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追記『LOVE COUNTER』(1)

大変長らく更新を停滞させ、誠に申し訳御座いませんでした。体調不良等の私情にて、消息を絶っておりました。

この追記では一人称ではなく三人称ですが、過去編です。

『闇守護業 4《黒刃》』の第三章とリンクしておりますことを、先述しておきます。

追記『LOVE COUNTER』




「「三倍返しぃ?」」



 大真面目な顔つきで頷く部長に、『相談事』と言われて身構えていた部下二人は脱力する。

 もう春も近い日光が差し込む、平和な事務所の接待用ソファとテーブル。滅多に客人の座らないソコで、昼食を広げていたそんな時だった。


「せや、この時期ならわかるやろ?」

「何が? カウンターがか? 三倍にして返すなんざ、相変わらずお前は執念深ぇなー」

「違うよ遼、別に真君は攻撃されたわけじゃないんだよ。反撃とかじゃないよ?」


 部長から相談を受けている部下は、男と少年。遠回しに内容を伝えたがっている上司を前にして、男の方は理解出来ずにボサボサの髪を掻き乱す。一方、少年は大方の意味を察したらしい。


「あァ、すまん、遼平には全く縁のない話やったなァ……」

「ンだよっ、真てめぇ、そっちから相談しといてその態度はねーだろがッ」

 食べかけていた弁当の割り箸で、男、遼平は部長を指す。この展開になることはあらかじめ予想していた部長、真は苦笑いで「ホントにすまん」と返した。


「どっちかって言うと、ワイは純也に相談聞いてほしかったんやけど」

「僕? どうして?」

「んー、なんちゅーか……この支部内で純也が最も『ピュア』やない? 正直、他のヤツらは著しく人間味に欠け――」


「「「真が言えるのか?」」」



 眼前の遼平を含め、同じ事務所内のデスクに着いていた他二名からも刺々しい問いが聞こえた。部長は軽い苦笑のまま、小さく「……なんでソコだけ聞こえるん」とぼやくが、その辺は見事に彼らへ届かない。

 まだ突き刺さってくる視線は意識しないようにして、無理な咳払いで真は話を戻す努力をしてみる。


「と、とにかく。先月にとある婦女子から頂いた……よ、洋菓子? なんや綺麗に包装された品? そんですぐに返礼をせなあかんと思ったんやけど、相手が『一ヶ月後に返事を待ってる。三倍返しでねッ』って言うから……」


「真君はどうすればいいかわからないんだね?」

 らしくなく項垂れて悩みこんでいる真を見て、純也はそれなりの一大事なのだと思う。事務所の片隅に放置されている古い女性雑誌から、そんなイベントを最近知ったから。



 裏警備会社支部長、霧辺真。独身、(自称)二十代前半。過去の重い枷を引きずり続ける彼の、最近の悩み事といえば。



「うっそー、『返事』ってことはマジなやつ!? 義理じゃなくてっ? 真にチョコー!?」

「胡散臭え〜、何かの詐欺じゃねぇの? お前って騙されやすそうだし」

「そんな風に言わんでもエエやん、ワイにだって春くらい来るわボケっ」

「いや、希紗達の言い分も一理ある。貴様のような生きた化石に、まさかな……」

「誰がシーラカンスやねん!?」


 何だかんだで結局は、全員に首を突っ込まれている部長。事務所といえども一部屋なのだから、他人に聞かれないようにするのがそもそも無理な話だ。

 大人達がそんなやり取りをしている内に、女性雑誌を引っ張り出してきた少年が「あった!」とページを広げながら声をあげる。


「お菓子が貰えるのってこの行事だよね、『バレンタインブーム再来! 本気で彼を落とすなら、オススメの惚れ薬はコレ!』……あれ?」

「チョコレートは関係ねぇのか?」

「純也やめておけ、希紗の購読している雑誌はゲテモノ記事しか載っとらんぞ」

「彼女を希紗と一緒にすんなァァ!」

「何よその言い草は!? ――って、ついに本音が漏れたわね真? ふふふふ、『彼女』ですってぇ?」


 「あ……」などと気付いた時には既に遅い。「へぇ」とか「ほぉ〜」なんて好奇の眼差しに耐えられずにやがては赤面の彼。この後イジり倒されるのが簡単に予測出来て、恥辱を忍ぶための心の準備をし始めた。

 そしてその予測を確実に裏切らない方向で、部下にあるまじきニヤけ顔を浮かべる彼らがいる。


「ちょっと奥さんご存じぃ〜? 霧辺さんったら仕事中に口説いた例の女性とお付き合いしてるんですって〜」

「部下の模範となるべき上司がそのような不埒なことで良いのか?」


「ちゃ、ちゃうって、誰も口説いてないしっ! あの場合は仕方なかったやろっ、ちゃんと警察から保護せな! しかも事情を聞くには不安定な生活しとるっぽいし……」


「ふーん、そんな込み入った事情を聞くまでに発展してんのかぁ? で、どこまでいったんだよ?」

「ドコもいかんっ、だからワイと友里依はんはそんな関係じゃな――」

「へー、その人、ユリエさんって名前なんだー」

「……っっ!」


 悪気なんて全く無かった純也の何気ない一言さえ、真を追いつめるには充分で。ましてや意地の悪い三人の声など、呪言に等しかった。

 いつもの『胃に穴が空く』というそれなりに実現しそうな喩え以前に、今日は『顔から火が出る』かのようにうずくまって小刻みに震える部長。そろそろ今日も危ないのではないかと心配して胃薬と水を持ってきた純也の腕は、そんな真にいきなり強く掴まれてしまった。


「純也、何にも言わずに手伝ってくれるよなっ?」

「え、うん。僕で力になれることなら、もちろん協力するけど……」

 ソファに腰掛けたままなので純也を見上げる姿勢になりながらも、真摯な瞳と物凄い力で握り締めた腕は絶対に外さない。その鬼気迫るオーラはいつになく拒否不可能なモノだったが、別に純也は元から協力する気だったので空回り以外の何物でもなかった。


「何よぉー、要はホワイトデーのお返しの相談なんでしょー。普通は私を頼らないっ?」

「どーして人生経験の一番少ない純也なんだよ?」

 頬を膨らませて不満を口にする希紗と、真の選択が理解出来ない遼平。澪斗はもう興味が失せたらしく手元の本へ視線を落とそうとしている。

 そんな部下達へ振り返って、どこか達観したような無表情、恐怖を覚えるほどに冷め切った眼で、部長は答えた。



「希紗は他人の前に自分の方をどうにかせぇ、あんたに頼っても成功率ゼロやがな。遼平は顔の全パーツ整形したって兆に〇.一もなく問題外。澪斗に至ってはミトコンドリアから生成し直せや人でなしが」



「真君がストレスの溜めすぎでとうとう(色んな方向に)吹っ切れたー!?」


 部長の言葉による鉄拳制裁は部下達を瞬殺し、しかも反論の一声さえ許さないテンションの低すぎる声色。ここで逆ギレでもしようものなら今以上の残虐カウンターが返ってくるだろう、こちらが再起不能になるまで。




「さて純也、行こか」

「あ、は、はい…………あの……ストレスは独りで溜め込まないで、僕で宜しければいつでもお話聞きますよっ? というか、毎日毎日苦しめすぎて本当にすみません……!!」


 心なしか震えているような青白い顔の純也を見下ろして、真は爽やかな笑顔で「なんや、いきなりどしたー?」と何事も無かったかのように少年の白銀の髪へ軽く手を置いた。

 (こうやって感情をリセットすることで爆発を回避してるんだろうな……)と思うと、純也は涙を堪えきれない。部長が哀れすぎて。



 そして真に手を引かれ、純也も事務所から出ていく。最後にちらっと室内を窺ってから。






 春の足音が感じられる朗らかな日差しの中。暗い、暗い、地獄の深淵かのような空気と沈黙が漂う事務所には。

 奇襲、崩壊、撃沈によって立ち直れなくなった若者達がいた。


 これを俗に、『因果応報』と言う。



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