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追記『LOVE COUNTER』(3)

     ◆ ◆ ◆



 遠く川の対岸の夜景が望める、全く人気のない静かな公園。頼りないぼんやりとした電灯の下で、川を見下ろせる柵に寄りかかって夕闇を眺め続ける男がいた。

 ふと軽い足音が速まってくるのが聞こえ、真はゆっくりと振り向く。


「ご、ごめんなさい、遅れちゃったっ? まだ時間……」

「あァ、まだ待ち合わせの時間やないよー、友里依はんは遅れてないって。気にせんで、女性を待たせるんはマナー違反やから」


 暦の上では春と言っても、陽が暮れるとまだ肌寒い。そんな中でも肌の露出が多めな服で身体が細い、二十歳に達していなさそうな女性が電灯に照らされる。

 明るいブラウンの髪はお下げにしてあり、顔にはまだ幼さが残るのに、彼女のスタイルも雰囲気も大人らしい。

 一方で昼間までの動揺ぶりはドコへ行ったのか、真が浮かべる表情は穏やかな微笑だ。


 今更ながらはにかんで「こんばんは」などと挨拶し合っている若い男女は、遥か向こうの対岸で光っている複数の点などに気付きはしない。


     ◇


「真はああいった女を好くのか? 纏う布地が少ないな……」

「違うわよ、あれはそういうファッションなのっ。……それにしてもちょっとちょっと〜、かなりカワイイ美人じゃないのよ〜、真じゃあ高嶺の花だって〜」

「確かに、あんな今時の若い女とは会話すら噛み合わねーだろうなぁ。ただでさえ精神老け気味のくせに」


「……ねぇ、やっぱりダメだよこんなの。っていうか、みんなは何がしたいの?」



 夜の河原にブルーシートを敷いて座り込み、双眼鏡で対岸の公園を見つめ続けている怪しい若者一団。当然の如くで希紗が暗視双眼鏡と盗聴スピーカーを容易に取り出す辺りは、なるべく触れないように男達は努力している。


 一応は双眼鏡を渡されたものの、罪悪感から純也は腕を下ろす。真と別れて事務所に戻った途端、鳩尾を一発殴られて気絶させられ、意識が戻った時にはブルーシートの上だった。いわゆる『道連れ』らしいのだが……正直、気絶させられた意味がわからない。たぶん、そこに深い意味は無いのだろう。中野区支部だから。



「もちろん未来の部長夫人が気になるものね〜、そりゃ見てみたいわよ。私なんか恋愛成功率ゼロだからお手本にねぇ〜っ」

「この俺に『細胞小器官からやり直せ』などとほざいたのだ、軽くこめかみを撃ち抜いてくれるわ」

「真が見事にフラれる場面が見てぇじゃねーか、一生モンの笑い種にしてやるぜ。けけけけっ、ついでに整形も勧めてやる……!」


 カメラを構える希紗と、スナイパーライフルを組み立て終わった澪斗と、美容外科病院のパンフレットを用意済みな遼平を見て、幼い純也でさえ『惨めだなぁ』と思う。特に同居人の言動が悲しすぎて。


「もしかして……みんな、ずっとそのコトを気にして今まで立ち直れなかったの?」


 少年の率直一直線な問いが襲いかかり、大人達の心から『グサアァァッ!』なる図星激突音が聞こえた気がした。夕闇以上に暗くなる場、沈黙で一気に下がった体感気温に、加害意識の無い純也は「何事!?」と狼狽える。

 どんなに幼くても、この場の空気が悪いことは悟れたのだろう。自ら話題を切り替えようと少年は焦った。


「え、えっと、ほらっ、『人を呪わば穴二つ』って言うじゃんっ? 悪いことをすると、全ては自分に返ってきちゃうんだよ? だから、こんな盗み見るような真似はやめてさ、」

「大丈夫よ純くん、私はストーキングされたって見られて困ることなんか無いんだから!」

「……それはそれで、女としてどうなのだろうな」

「ンな何の恥じらいもねぇ生活してっから、『恋愛成功率ゼロ』とか思われんだよ」


 堂々と胸を張って宣言した女に対し、男達はそれぞれの方向に顔を向けて呟く。

 当然それを聞き逃さない希紗が「遼平にだけは言われたくないわよっ、この整形ビフォア顔!」と怒鳴れば、「遠回しにブサイク呼ばわりすんじゃねー! てめぇら人のこと『整形』がどうとか言うがな、正直そこまで俺は顔悪かねえよっ!」などとブルーシートの上で取っ組み合いのケンカが始まるわけで。

 こうなってしまってはオロオロとするしかない純也の横で、最後の澪斗だけが至って涼しい表情のまま双眼鏡を覗いていた。



     ◇


「あ、あの……先日の洋菓子は、美味しく頂きました。ありがとう」

 微妙な敬語に声を引きつらせながらも、特にパニックに陥ってはいなさそうな真。視線を合わせにくそうな友里依が、俯きながらも小さく頷く。

「返事、とか、聞いてもいい……?」


「嬉しかったよ、友里依はん。何て言うか、その……嬉しすぎて、ワイの知ってる言葉じゃ上手く表現出来へんくらいやった」


「ほんとっ? それって、」

 表情を明るくさせて顔を上げた彼女は、自分を見つめる眼が悲愴な色を浮かべていることに気付いた。顔は穏やかな微笑なのに、瞳だけが違う感情を。


 結局は自分が嘘をついてしまったカタチになる純也と、持ち上げてから突き落とすような言い回しにしてしまった友里依への、罪悪感は冷たく重い。ひどく渇く喉で、それでも彼は言わねばならなかった。




「……その言葉の前に、たぶん信じてはもらえんと思うけど――――救いようのない昔話を、少しだけ我慢して聞いてほしい」



     ◇


「帰るぞ」


「え、いきなりどうして? 帰るのは賛成だけど……」


 低く言い放って立ち上がった澪斗を、ブルーシートに座ったままだった三人が見上げた。どこか暗そうな希紗と遼平とは違い、純也だけは至って不思議そうに首を傾げている。

 さっさと盗聴スピーカーのスイッチを切りながら、戸惑っている少年に返した言葉は。


「見え透いた結果など、興醒めだ。これも予想の範囲内だったがな」

「おい紫牙、お前何を怒ってんだよ」

「怒ってなどいない。撤収だ、いい加減にしろ希紗」


 そわそわしながらまだ対岸が気になっているようだった希紗の双眼鏡も取り上げ、澪斗はらしくなく自ら道具を片付け出す。ブルーシートを引っ張り上げて無理矢理に全員を立たせる彼を見る希紗の表情が、何故か優しい。


「澪斗だって途中までは密かに乗り気だったくせにぃー。……ま、私も見てられないとは思ったけどね」

「あの、みんな……?」



「所詮、他人同士は理解し合えない。同じ感性でも持たぬ限り、それは誠に相手を理解したことにはならない。俺達のように異常な社会に住まう者なら、尚更だ。裏の人間は理解されない、自分を理解出来ない相手を人間は心から愛せない」



 純也に背を向けたまま突然そんなことを言い出した澪斗に、少年の疑問はより深まってしまう。「似合わねーこと言ってら」などと小さく吐くのは遼平で。澪斗の言葉を苦笑で補うのが、希紗だった。


「真が昔の話をする時って、全てを知った上で自分を理解してほしいのか、相手から嫌って拒絶してほしいのか……どっちが真なりの愛情なのか、判断難しいのよね」


「よく、わからないよ……。遼、アイジョウって本当は何なの?」


「お、俺に訊くなよ、小難しい理屈なんざわからねぇよ。ただ、無性に触れたくなるとか、ソイツの笑顔の為なら何だって出来ちまうとか……そーゆーバカで単純すぎる感情じゃねーの、愛なんて」


 いつの間にか吸っていた煙草を口から離して一息ついてから、遼平も河原を後にしていく。焦ってそれを追う純也も駆けていってしまい、最後に一人残った希紗が遥か向こうの対岸へ振り返った。



「それが真の選択なら、私達じゃどうしようもないけど。自分の汚さに対して潔すぎるところ、嫌いじゃないけど……たまに、張り倒したくなるわよ?」



 河原に残されたのは、優しさと切なさの入り交じった声音だけ。



     ◇


 少年期に犯した罪とはいえそれを語るのはどうしようもなく苦しく、今でもその残酷さは生々しかった。己の醜かった部分を強調して語るのが、彼の昔話の癖。


 一秒一秒の沈黙が突き刺さるようで、見開かれた彼女の瞳を直視出来なくて。いっそ信じてもらえずに笑い飛ばしてくれた方が、どんなに楽に別れを切り出せただろうか。

 けれど、そんな意外と他人を信用しやすくて常識人な彼女に惹かれてしまったのも、また事実だ。


「……ごめん。騙して、すみませんでした。ワイに友里依はんを、人を好きになる権利なんて、有りません」


 深々と頭を下げて、『これが返事です』という最後の言葉が喉に詰まっている真の、硬く握り締められた右手に温かいモノが触れる。

 不意打ちのような温もりは彼をひどく驚かせ、つい上げてしまった眼前には泣き出しそうなのに怒った表情の彼女が居た。


「私、何にも騙されてなんかいないんですけどっ。……過去とか権利がどうとかじゃなくて、私は今の真くんの気持ちが聞きたいの。現在の貴方に、惚れたから」


 強く握ってくる手を振り解くことが、彼女のためだろう。『嫌いだ』と断言して突き放すことこそが後々、彼女の幸せとなるだろう。

 それがわかりきっているのに、右手を握り返したい衝動は抑え込めそうにない。

 細く滑らかな指先まで全てが、愛おしすぎる。


「……今、あんさんの前に居る男は、友里依はんに心底惚れ込んどるよ。そらもう、気が狂いそうなぐらいに」


 自分を『霧辺真』と名乗れない弱さを噛み締めながら、それでも右指に力を込めていく。温かさは熱さに変わるが、だからこそ二度と離したくないと思った。

 やっと嬉しそうな笑顔になってくれた友里依は、小さく目の端を拭ってから左手も繋いで「ありがとう」を何度も繰り返す。それを聞いて真も感謝の言葉を返しだした為、端から見れば奇妙な男女だったろう。


「その言葉、受け取っていいのよね? 今から撤回したって、『お返し』として貰っちゃうわ」

 そこでようやく、男はホワイトデーの件を思い出した。何を送り返すか、散々悩んだ挙げ句に部下まで巻き込んで、結局は何一つとして用意出来なかったコトを。



「あ……それは――――三倍ッ! あんさんがワイを想ってくれるよりも三倍、友里依はんを愛し返すからっ、それで!!」



 両手をぎゅっと握られたまま赤面でそう宣言され、何を言われたのか理解出来ずに一瞬きょとんとしてから、友里依も負けじと身を乗り出して。


「なら私はその五倍でっ」

「えぇっ? じゃあ五十倍で更に返すっ」

「百倍いくーっ」

「千でどや!?」

「一兆億〜!」

「そんな数は無いってッ」


 終わりそうにない競い合いをしてみて、同時に小さく吹き出して笑う。鬱陶しいモノが晴れたように「天文学的数字やねぇ」などと笑いが治まらない真に、「それぐらいの愛がいいものっ」と返す友里依が両腕を伸ばしてきた。

 微かな香水の甘い匂いに瞬間だけ惚けてしまった男の首に腕を回して、背伸びをしてまで抱きついてくる彼女に驚いた。伝わる体温や跳ね上がる心拍数で、もう思考回路が正常に機能しないかもしれない。



「私ね、セツナシュギなの。過去とか未来はどうでもよくて、《今》さえ満たされるならそれで充分幸せなの。今の真くんが大好きだから、他は要らないわ」



 友里依が苦しくならないように少しだけ腰を曲げて身長差を縮めてから、細い背中を抱き寄せてみる。もう理屈や理由は抜きにして、ただ人間の温度を感じていたかった。



「はは……若い子の悪い癖やね。そないに向こう見ずな生き方はあかんよ?」



 全ての事柄に資格や権利を問うことはやめようか、などとらしくなく考え直す。彼女とただ一緒に居たいというこの気持ちを、『言葉』なんかで理屈詰めにしたくない。

 先程の言葉に友里依が少しだけ不満そうだったので、近づいてしまった顔を合わせて素直に微笑むことにした。



「そういうの、嫌い?」


「いや、友里依はんなら大好きや」




 彼らがバカップルとまで呼ばれてしまうのは、もうちょっと後の話。

 愛に暴走しすぎた二人が中野区支部社員達を失神させるのは、また別の話。



 これは単に、若くして歪んでしまった彼らなりの、どうしようもなく純粋な愛の小話。




          追記『LOVE COUNTER』終演




          依頼5《過日》完了




これにて、『闇守護業』第五話は全て終わりになります。

一時は更新をストップさせてしまい、誠に申し訳御座いませんでした。

続編も予定しておりますので、もし宜しければまたお越し下さいませ。

一言でも何か残していってくだされば、幸いです。

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