第四章『風車』(3)
もう陽はとっくに暮れてしまったと思うけど、やっぱり今日も曇りなので確認はできない。時刻は八時過ぎ……冷たい蛍光灯が照らす部屋に、僕は一人。
ソファの前の小さい机で、黙々と紙を折る。机の上には昨日遼が作ってくれた風車と、僕が今日ずっと作り続けてきた大小様々な色の風車。作っていてもそうだけど、見ていても全然飽きない。でも不思議と……何故か、どんなに頑張っても遼の風車より飽きないモノが作れない。遼のだけは、特別だった。
「……?」
不穏な気を感じ、せっせと折っていた手を止める。嫌な感じだ……この気配、確か……?
気圧の変化だ。ぞっとして、手から紙が落ちる。これは、アレの予兆……!
「……あ……」
よろよろと立ち上がり、震える手でカーテンを引く。輝く街のネオンと闇……その他に、僕の瞳に映るモノがあった。窓に押しつけた指も、冷たさを感じない。アレが……っ!
助けを求めるように、抵抗するように、窓を開けてみた。冬の冷気が部屋に押し入ってくる……でも、そんなモノも関係無い。
白だ。白が、僕の身体に触れる。
「あ……あ、あぁ……!!」
膝から力が抜け、僕は崩れるように倒れていく。なんとか両腕で身体を支えるけど、その腕も震えが止まらない!
――――冷たいとか。
痛いとか。
怖いとか。
寂しいとか。
悲しいとか。
……そんなこと、感じなかったんだ。遼と出会うまでは。
でも。
でも今は違う。
冷たいっ!
痛いっ!
怖いっ!
寂しいっ!
悲しいっ!
……たすけて、誰かっ!
「ああああぁぁあぁ……うあぁっ」
伸ばした腕はもう窓に届かない。頭が痛い……ノイズが走る。身体が痙攣し始めて……発作が僕を襲う。動け、な、い……っ!
『く、来るなぁっ』
『化け物がぁぁ!』
『やめろ……殺さないでくれっ!』
違う。
違うっ。
違うんだ! 待って! 僕は……僕はー!!
「た、すけて……っ! りょう……っっ」
余力の叫びは吹きすさぶ風と雪に散られて……僕は白い闇に引き込まれた。
◆ ◆ ◆
白だ。
僕が目を閉じているのか、それとも光景が白一面なのか。
「走れ、早く!」
え? 誰?
僕は何故か走っている。僕の右腕を引いている、誰かが前にいる。顔がよく見えない……あなたは誰? どうして僕は走ってるの?
足が重たい。そうか、ここは雪が積もってるんだ。雪に僕達は足を取られているんだ。
「いたぞ、追えー!」
「もう来たか……っ」
僕の腕を引く人は、後ろを振り返って速度を上げる。背後から複数の足音が聞こえる……これはどういう事なの? 僕はどうしたの?
しばらく走り続けてたけど、いきなり前の人は止まる。どうしたのかと思って前を覗くと、切れた白の世界。崖……? その先にもまた白が広がっているけれど。
追ってきた人達が、距離を置いて止まった。僕の腕を引いていた人は、その背中に僕をかばう。
「やれ!」
追ってきた人の中心の人間が、腕を上げた。
次の瞬間は、視界が消える。壊れた映像ディスクのように、砂嵐とノイズ音。
純白に、真紅が舞う。最後にそれだけが確認できた。
「生きろ……っ、純也あああぁぁぁぁぁー!!!!」
待ってっ! あなたは誰!? 僕は……!
……画面は暗転する。再び僕の目に光が戻った時、そこは雪積もる寂れた街外れだった。灰色のビル街を、ぼうっと見上げる。
次に、首を下げて自分の身体を見下ろす。紅い。両手から胴体まで、真っ赤に染まっていた。
何……コレ……?
最後に、目線を正面に向ける。血塗れで倒れている男の人達がたくさんいた。……いや、その中に一人、まだ立ってる人が……。
「冗談じゃねぇぞ……チビ……!」
その人は、出血している右腕を強く押さえてこちらを睨んでいる。漆黒の瞳は、ただ僕だけを見つめていた。
どうしたの? どうして怪我してるの? ダメだよっ、そんな傷で動いちゃ……!
拳を振り上げ、絶叫に近い声で、その人は僕に殴りかかってくる! 僕の視界が動く――――え、なんで!?
僕も向かっていってる!? やめて! 僕の腕が……その人を狙って……!!
やめてよおぉぉぉーっ!
……また純白と真紅。
また……またなんだ……。大嫌いだ……もうやめて。お願い、僕をたすけて……。