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第一章『優しき獣』(2)

「くっそ〜、西のツメって何だよ……」


 暗い路地裏、廃棄されて積まれたタイヤの上に座って、俺は必死に考えていた。

 『西瓜』、ニシ……ツメ? これって食い物か? いや、武器? 何かの秘薬!?

 おいおい、なんかファンタジーな方向にいってるぞ。よく考えろ俺、ココは東京裏社会渋谷、そして俺みたいな十三の人間に頼める品だぞ?

 翼のメモは論外だ。微塵も参考にならない……どころか、余計混乱させる。


「他のもよくわからねーモノばっかだし……。『南ツメ』と『木木に、よく読めねぇヤツ』と『魚の京』だと? 謎解きか!?」


 なんとなく、この『西瓜』ってのと『南瓜』は似たモノだと思う。だが『木木檎』と『魚京』って……?

 何なんだよ、ツメと木と魚って……なんの共通点もねぇじゃん。金が渡されたってことは、コレって店で売ってるモノなんだよなぁ?



「だああぁぁーっ!! わからね―――!!!」



 そもそも、なんで俺はまだ所属してもいないグループの為に動かなきゃならねぇんだ? そうだ、無理矢理スカイの居住地で生活させられているが、俺は好きで暮らしてるわけじゃない。スカイのメンバーも、俺を胡散臭そうな視線で見てやがるし。

 じゃあなんでだ……?

 ……アレだ、あの翼って男のせいだ。俺は人間が嫌いなのに、あいつと居るとなんかペースを崩される。あの空気が……なんか合わねぇ。


『リョーヘイ、困ってるの?』

『あー、いろんな意味で、な。なぁカスト、ポルック、お前らも翼を知ってるな?』

『うん、ツバサって名前なのはリョウヘーから聞いたんだけどね。ツバサは、随分と前からこの路地で生活してたらしいよ』

『僕達のお父さんやお母さんが言ってた。ツバサは、安全なニンゲンだって』

『そりゃ、あんな情けないヤツじゃあ蝙蝠に害は成さないだろーな』

『『違うよ、リョーヘイ』』


 二匹の声が重なる。それぞれ両肩に留まっているので、サラウンドで聞こえた。


『ツバサは、動物を傷つけないんだ』

『ツバサは、ニンゲンを傷つけたくないんだ』


『『《護る力》を持った、ニンゲンなんだ』』


 《護る力》、ねぇ……。

 そうなら、俺とは正反対の人間だ。《壊す力》を持つ俺とは。




 俺は、何も護れない。


 俺は、何も護らない。


 俺は、……誰からも護られない。



「……それなら尚更、俺がココに居るのは良くねぇな」






 このまま金を持ち逃げして違う街へ行こうか、なんて考えてた、そんな時だった。

 『音楽』、と言うにはあまりに陳腐なただの音の連続が、聞こえてきたんだ。

 無視しようとしたが、あまりに下手な音でムカついてきた。

 その音は、俺が居た場所より更に暗い奥の路地から。


「鐘一つ……どころか、鐘を鳴らすレベルでもねぇな」


 そいつらは、角を曲がったすぐの所に座り込んでいた。木の横笛を必死に吹こうとしている女の子供と、よく見りゃさっきの緑シャツのガキ。

「あ……」

 ガキが、俺を恐怖の目で見上げて笛を止めた女子の後ろに隠れた。女子の方は、不思議そうにガキと俺を交互に見て。

「どうしたの、拓。あなたも、誰? どうしたの?」

「別にどうってことはねぇよ。ただ、下手クソな音が聞こえたからやめろって言いに来たんだ」

「なっ、鈴姉ちゃんの笛は下手じゃないもん! お父さんからもらった笛なんだもん!」

 背を向けて立ち去ろうとしたのに、不覚にもその言葉に止まっちまう。その時の感情が何だったのか、俺の頭では理解できなかった。

「……笛、貸してみ?」

「え、えぇ」

 手渡されたのは軽い木製の横笛。何度か削った跡を見ると……その父親の手製か。

 笛自体に問題は見られねぇから、問題は吹き方、だな。

 俺が何度か試して吹いているのを、二人は驚いた顔で見てくる。なんか吹きづらいから、「なんだよ」と訊くと。

「え、と、コウモリがずっと肩に……お友達なのかな、って」

「は? こいつらは、その……知り合い、ってとこだ。こっちがカスト。で、こっちがポルック」

 今の俺の声はわからないはずなのに、カストとポルックは指差されて嬉しそうに二人のもとへ飛んでいく。人間への警戒心が無さすぎだと思うが、まぁ大丈夫だろう。

「私は、鈴。そして弟の拓。あなたは?」

「……遼平」

「鈴姉ちゃん、この子僕の肩に留まるんだ!」

 姉の鈴が、「よかったね」と拓の頭を撫でる。鈴の歳は俺と同じ十三だと、教えてくれた。


 姉弟、か……思い出せば傷つくだけの、そんな記憶が蘇っちまう。もう捨てるんだ、あんな過去は。


「遼平も、スカイなの?」

「違ぇよ。ただ、翼に用事を頼まれてな」

「翼兄ちゃん!? スゴイや、お兄ちゃんは翼兄ちゃんの用事なんだ〜」

「そんなにスゴイのか、翼は?」

 俺の問いに、鈴は何かを思い出そうとしている。そして、少しの間を開けて。

「確か……めーふの門番、《けるべろす》とか呼ばれてた気がするの」

 あいつ、どっかの門番なのか? けるべ……?? 変な名前つけられてるんだな。




 そんな会話をしているうちに、俺はこの笛の吹き方を調べ終わった。

 二人がせがむので、試し吹き代わりに何か演奏させられることになったが。



 俺が知ってる簡単な曲といったら……《祖愛歌》ぐらいだ。



 其の旋律、一族に伝わりし揺籃歌。


 けれど俺は知らない、この曲の本当の旋律を。


 歌われたことなど、無いのだから。



 頂点に昇る太陽が、こんな暗闇にも光を注ぐ。穏やかな風が、三人の髪を揺らして去っていく。

 ただただ、ゆっくりとした時間が旋律と共に流れていた。

 鈴と拓は幸せそうな笑顔で聴いているが、演奏している俺は何故か暗い表情をしていたと思う。


 ……俺じゃ、ダメなんだ。


 不自然な部分で曲を止めたので、二人は俺を不思議そうに見つめてきた。笛を、鈴に返す。

「どうしたの? なんでやめちゃうの?」

「もう充分試しただろ。あとはお前が吹け」

「でも、私どう吹いたらいいのか……」

「とりあえずしっかりとした音を出すポイントは二つだ。息を吐く穴へは、真上から吹かないこと。斜めの角度から吹け。息は、《多く》出すんじゃない、《速く》出すんだ」

 最後のポイントは……言うまでもないだろう。



 音楽は、歌う者が誰か……何を想って歌うかが、一番なんだ。これは俺じゃダメなんだ。



 姉が演奏する音楽なら、どんな音であろうと弟にとってどんな歌より最高のモノになる。……そう思うだけで、本当はどうなのかはわからないが。

 《祖愛歌》は、蒼波の親が子供へ歌う曲。けれど俺は……歌われたことなど、一度も無い。


 ……当然だ、俺は《望まれない存在》なのだから。


「ありがとう、遼平!」

「……あぁ。親父からもらった笛、大事にしろよな」

 こんなトコにいるぐらいだから何か事情があるに違いないが、きっとこいつらは父親に愛されていたんだ。家族に……愛されてんだ。



 なぁ……『愛される』って、どんな感覚なんだ? 『愛』ってどういう意味なんだ?

 俺には『愛』は望めない。けど、知りたい。でも、訊けない。



「お前らスカイなんだろ? こんな所に居ねぇで、もっと安全な場所で――――」

 スカイのメンバーである証、二人の手首の青いリストバンドを見て、俺は路地の入り口を指す。どんな事情があるにせよ、ココはあまり安全そうではない。

 だが俺の言葉は悪い予感的中で遮られることになる。カストとポルックも反応した。

『リョーヘイ! ヤな感じ……!!』

『わかってる。左、だな……』

 姉弟を俺が曲がってきた右角へ押しやって、俺は左の路地を睨む。




「スカイのガキ、見ーっけ」


 下卑た声色とその表情。俺が舌打ちするのは、状況がマズいからじゃない。目の前に立つヤツらが、心底気に入らねぇからだ。

「なんだよ、てめぇら」

「怪しい人間じゃないぜ、『スカイ』と和平条約を結んでるグループの人間だ」

「……で、その怪しくない人間が、何の用だよ?」

 細い路地の先にうごめく影へ、声を投げかける。『怪しくない』だと? ふざけんな、隠し持ったナイフの音が丸聞こえなんだよバーカ。

 明らかに成人である男達は、気持ち悪ぃ猫なで声で語りかけてきやがる。

「実はさ、ちょーっと俺達についてきてほしいんだけど」

「なんで?」

 顔を覗かせた拓が、いたって不思議そうに首を捻る。そう言ってる間にも、男達は距離を狭めてきて。


「それはぁ…………人質になるからだよぉ!!」

「ちっ」


 案の定、ってやつだ。手を伸ばしてきた男の上半身を潜り、鳩尾に俺の左拳を埋め込む!

「鈴、拓、逃げろっっ!」

「でもっ!」

「うっせえ! カストとポルックについて行け!」

 俺の一撃で昏倒した男の身体を奥にいたヤツらへ投げ飛ばして、一刹那だけ振り返る。

『カスト、ポルック! そいつらを安全な場所まで誘導してくれっ』

『『わかったよっ、リョーヘイ!』』

 二匹の小さな蝙蝠が、二人の服を引っ張って角を曲がって走らせる。


 これでいい。後は、


「ガキ一人で俺達相手にするつもりかよ! 頭の回らねえガキは扱いやすいなぁ!」


「はっ、残念だったな、俺はスカイのメンバーじゃねえよ。俺を捕まえたところで人質にはできねぇが――――」



 俺が青いリストバンドをしていないのに気付いた野郎共が、「殺せ」だの「死ね」だのうるさい。





「てめぇらごときに、この俺様は億に一も無く捕まえられねぇよ。かかってくれば? ザコども」



 俺の宣戦布告は、相手の血を頭に上らせるのに充分だった。


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