第五章『みんなの支部』(2)
「それで、どーしてこうなるんや?」
腕を組んで、眼前の光景にため息を零す。眉間に寄ったシワは疲労の度合いを表示しとる。まだ今日は浅い方。
「何がだよ?」
「わからんか? この状況が、やっ」
ライトアップされたショーケースの方をビシッと指す。その輝くガラスの前で、手を張り付けて心奪われたように眺める少年が一人。
「ね、ねっ、すごくキレイだね、コレ! コレ何?」
「緑柱石……ベリリウムなどを主成分とする鉱石で、エメラルドと呼ばれる宝石だ。これは二十五カラットある」
「エメラルド、かぁ……」
淡々と答えた澪斗の言葉を全て呑み込み、純也は網膜に焼き付けようとするほどの勢いでショーケースの中を覗いている。こっちの声なんか全く届いていないんやろなァ……。
「なんで仕事にまで純也を連れてきたっ? 遊びやないんやで!」
「うっせーなー、邪魔はさせねぇよ」
「邪魔とかの問題やない! もし何かあったら……」
保証は無い。事務所だけでなく警備にまで純也を連れてきた遼平に、少なからず非難を覚える。遼平だってこの仕事の危険性は充分わかってるはずや。いくら頭が弱いゆうても。
「何かあっても、あいつは平気なんだよ」
「またそんな根拠も無い事をっ」
「……平気なんだ。……それに、今日は……雪、だからな」
近くの大きい窓ガラスを遠い目で見やる遼平。その声色がいつもより低くて、暗闇の中でワイは不審そうに遼平に振り向いていた。今日も雪がぎょうさん降る。
そこまでの理由は何や? 『雪』だから……? 一体、純也は……。
「ねぇ遼っ、どうしてこんなキレイなモノをしまっておくの? 勿体ないよね、どうして?」
「あ? それはだな……あー……。そうだ、そう、しまっておかねぇと逃げるんだよ、ソレ」
「本当!? 飛んでっちゃうの!?」
「おう」
おいおい。
「遼平、あんた純也にアホな事吹き込むんやないよ……。純也、あのな、アレは悪い人に盗まれんようにしまってあるんやで」
ワイがわかりやすいように訂正。「そうなんだぁ……」と純也はもう一度その瞳にエメラルドを映す。あかん、このままやとこの世にもう一人『遼平』という名の大馬鹿に酷似した人間が誕生してまう。それだけは阻止せな!
「どうして盗もうと思うのかなぁ……? こんなにキレイなんだから、みんなで見ればいいのにね」
同意を求めるように見上げてくる少年の笑顔に、ワイは再びあの違和感を覚える。この少年、何かがおかしい。純粋……っていうのにも限度があるやろ? 何や? まるで初めて世界に触れておる赤ん坊のような……透明さと、脆さ。純也に何故か、空虚感を見る。
ふと顔を上げて我に返るように現状確認。あかんあかん、仕事に集中せんと。
ショーケースをライトアップしている光以外は何の照明も無い。ここは高層ビルの八階、外のビル街の光を雪が反射し、弱々しいが外の方が明るい。今回の依頼は、単なる守護やない。
「…………来たな」
「純也、下がってろっ」
澪斗の静かな声に、純也を呼び戻す。直後、強化ガラスが外から勢いよく割られる!
雪と冷気が、風と一緒になだれ込んできよる。一瞬視界が封じられたが、すぐ状況が確認できるようになる。窓の外に、上から垂らしたロープのような物に掴まって降りてくる一団が。
「へっ、この寒い中ご苦労なこった」
「希紗、外の様子を報告しろ」
『はーい、屋上のカメラに映ってるけど、わざわざ屋上から降りてきてるみたいよ? 二十人もいないわ』
「飛んで火に入る、なんとかやな。ま、今は真冬やけど。……全員確保や、わかっとるな?」
ワイの言葉に遼平と澪斗が頷くのが雪の中確認できた。逃がさず、侵入者は全員捕まえる。今回の依頼内容は――――。
「あ……ぁあ……!」
「……純也。ここにいる」
自分の手に触れる雪を怯えるように見ていた純也の肩に、遼平が何気なく、でもしっかり手を置く。それだけで純也は身体に電気が走ったように遼平を見上げた。その顔は泣きたそうな安堵……?
「ちっ、警備員か!?」
「ご名答〜。逃がさへんで、覚悟しぃ」
腰に差していた阿修羅を構える。もちろん鞘のまま。澪斗と遼平とワイの三人なら、五分とかからんやろな。それよりあの窓の後始末の事が心配やわァ。
「俺達をなめるなよ! たかだか警備員ごときがっ」
「はっ、その『たかだか』にボコられても泣くなよっ?」
先ほど純也にかけた声色とは全く違う、愉快そうな音で遼平は突っ込んでいく。
不安そうな顔で見上げた純也の髪を撫でてからあいつが飛び出していったのを、ワイは見逃さなかった。