第五章『みんなの支部』(4)
雪で前が見えへん……強風で立ってることすらやっとや。何かの呻きが、暴風の音の中から微かに聞こえた気がした。
やがて、風が治まっていく。何だったんや?
「ダメだよ……ダメ……」
少年の祈るような声。せや、純也大丈夫か!?
純也は……無事やった。無事じゃなかったのは、純也を掴んでいた男の方。純也に押さえ込まれて床に叩き付けられとる。もう意識は無い。
「純也、やっていいぞ」
遼平の声が澄んで届く。その声に含まれた余裕と……重み……?
「……ダメ、みんなを傷つけないで……!」
一斉に純也に飛びかかる侵入者達。澪斗が銃口を上げ、ワイも踏み込んだが間に合わん!
再び吹き荒れる暴風。タイミングが良すぎる……さっきからどうなっとるんや? 今度はあっちで何が起こってるのかはっきり見える。プロのこっちが驚くぐらいの体術で、純也はいとも簡単に侵入者達を倒していく。あの力は……。
唖然と事の成り行きを見ていることしか出来ないワイらの前で、侵入者達は全滅しつつあった。
しかし、純也が腕を伸ばした最後の男が、焦って足を踏み外し、窓の外へ落ちる……!
「あっ」
何を思ったのか、純也がそれを追って飛び出して落ちていく! 馬鹿なっ!?
「純也ァァァーっ!」
声は吹雪く冷たい強風に掻き消されてしまう。唇を噛み、右手で鞘を握り締めていた。
しまった……助けられんかった……ワイの責任や……っ!
「……」
スタスタとワイの横を通り過ぎ、遼平が割れた窓へ向かう。ふと見えた横顔の口元は軽く引き上がって……?
窓際にしゃがみ込み、下へ腕を伸ばした遼平は、何かを掴んで軽々と引き上げる。雪のような、白く細い腕を。
「……よくやった、純也」
片腕を引き上げられて、這い上がってくる小さな影。もう片手に失神した最後の侵入者を抱えていた。ワイは澪斗と共に驚愕する。どうやって……!
「純……也?」
「あ、みんな怪我無い? 大丈夫?」
「それはこっちの台詞やっ。ていうかどうやって……」
「うん? ちょっと飛んで、そこに掴まってた」
「飛んで……?」
澪斗と顔を見合わせる。わからん事だらけや……何なんやこの子は?
『ちょっとーっ、純くん無事!? そっちはどうなったのっ?』
監視カメラで一部始終を見ていたのであろう希紗の声が、遅れて届く。せ、せや、仕事の最中やった。
「こっちは全員捕らえた。そっちのブツは無事なんだろうな?」
『本物のエメラルドは全然無事よ。フェイクの方はなんともない?』
遼平の全く動じていない言葉に、希紗が答える。少し寒そうに震える純也の白い髪を、遼平は軽く撫でながら。仕事は成功……したわけや。
今回の依頼は、『フェイクを使ってそこらの窃盗団を捕まえる』こと。精巧に作られた宝石を囮にして、それを狙ってくる人間を片っ端から逮捕。……というか、実はこれは依頼人が窃盗集団を集めたいらしい。集めたこいつらをどうするのか……色々と想像はつくが、あまり考えないようにしとる。せいぜい手駒にして何かを盗ませる気なんやろな。アホらし。
「まぁな。それより寒い……この窓ガラスどうすんだよ」
もう強風は吹かないが、僅かに雪が入ってくる。遼平がわざと話題を純也から逸らそうとしているようで、そんな態度が余計気にさせる。
「……遼平」
ワイが言いたい事を、遼平は察したようやった。横目でちらっとこっちを見て、その瞳は遠くを眺めるようやったが純也に向けられた。
「…………だから言っただろ、あいつは平気だって」
「一体何者や? 誤魔化しきれるとは思わんやろ?」
「あいつは……人間だ。純也なんだ」
遼平の言葉は支離滅裂。いや、おかしいのはいつもの事なんやけど、今日は拍車をかけて変。
「あんた……何考えとんのや?」
「……これが、俺の《約束》……償いなんだ」
その言葉は、ワイに追及をさせないものやった。『償い』という言葉にワイが弱いのを、遼平は知ってて言っとる。ワイがその単語を出されると詮索が出来ないことを。しかし同時に、遼平が何か大きなモノを背負ってしまったことにも気付く。
視線を遼平から、その瞳の先の少年に移す。足下に気を失った男達を寝かせ、灰色の街ごと白い空を見つめている。その青い澄んだ瞳はうっすらと潤んでいて……何かどうしようもなく悲しくなってくる。この小さな少年に感じる、空っぽな荘厳さ。まるで……そう、まるで《風》のように透明で、強く、儚い。
あの子もまた、ワイらのように影を背負った存在なんやと感じた。そしてそれが悲しい。
この世界は、こんな子供にさえ容赦無くその牙を向けるんか……。