第一章『優しき獣』(6)
「うぅっ、ヒドイよ遼平……アレにはちゃんと意味があったのに……」
涙声で呟く男に、再び情けなさを覚える。なんだかなぁ……俺、こんなヤツに諭されたのかよ……。
「何が意味だ。あんなワケわからん暗号みたいな文字、意味以前に誰が読めるかっ」
「……え?」
「な、なんだよ」
俺の言葉を聞いて、しゃがみこんでいた翼は顔を上げる。何度も瞬きして、俺をじーっと直視してきやがった。
「……遼平が怒ってたのって、俺の文字のせい?」
「それ以外に何があるんだよっ」
「え、じゃ、じゃあ、全然お使いしてないの!?」
「あ……当たり前だろっ、こんな読めねぇメモ渡されたって……!」
翼の眼前に暗号と化したメモを押しつけて、言う。それを受け取った翼は、呆気にとられた顔をして。
「読めない……? ちゃんと書いたじゃん、『すいか、かぼちゃ、りんご、くじら』って」
どう読んだって『す11や、やば5ゃ、’1ん二゛、くしち』がそれになるとは思えないが、どうやら翼が言った《意味》とは違う論点らしい。
いや、待てよ……。
「オイッ! それって全部売ってる季節が違うじゃねーか! こんなモン、揃わねぇだろ!」
「えっ、えっ、遼平は最初っからそれで怒ってたんじゃないの!? 俺達がわざと揃えにくいお使い頼んだから……」
わざと揃えにくいお使いを頼んだだと……? いや、それ以前の問題に引っかかっていた俺が言うのも何だが、なんでそんなこと……。
「俺が……邪魔だったのか」
俺がスカイにいると不都合なコトがあったのだろう。簡単に言えば、邪魔だったんだ、俺は。
やっぱり、結局、《俺》という存在自体は、何かと邪魔で……。
「違うよ! 誤解しないで、あのねっ、」
「ハッキリ言えよ! 俺なんか気にしなくたって、お前らは平和にやっていけんだから! お前らの邪魔になんか……なりたくねぇんだから……」
「遼平……」
なんでだろう、俺は他人の迷惑なんかかえりみない性格だったはずなのに、なんでこんなこと言ってんだろう。なんでコイツに対しては言葉が出ていくんだろう。
『『リョーヘイ、ただいま〜』』
「カスト、ポルック?」
羽ばたき方から、二匹が疲れてるのがわかる。そりゃ、昼間っから遊んだ挙げ句に人間を誘導させちまったからな……。
両手を掲げて、二匹を腕の上で休ませる。
『悪かった、疲れたろ?』
『でも、リョーヘイ無事、良かった!』
『リョウヘーは、疲れてない?』
酷使させちまった俺の心配をしてくる、幼い蝙蝠。細めた瞳で、『あぁ、平気だ。ありがとな』と小さく返事をして。
「……家族、みたいだね」
壁にもたれて座り込んでいた翼が、ふとそんなことを言う。
「な、なんだよいきなり」
「いや、遼平の眼がすごく優しかったから。大切な家族なのかな、って」
「家族なんか……いらねぇよ」
カゾクという音に一瞬で、捨てたはずの記憶が蘇る。また激しい憎悪の感情が湧いてきそうで、自分でそれが怖かった。
「一度でいいから……俺は本当の家族に会いたいな」
「翼?」
「俺ってさ、物心ついた頃から裏路地に独りだったんだ。たぶん、捨てられたんだと思う。明日死んでるかわからない社会で、ひたすらに生きることを望んでた。今じゃ、スカイのメンバーは全員家族だけどね」
「お、れは……お袋に…………」
「いいよ、無理しないで。裏社会に……スカイにいる人は、みんなワケありだもん。でもみんな、明日を生きようとしてる。だからさ、」
言葉を句切って、座った体勢のまま俺と視線を合わせた。
「たとえ誰だとしても、命は大切にして。人間は弱いかもしれない、けど、命を大切にする人には、《人間の》強さが宿るから」
それが、お前にあって俺には無かった強さなのか? 俺も手に出来るのか?
まるで俺の心の疑問が読めたように、翼は笑顔で頷いて。
「大丈夫、遼平もきっとわかるよ。《優しさ》の力、きっと出来る」
「さてっと」なんて言いながら立ち上がった翼は、夕暮れで赤くなった空を見上げて何かに頷く。
「遼平、時雨の花屋に戻ろ! もう大丈夫だと思うから」
「は? だから、俺が邪魔ならもうスカイには――」
「誰も遼平が邪魔なんて言ってないよ! 一生のお願いだから、来てよ、ねっ?」
「……ま〜たお前の『一生のお願い』、かよ。もー少し考えろよな、翼。お前の一生何回あるんだ?」
呑気で満面な笑顔に脱力させられて、俺は仕方なく連行される。
なんで、俺はコイツといるとペースを崩されるんだろう。
闇ある所に光が輝き、光によって闇が増す。
共鳴し、依存しあう二つのカケラ。
……俺がそのことに気付くのは、もう少し先の話だった。