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第五章『みんなの支部』(5)

 遠く小鳥のさえずりが聞こえる……もう朝かァ……。


「おはよ! 真君!」

「あァ……おはようさん、純也」

 軋む接待用ソファからだるそうに身を起こす。にっこりと微笑んで純也が近くに立っとる。あれ? まだ九時やのに……。

「どうした? 今日は馬鹿に早いやんか」

「バカに、は余計だっ。なんで遅刻してねぇのにけなされてんだよ」

 起きあがってみると、まだ事務所には遼平と純也との三人だけ。寝起きでぼんやりする視界で流し台まで歩いていき、洗顔を済ませる。タオルが無くて彷徨っていた右手に、ポンッと柔らかいタオルが渡された。

「お、ありがと」

「うん。あのさ真君、その髪……」

「髪?」

 寝癖でもついとるのかな、と鏡を見るが、そういえばワイっていつも髪立ってるし。

「真君、髪が……」

 目をおどおどさせながら見上げてくる純也に、腰を曲げて応対する。何をそんなに困惑しているのか、遼平も席に座ったままこっちを見とる。やがて、純也は思いきったように。


「変色してるよっっ」


「……え?」



 へ、変色ぅぅ??



 「ぶわははははっ」と遼平が爆笑する声を横に、ワイは固まる。もう一度鏡に向き直って、ようやっと意味がわかった。……まだ髪を染めてない。

「あ、あのな純也、元々ワイの髪は黒なんやけど……」

「えぇっ? そうなの!? なんで??」


 いや、ンな事言われても……。


 過去の自分を知ってる人間は少ないしここは東京やけど、それでももし古馴染みにでも会うと色々と厄介やから。昔は黒のまま長髪だったんやけど、会社に入ってバッサリ切った……なんて言えへんし。

「こ、この会社な、黒髪のままやと怒られんのや」

「そっか! だからみんな髪の色が違うんだね!」

 我ながらなかなか上手い嘘だったと思う。遼平の事悪く言えへんけど。遼平と希紗は地毛らしいし、澪斗はたぶん染めてるんやろう。

「純也はそれ地毛……なんよな?」

「うんっ、そうだよ」

 差し込む朝陽に、キラキラと純也の髪は反射する。あれから知ったが、純也の髪は白やない。珍しいなんてものじゃない、銀。いったいどういう風にメラニン色素が分配されたら銀になるんやろ?

「そっか、髪を染めてる人もいるんだね〜」

 今初めて気付いたような仕草。またや……また違和感。一体純也は今までどんな生活を?


「なァ、純――」


「あ! 真君朝ご飯まだだよね? 僕作ってきたんだけどさ、食べてくれる?」

「へ? あ、ありがとう……」

 ワイの言葉が聞こえてなかったのか、純也は背負っていたリュックから弁当箱を取り出す。今起きたばかりやから、もちろん朝食はまだ。ここは中野区支部事務所……兼、実はワイの家でもあったりする。

 戸籍が存在しないので、家を借りられないのがワイの現状。他のやつらは戸籍とか偽装して部屋を借りてるようやけど。本社におった頃は本社に住み込んで勤務していたから、今と同じ感じ。

 純也の弁当はそこそこ美味しかった。この歳で作ったにしては上手い方やろな。家庭的な少年やわァ。

「……真、例の話だけどよ」

「あァ、アレか。……本気、なんやな?」

 遼平は黙って頷く。ここ数日間純也を事務所に連れてきて、遼平は昨日ふとある事を言い出した。……純也を、入社させたいと。

「ワイは何も言う権利は無いがな、後悔……しないか?」

 その言葉は二人に向けたつもりやった。当事者の純也はもちろんだが、遼平にも確認しておかないといけない気がする。



「おっはよー!」

「……なんだ、珍しいな貴様がもういるとは」


 事務所に希紗と澪斗が入ってくる。二人はいつも通りの出勤時刻。

「あ……のさ、みんなに話しておかなきゃいけない事があるんだけど……」

「何?」

 全員が揃ったのを見て、純也が口を開く。神妙な面もちなので何を言い出すのかと思って次の言葉を待っていると。



「僕……僕っ、本当は遼の弟じゃないんだ……!!」



 ……。



「…………なァ純也、なんか悪いけど、それもう知っとる」

「えっ」

 意を決して言ったのであろう純也が、驚く。澪斗は黙って無関心そうに腕を組んでるし、希紗だって苦笑しとる。今までの流れで気付かん方がどうかして――――。


「遼、バレてたよっ」


「なんでだ!?」


 ……アホがもう一人。


「あのなァ、あんたらのドコをどう見たら兄弟に見えんねん」

「愚かにもほどがある。嘘をつくならもっとマシなものを考えろ」

「遼平と純くんが兄弟だったら、マジで『人類皆兄弟』ってコトになっちゃうわよ〜」


 ワイらに散々に言われて、二人は呆気に取られている。こいつら本気だったんやな……こっちはとっくに気付いてんのに。


「ちっ、じゃあ何で言わねーんだよ」

「だっていきなりやったし。それに、遼平が赤の他人を連れてくるなんて……なァ?」

「貴様に慈悲があるとは考えられんしな」

「何かワケありなんでしょ? ちょっと様子見ようかなーって思ったの」

 遼平が見ず知らずの他人をいきなり拾ってくるなんて考えられんかった。だから、自分から本当の事を話すのを待っていた。……話したくなければそれでも構わないが。


「こいつは……純也は俺が拾ってきた。どうやら――――記憶喪失らしい」


「「「記憶喪失!?」」」


 再び重なるワイら三人の声。なんか驚かされてばっかりや。……でも、そういう事なら全部納得がいく。純也に感じた違和感も、空虚感も。

「基本的な知識は有るが、思いっきり世間知らずだ。なんとか自分の名前だけは思い出したが、他の自分の事はさっぱり……な」

 純也は哀しそうにずっと俯いておった。……色々と辛い想いをしてきたんやろう。きっと、受け入れられた事は少なくて。


「ごめん……僕、みんなの足手まといになると思うんだ。でも、頑張るから……」


 必死な顔で全員を見上げて、声を震わせながら純也は続く言葉を探してる。その小さな身体に収めきれない多くのモノを抱えて。それでも、この少年は前へ歩こうとしとる。



「……だぁれがいつ足手まといなんてゆうた? 気にせんでエエ、記憶なんてゆっくり思い出せばいい。無理はすな」



 しゃがんで、純也をやや見上げる形にする。「な?」と微笑みかけると、少年は泣きたいような笑顔になる。純也の心が嬉の感情に染まるのがなんとなくわかって、こっちが幸せな気持ちになった。何故やろう、この少年の笑顔は、人に安らぎを与える。

「こういう時は……ありがとう、でいいのかな?」

「合格や」

 自然と零れる笑み、温かくなる心。難しいとわかっていても、この子に幸運が訪れることを願う。


「……話はまとまったな。早く行ってこい」

「純くん入社するんでしょ? 社長ちょっと変な人だけど、頑張ってねっ」

 澪斗と希紗の二人、いつの間にかその話を知っておった。さて、こうなったらワイの出来る事は。

「社長にはワイが連絡取っとく。……それと、純也がこの支部に配属されるようにな」

 純也の若さはロスキーパーの中でも異例やが、あの社長なら九分九厘入社させてくれる。ワイからも頼んでおくつもりや。ワイにそんなに権限は無いが、少しぐらいなら我が儘も聞いてくれるやろ。

「頼んだ覚えはねーけどな」

「はいはい、じゃあこれはワイの勝手な計らいってことで」

 恩に着せられたくないのであろう遼平のにやつきに、苦笑で返す。純也が何か言いたそうに寄ってくる。

「真君、僕の為に色々ありがとう。外人さんなのに親切にしてくれて、僕嬉しかったよ」

「そんな、改まって言わなくてもエエって……」



 ……ん?



 ちょっと待て。今、『外人さん』とか言わなかったか?

「な、なァ純也、『外人さん』って誰?」

「ふぇ? もちろん真君のことだよ?」


 っ!?


 もしやと思って恐る恐る尋ねてみると、衝撃の一言が。ワイが外人!?

「真……貴様外人だったのか?」

「それで皮膚の色がちょっと黒いのね〜、なるほど〜」

「なんで今まで黙ってたんだよ。どこの国なんだ?」


 純也の言葉を鵜呑みにする三人。おいおいっ!


「冗談やないでっ、ワイは正真正銘日本人! 今時珍しいぐらいの純血なんよっ?」

「え、そうなの? ごめん、僕てっきり……」

「ワイのドコを見れば外人に見えるん?」





「だってさ……その――――――――おかしな言葉喋ってるから」




 ええぇぇぇぇぇ――――っ……。



 噴き出して笑い出す希紗と遼平。澪斗さえも顔を逸らして何かを堪えとるっ。お、お、『おかしな言葉』ァァ!? ちょっと待てぇぇっ!

「じゅ、じゅ、純くん……っ、まさか真の関西弁のこと……」

「カンサイベン?」

 腹を抱えて笑いながら希紗が問う。既に希紗は笑い泣き状態。遼平も同じような状況やった。あんたらなァ……!

「よ、よよ、よし純也、そろそろ本社に行くぞ。ついてこい」

「うん。みんな、行ってきまーす!」

「あっ、待て遼平! 純也っ!」

 まだ笑いの治まらない遼平が、純也を引っ張って事務所から出ていってしまう。ワイに弁明の時間を与えずに。

「遼平のやつ〜っ。……希紗っ、あんたいつまで笑っとるつもりや!? 澪斗もエエ加減ワイと目を合わせろ!」


 指摘するが、二人はワイの命令なんて聞く耳持たん。ひどい……こんなのってないやん。これは関西人に対する侮辱やァァ〜……。


「……ワイ、やっぱ標準語に直そうか……」

「やめておいた方がいいんじゃない? 更に影が薄くなっちゃうわよ〜?」

「そうだな。貴様の数少ない個性がまた一つ欠けるぞ?」

「希紗……澪斗……あんたらァァァ〜!!」

 ハリセンが一瞬にしてワイの手中に現れ、音速で一閃させる! 希紗の身体の柔らかさと澪斗の動体視力で一撃は避けられるが、次は外さんっ!

「きゃーっ、ちょっとタンマ!」

「それはあの愚か者専用だろうがっ」

「問答無用や! その道徳離れした感性を叩き直したるっ!」


 三人だけになった支部で、ワイの、ワイによる、ワイのための第一次ストレス発散会が盛大に開催。上司なめんなァっ!



 ……この後、新たな社員を加えて中野区支部は一層無駄に賑やかさを増すことになる。また護りたい対象が増えたわけで、それも嬉しかった。

 願わくば、中野区支部(特にワイ)に幸あることを!



          第五章『みんなの支部』終演





                NEXT→追記『???』



これで本編は終了ですが、今回はオマケの「追記」があります。

更新が遅れるかもしれませんが、誰のお話かはお楽しみで!


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