第一章『優しき獣』(7)
張り裂ける音と、直後に宙を舞うモノ。
「「遼平、おめでとう〜!!」」
「……はあぁぁ!?」
時雨の花屋に戻った途端のこの光景に、俺は固まらざるをえなかった。
朝までは至って平凡だった床の間が、幼稚園のお遊戯会のような飾り付けをされていたからだ。しかも迎え入れた時雨と、一緒に入ってきた翼が同時にクラッカー鳴らしやがった。
「驚いたっ? 遼平、驚いた!?」
「遼平、何か顔色が悪いようですが……どうかしましたか?」
左右から顔を覗き込んでくる男女に、俺は口を金魚みたいにパクパクさせるだけ。『言葉を失う』っつーのは、まさに今のことだ。
事態把握のために、俺は深呼吸をして。
「落ち着け、落ち着け、冷静になれ。落ち着けば、きっと何かが聞こえるはずだ、うん、きっと今なら神の声っぽいモノが……」
「つ、翼、どうしましょう、遼平が独りで囁いてます……!」
「やっぱり時間稼ぎで無茶なお使い頼んだから怒らせちゃったのかなっ? なんかオーラが黒いよ遼平っ!」
「……ええぇーいっ、やかましいぞバカ! 何だコレは!?」
飾られた空間を指差し、俺は翼に詰め寄った。それを聞いて、翼はきょとんとして。
「何って、遼平の歓迎会」
「何の歓迎会だ!?」
「遼平がスカイに入った、お祝い」
「なんでこんな真似を!?」
「いや、スカイに入った人には全員やってるし」
荒廃した闇の世界、非合法が行き交うこの裏社会で、歓迎会だぁ!?
ど、どこまで平和ボケしてんだこのグループ……!
「あ、忘れていました、遼平、リーダーから伝言があるのです」
「リーダー? スカイの?」
まだスカイのリーダーを見たことがない。メンバーの話だと相当多忙な人物らしいが……。
にっこりと頷いて、時雨はその驚くべき伝言を告げる。
「蒼波遼平、今日からあなたに、スカイ幹部の一員になってほしいそうです」
「な……っ、なんだよソレ! 俺、そいつに会ったこともねーんだぞ!?」
「リーダーは、ちゃんと遼平の動きを観ていたのですよ。今日一日の姿勢から、あなたを幹部に任命したいと」
スカイのリーダー……意外とヒマ人? ドコが多忙??
「良かったね遼平! 俺達と一緒だ!!」
「よ、良かねぇよっ、俺に何させようってんだ!?」
どこまでも嬉しそうに抱きついてくる翼を殴るのも忘れて、俺は叫んでいた。これは何かの陰謀に違いない。
「遼平の、好きなように生きればよいのです。私達と一緒に、生きてくれれば」
それだけが《スカイである》条件なのだと、時雨は言った。そして《幹部である》条件は。
「俺達はスカイのみんなを……《家族》を護る役目なんだ。遼平はそれだけの力を持ってるって、リーダーが認めてくれたんだよ!」
《家族》を……護る……。
今まで何一つ護れなかった俺が、何もかもを破壊していた俺が、そんなこと……。
「暗い顔は無しだよ遼平! よっし、そうと決まったらスカイ全員でお祝いだぁ!」
「ま、待てよっ、俺はまだ……!」
「リーダーの命令は絶対だもんね〜。時雨、みんなを集めようっ」
「そうですね」
俺を両脇から組むカタチで、翼と時雨は楽しそうにスカイ中央地に向かう。事の唐突さについていけない俺を引きずりながら……。
「そうだ遼平、鈴ちゃんと拓君ね、今日はお母さんの誕生日なんだ。何かしてあげたかったんだって。あの子達はお父さんが亡くなってるから……遼平に、すっごく感謝してたよ」
「お前、まさかメンバー全員のこと知ってるのか?」
「もっちろん。《家族》の名前や誕生日はしっかり覚えてるよ」
嘘だろ……全員で百人近いんだぞ? その凄まじい記憶力を、識字能力に使えよ。
「さぁ遼平っ、みんなに挨拶だよ!」
時雨がメンバーを集めてきたせいで、俺は一気に人間達に囲まれる羽目に。その中に、手を振っている鈴と拓を見つけた。
「「ようこそスカイへ、新しい《家族》」」
翼と時雨の、笑みの声が重なる。時雨から渡される、青いリストバンド。
俺に《優しさ》を教えてくれる《家族》が、出来た瞬間。
面倒臭ぇが……護ってやるよ、何があっても、コイツらだけは。
第一章『優しき獣』終演
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