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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

三題話

作者: nino

ちょっとだけグロ注意です。ちょっとだけね


 《最悪の欠片、あります》


 出張で訪れたN県の田舎町。

 そんな文句の書かれた看板を見て、俺は足を止めた。看板の先には田舎特有の無駄に広い駐車場があって、その先に随分と古ぼけた一軒の店が見えた。このあたりは一応、温泉やら何やらで潤っているらしいので、この店も湯治客目当てでやっている土産物屋か何かなのだろう。

 “最悪の欠片”とはなかなか物騒な響きだが、こうやって何の気なしに歩いていた俺を立ち止まらせたくらいだから宣伝としてはそんなに悪くはないのだろう。やはり何事もインパクトが大事だ。


 折角なので、彼女に何か土産でも買っていこうと思う。先日贈ったイヤリングはイマイチ受けが良くなかった。おそらくは保守的であまり面白みのないデザインのものを選んでしまったのが原因だろうと思う。けして否定するつもりはない(惚れた弱みというヤツだ)が、彼女の美的センスは常人と多少異なっている。いつ訪れても彼女の部屋は趣味の悪いぬいぐるみや、チープなゴム人形で溢れかえっていた。俺はそのコレクションを正直不気味だと思っているが、彼女は可愛いと言う。まあ、好きなものは好きなんだろうし、しょうがない。

 願わくば、彼女の琴線に触れるような“変な物”があればいいと思い、俺はその店の扉を開けた。カランカランと音がして、扉の上に、まるで喫茶店にあるようなベルが付いていることに気付いた。


 薄暗い店内は埃っぽく、かすかにカビの臭いがした。

 土産物屋というよりは寧ろ、骨董品店といった方が適当かもしれない。店内の壁は四方とも木製の巨大な棚で埋められていた。かろうじて入り口の扉と、その向かい側にあるもう一つの扉だけが棚の侵食を免れていた。

「……何かお探しでしょうか」

 ベルの音を聞きつけてか、奥の扉から一人の老人が出てきた。彼は俺に向かって恭しくお辞儀をすると、そんな風に聞いてきた。

「あー、ええっと……表の看板に書いてあった“最悪の欠片”っていうのは……」

 俺が尋ねると、老人は皺だらけの顔に笑みを浮かべた。

「ええ、ございますよ。こちらへ」

 老人に促され、俺は店内の隅へと向かった。カビ臭さが一層強くなる。

「こちらなど如何でしょう」

 老人は棚から金属製の欠片を取り出してきて、俺に見えるよう掲げた。縦がおよそ三センチくらいで、横幅は一センチもない。しばらく眺めていると薄暗い店内に目がなれてきたのか、次第にそれの輪郭がハッキリしてきた。ただの長方形かと思っていたそれは案外輪郭がギザギザしていて、随分と特徴的な形だ。この形はどこかで見覚えがある。そして、一端だけ他とは明らかに違う質感が伺える。ちょうど、その部分で金属がへし折られたような……と、ここでわかった。

「鍵の先っぽか」

「ご名答、でございます。こちらは入り口の扉の鍵だったのですが、以前壊してしまいまして」

 老人は微笑む。

 なるほど、おもしろい。

 壊れてしまった鍵の欠片なら、なるほど確かに、役に立たないという意味では最悪かもしれない。というか今、あそこの扉はどうやって戸締りしているのだろう。地味に心配だ。


「他にもあるのか?」

 俺は再び尋ねる。まあ面白かったが、流石に土産物屋の鍵の欠片を買って帰ったところで彼女は喜ばないだろう。他のものがいい。

「……それでしたら、こちらなど」

 次に老人が取り出してきたのは『暁』と書かれた一枚の紙切れだった。端に破いた形跡があるので、これもある意味欠片といえるのかもしれない。しかし、暁で最悪……どういう意味だろうか。わからない。

「うん……?」

 いや、よく見るとなんだかこの字、おかしいぞ。暁に見えなくもないが、よく見ると“尭”の部分が十と悪を縦に重ねたようなものになっている。十の書き方も荒くて、又に見えなくもない。これをまさか字が汚いだけ、とはいわないだろう。つまり、

「日と又と悪で『最悪』の一部――欠片か。……ちょっと苦しいだろ」

 俺が答えると、老人は苦笑つつ「ご名答」と答えた。

「そうでございますね、精進いたします。……ところでお客様、最悪から日と又と悪を引いて……残りは何になるでしょう?」

「ん? えー……っと、耳か?」

「ご名答、でございます。それでは三問正解の賞品として、つまらないものではございますが、こちらを」

 老人は恭しい手付きで棚の奥から小さな小箱を取り出してきた。なんとなく高級そうな箱だが、本当にただで貰ってもいいものだろうか。

「……どうも。で、中身は何?」

 俺が訊くと、老人はあくまでも穏やかな笑みを崩さないままで言った。


「答えていただいた通りのものでございます」


 へ?

 いや、まあね。そんなわけない。なかなか楽しい時間を過ごせたわけだし、これも老人なりのジョークということだろう。俺は小箱を開けた。


 小箱の中には真っ白い綿が敷き詰められていた。

 そして柔らかそうな綿の中心、そこには確かに老人が言った通りのものが入っていた。


 人間の耳。


 いやいやまさかありえないしどうせよく出来た作り物なんでしょう、と笑おうとするも、俺の喉からは息の抜ける乾いた音しか出てこなかった。作り物なんかでは到底ありえないような圧倒的リアル。断面は切り取って時間が経っているのか黒ずんできているが、他は吐き気がするくらいにヒトらしい色を保っている。


「こ、これは……一体……」

 誰の耳だ? とは、怖くて訊けなかった。しかし老人は俺の質問の真意を汲み取ったらしく、顔をくしゃくしゃに歪めて笑みの形にすると、愉快そうに答えた。


「それはお客様が一番良くご存知のはずですよ」

 老人は哂う。薄暗い店内に溶けてしまいそうな老人の姿を見ていると、不意に鼻に違和感を覚えた。カビの臭いにばかり気をとられていたが、どこからか鉄錆じみた血の臭いが流れてきている。どこからか、なんてことは一目瞭然。老人が出てきて以来、ずっと半開きのままになっている、奥の扉の先からだ。

 おそらく、この耳の持ち主が、向こうで……。

「ときにお客様、そのイヤリングはなかなか良いご趣味でいらっしゃいますね」

 唐突に老人が声を掛けてきた。何のことだ、俺はイヤリングなんて……っ!!


「そ、そんなわけない!!」


 思わず俺は大声で叫んでしまっていた。

 

 でも、そんなことはありえないんだ。これは嘘だ。悪い夢だ。

 小箱の中の耳。

 その耳がつけている小さな白いイヤリングに俺は見覚えがあった。彼女にはイマイチ受けの良くなかった、保守的で面白みのないデザインをしたイヤリング。

 彼女はなんだかんだ文句を言いつつも、きっちりそれを耳に付けてくれていた。

 それがどうして、ここに。

 嫌だ。考えたくない。考えさせるな!


 老人が皺だらけの顔をくしゃくしゃに歪めて笑い、恭しく俺に頭を下げた。





       “最悪の欠片”はお気に召しましたでしょうか?


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