第四章『風車』(2)
「終わったぁ〜」
遼の部屋に居候を始めて一週間。僕はリビングのソファに腰を下ろす。食器も洗ったし、部屋の掃除もした。慣れない洗濯もやったし、ちゃんと遼の制服にはアイロンをかけた。遼の仕事は、『ケービイン』って言うらしい。青い制服がカッコイイ。
「……ヒマだな……」
遼に、外出しないよう言われている。この部屋の外には、危険な世界が広がっていると教えられた。でも、違うんだ。僕がココに居なくてはならない理由は。……一番危険なのは、《僕自身》なのだから。
遼には仕事がある。だから今、居ない。遼曰く、「すっげぇ面倒な仕事」らしい。僕は昼の間、ずっと待っているだけ。独りで、ずっと。
大きな窓は、さっきから強い北風に打たれている。ここ一週間、空は薄暗い雲が支配していた。白い空は、無性に僕を不安にさせる。
「帰ったぜ〜」
ドアノブを捻る金属音がした。僕は我に返って、玄関に向かう。厚いコートを羽織った遼が、荒っぽくカバンを投げ渡してくる。
「今日は早いんだね」
「まぁな。けど明日は依頼があるから帰れねぇ」
「そっか……」
寂しいけど、ここで嫌な顔しちゃいけないんだ。頑張って笑顔を作ってみる。……僕って、演技が下手だ。
「……慣れねぇな……」
ふと、遼が呟いた。僕が顔を上げると、一瞬だけ目が合って逸らされる。僕のコト?
「どうしたの?」
「別に、大した事じゃねえ。ただ……家に誰か居るって感覚に慣れねぇんだよ」
「……」
やっぱりいきなり同居を始めたら、慣れないんだろうな。僕だっていつもどこか落ち着かないし。でも遼の場合、突然自分の生活が変わったんだよね。嫌……なんだろうな。
「飯は?」
「あ、今用意するね! ちょっと待ってて」
隙あらば何かを考えようとする頭を振り切って、僕は台所へ走っていく。ダメだ、考えれば考えるほど、僕の思考は嫌な結論に辿り着こうとする。
わかってるよ……わかってる……僕の存在は邪魔なのだと……。
「……おい、お前昼間は何してた?」
台所で手を動かす僕に、リビングのソファに腰掛ける遼が訊いてくる。僕は手を休めずに答えた。
「遼に言われた家事をしてたよ。他は何もしてないけど」
「……退屈だったろ」
「そ、そんなことないよっ。僕は大丈夫」
訝しげにこちらを見やる遼に、笑顔を返す。これ以上僕がワガママを言うわけにはいかない。
遼は無言で立ち上がり、自分の部屋に入っていってしまう。そしてしばらくしてから、数枚の紙を持って帰ってきた。
「ちょっと来い」
「え?」
言われるまま、鍋の火を消してソファ前の机まで行く。小さな卓上に、遼が青い紙を一枚置いた。
「よく見てろ」
遼の細い指が、不器用ながら紙を折っていく。最初に三角に折って……開いて……折り目をつけたらまた折って。何を始めたのだろう?
やがて、青い紙は四つの頂点がある星のような形になった。ここに、持ってきた曲がるストローを刺す。……これで完成らしい。
「これ、何?」
「『風車』って言ってな、風が吹くと回るやつだ」
「カザグルマ……?」
「持ってみろ」と言われて僕はストローの部分を握る。だがここは室内だ。風が吹くわけはない。
「……どうするの?」
「お前なぁ……。回らなきゃ、てめぇで回せばいいだろうが」
「あ、そっか」
僕が《化け物》である理由にして、《僕自身》の過去への手がかり。風を操れるという、特殊能力。
少しだけ、神経を研ぎ澄ます。流れる風をイメージして、穏やかに……。
段々と、青い星は回り始める。綺麗だ……なんてことのないただの紙なのに、青い星は円に変わり、心が安らぐ。ずっと見ていたい。どうか、止まらないで。
「……ありがとう」
「あ?」
「僕、コレ大事にするね」
嬉しくて、僕は大切にその風車をしまった。遼は呆気にとられた顔をする。
……幸せを感じたんだ。些細な事なんだけど、僕にとっては何物にも代え難いコトで。明るい感情なんて、記憶に無かったから。記憶が無いんだから当然かもしれないけど……それでも、この気持ち、大事にしたい。
「俺が折れるモンなんてそんなものぐらいだからよ、後は自分で遊んでろや」
「うん!」
満面の笑みで僕は頷いた。明日が楽しみだと、その時初めて思った。




