血の匂いがした。普段の大好きな本の紙の匂いは血の匂いですべてかき消されていた。もうどこもこんな感じなんだろうか…。
「とっさに図書室って言っちゃったけど大丈夫かな。」
「たぶん大丈夫だよ。僕たちが逃げれたように、結衣たちも逃げれてる。僕たちを信頼して逃げてくれたんだから、僕たちも信頼して迎えに行こう。」