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第五章『みんなの支部』(1)

第五章『みんなの支部』



 乱暴に階段を駆け昇ってくる音に、習慣にならい、椅子から立ち上がる。その手にはしっかりといつものアイテムを握り締めて。

「来たわね〜」

「愚かな……」

 二人の部下の声も、やっぱりいつもと同じ。右腕は振りかざし、左腕は真っ直ぐ照準を合わせるようにドアへ伸ばす。さァ、構えて……せーのっ!

 豪快に開かれるドア、そこへ間髪入れずに右腕を一閃させる!


「遅いんじゃボケェェェ!」


「ぐわあぁっ!?」

 今日も、ある意味では清々しいくらいエエ音が事務所に響く。

 部下を張り飛ばしたハリセンを、ポンッと肩に乗せる。流石裏社会仕込みの『強化ハリセン』、長年全力で叩き込んでも全くしならん。

 ワイの目の前で階段の壁にまで頭を打って仰向けに倒れてる男が、ゴソゴソと動く。

「遼平! あんたちっとは反省とかできんのか!? だいたい……ん?」

 「いてて……」と頭を押さえる紺髪の男の身体が、何やら下からゴソゴソと揺れて……細い色白の腕が出てきた!? 何や!?

「りょ、遼……重い……」

「あ、あぁ、悪ぃ。っていうか俺のせいじゃねえよ、真が……」

「と、とにかくどいて……」

 遼平が立ち上がると、その下敷きになっていた少年がおった。髪が真っ白やから最初は老人かと思ったが、その白い肌は明らかに若者のものやった。どうやら張り倒された遼平の後ろに立っていたらしく、そのまま潰された……っぽい。え? ワイのせい?

「……ったく、いい加減その出勤した途端の一撃はやめろよ。俺の脳細胞が確実に毎日死滅していくから……」

「案ずるな、貴様の脳細胞は既に全滅済みだ」

「ンだと紫牙ぁぁー!」

 やっぱいつも通りの朝の戯れ言挨拶。こいつらにとってはケンカが挨拶みたいなモンやから……もう注意する気も起きへん。それより、ワイが気になっとるのは。


 いきり立っとる遼平の後ろでおろおろしとる少年。着ている洋服は大きめでダブダブ状態。歳はいくつぐらいやろ……十二〜三くらいか? 大きく開かれた青い瞳は、好奇心のままにワイらを観察している。誰や?


「んじゃ何か? 俺の脳はただの飾りだってのかぁっ!」

「案ずるなと言っているだろう、『飾り』ではない、『重荷』だ。しかも俺にとっては手ごろな的でもあるな」

「誰がてめぇの的だとぉぉっ!」

「わからんか? ならば実際撃って見せるが?」

 手元の本を読みながら、器用にも遼平を見ないままリボルバー式マグナムを構える澪斗。いつものようにワイが止めに入る前に、二人の間に割り入った小さな影があった。


「貴様は……?」


 初めて少年の存在に気付いた澪斗が、やっと顔を本から上げる。白髪の少年は、遼平の前に立って必死に首を振っていた。遼平をかばっとる?

「どけ、チビ」

 遼平に襟首掴まれて、少年は不安げな顔しよる。なんか、よくはわからんが……。

「心配することないで、こんなケンカはしょっちゅうやから。死なへんって」

「……ほんとう?」

 まだ高い、子供らしい声。澄んだ瞳で見上げられて、笑みが零れる。本気で心配したんやなァ……ま、最初はそう思うよな。確かに途中で誰かが止めんとその内マジになるが。

「ちょっと遼平、どしたのその子?」

「そうや。いきなり連れてきおって……誰なんや?」

「貴様、とうとう幼児誘拐か?」

「違ぇよっ! 一々気にさわる言い方すんじゃねえ!」


 じゃあ何?


 ワイら三人の視線は、温度は違えどみんなそう言っておったと思う。少年が僅かに泣きそうな顔をして、遼平を見上げる。その小さな頭を遼平は上から押しつけた。

「まさか……隠し子?」

「「有り得んな」」

 希紗の突飛な予想に、澪斗と即答。遼平が一言も発する間を与えずに。だって明らかにそれは無いやろ? 年齢差とかやなくて、まず遼平が女と上手くいくはずないやん。

「説明しろや遼平、職場に連れてきたからには」

 プライベートがどうだろうともちろん自由。せやけど、事務所にまで連れてきたら黙っているのは部長としてちょっと、な。……まァ、好奇心が八割やけど。



「あー……こいつはー……弟、だな」

「「「弟ぉ!?」」」


 ホンマか!?


 ワイら三人はそれぞれ動揺。澪斗でさえ目を僅かに見開いておる。全員で背の低い少年に近寄る。

「え、え、ホントに遼平の弟なのっ? かわいいー」

「なんで……あんた弟おるなんて話してたか?」

「……似てないな……」

 それぞれ正直な感想を述べる。囲まれて、遼平の弟……らしい少年はおどおどする。遼平は鬱陶しそうにワイらを払った。

「見せ物じゃねーんだよ、どけ」

「ね、君、名前は?」

 遼平の言葉なんか聞いちゃいない希紗が、中腰になって少年に話しかける。希紗の瞳を見つめて、少年は口を開く。


「……純也」


「蒼波純也? この子も蒼波一族なんか?」


「いや、こいつは……腹違いだ、蒼波じゃねえ」

 遼平の目が泳ぐ。腹違い? にしても面影全く無いなァ……遼平みたいに目つき悪くないし、髪の色だって全然違うやん。珍しい色しとるわァ、白髪なんて。


「……で、何故今更弟を連れてきたんだ、貴様は?」

 澪斗のもっともな問い。本題はそこや。遼平は少し考えるような間を置いて。

「あー……、こいつの親が旅行でな、しばらく預かることになった」

「な、おい、預かるってあんた……」

「よろしくね純くん! 私はねっ、希紗よ」

 ワイの言葉を遮って、希紗が嬉しそうに自己紹介しだす。『純くん』? あァ、『純也』やから? なんて単純な呼び方……。

「きさ、ちゃん?」

「きゃーっ、遼平に似てなくてお利口〜!」

「誰が似てねぇだとっ」

「……貴様、もう『ちゃん』付けされる歳ではあるまい」

「何よ、私まだ十七よ!? あと十年はいけるわ!」

「お、おいあんたら人の話を……」

 きちんと聞け! って言いたかったワイの言葉は、再び遮られる羽目になる。ワイって……。

「…………なんだ」

 純也に次に見上げられて、澪斗はいつもの視線で見つめ返す。いや、怖いってその眼……エエ加減初対面の人間にその視線はやめろって。ほら、純也も怖がるから……。


「お名前は?」


 恐怖心ゼロ!?


 つ、強者やわ……やっぱただモンやない……! 流石は遼平の弟、ってとこか?

 純真無垢な好奇の顔で問われて、澪斗は呆気にとられた顔しよる。こんな澪斗の顔って珍しい。「ほらっ」と希紗に腕で小突かれ、我に返った表情で答える。

「……紫牙、澪斗」

「しがれーと……?」

 「「「くっ……」」」と遼平、希紗と笑いを零してしまう。澪斗が殺気を放って睨んできたので、三人揃って顔を音速で逸らす! 純也は姓と名を区切らず、そのまま「しがれーと……しがれーとー……シカ冷凍??」と段々妙な方向に一人で向かっていってる。ついに希紗が噴き出して笑い始めおった。

「俺は『澪斗』だ、間違えるな子供!」

「くっ、くくく……いいじゃねーか、間違ってねぇよ、『鹿冷凍』で」

「貴様ぁ……!」

「れーと……れい、と……澪斗」

 頭上で火花を散らすアホな大人二人には気付かず、純也は噛み砕くように名を繰り返す。なんやろ、この違和感……この子、まるで……。

「覚えたか子供!」


「うん! わかったよ澪君っ」


 『澪君』〜!?


 ついに希紗が机を叩いて爆笑する。かく言うワイも目の端に涙が……。邪気を微塵も含まない満面の笑顔を前に、澪斗は今まで見たことも無い驚愕の表情。こりゃクリティカルヒット、やな。

「よしっ、よくやった純也!」

「よ、『よし』ではない! 貴様一体どういう教育をしているんだっ」

 澪斗が狼狽えておる。珍し〜。遼平はガッツポーズで純也の頭を乱暴に撫でている。純也はきょとんとした顔で二人の大人を見上げておった。

「俺は教育してねーよ。間違ってねぇだろぉ? 澪く〜ん?」

「貴様あぁ……っ、今日を命日だと思えぇ!」

 再び起きあがるマグナムの激鉄。あーあ、また始まりよった。純也は何も間違っておらんのに……澪君ご乱心?


「やんのかコラァ!」


「覚悟はいいかぁっ!」


「ちょ、待てってあんたら……」




「やめてよっ、『澪君』!!」





 …………。



 一気に温度の下がる事務所。唖然としている大人達の中で一人、必死な瞳で見上げる少年がいた。あァ、何ちゅーか……。

 使用者の手から落ちる拳銃の金属音。『消去執行人』と二つ名の付いた男が今、敗北した音。

「……なんかやる気しねー……」

「……俺は、俺は……」

「純也……あんさん良いキャラしとるわァ……」

「え? きゃら?」

 膝をついて純也の肩に両手を乗せるワイに、不思議そうに純也は首を捻る。この子エエ性格や……癒し系? こんな人間初めてやァァ……。

「あ、そうだ、お名前は?」

「へ? ワイ?」

 「うん」とにっこり微笑んで純也は問うてくる。あァ、そういやワイだけまだだったな。

「ワイは一応ココの部長、真や」

「『真君』だね!」

 うーん、やっぱ『君』には抵抗あるなァ。ま、悪くないか。




 ……その日は、いつもの変わらない非凡な日から、ちょっとだけ特別な日になった。希紗も、澪斗さえも慣れないゲストに興味を持っておったが、ワイは少し違った。



 この子供、何か引っかかる……。



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