第三章『鏡』(6)
鮮血が舞う。
拳銃が落ち……驚愕に目を見開いたまま、男はうつ伏せに倒れてきた。俺はその男の後ろに立っていた影に驚く。
「ウチの仲間に手ェ出さんといてもらえるか? 傷つけることは許さん」
「……真、貴様……」
初めて見る真の冷たい眼。その手に握られているのは、漆黒に煌めく日本刀。禍々しい気を放っているかのようなその刃は、使用者の怒気を増幅させているように感じる。俺は気付く。間違いなくこの男が《斬魔》なのだと。
背後から斬りつけられた男は背から出血して気を失っていた。深くは斬れていない……殺す気は無かったのか。
「…………貴様、残っていろと言っただろう。即戻れ」
「うわっ、助けに来たのにその態度!? なんで監視室が狙われとるって言ってくれなかったん!?」
「助けろと呼んだ覚えは無い。……俺一人で充分だと思ったからこうしたまでだ」
「またそんな勝手な判断をーっ! あんたワイの言う事聞く気あるん!?」
「無い」
「だああァァー! そう言うと思ったあァァァっ」
なら訊くなというのに。
腹が立ったように地団駄を踏んで頭を抱える真のドコにも、先程垣間見えた《斬魔》の面影は無い。すぐ収められた刀の鞘は、よく見ればあの木刀ではないか。包帯で巻かれたあの変な木刀が刀の鞘だった? これが《斬魔》のカラクリか。
「真、そんな事よりこの辺りに医者はあるか?」
「へ? 医者? えっと……少し遠いが炎在先生のトコがあるけど……」
「この女が負傷している。そこへ手配しろ」
「なっ、そういう事は早く言わんかいっ」
焦って真が監視室が出ていく。女を抱いた体勢のまま怪我の具合を見ていた。
ふとよぎる、あの笑顔。俺が護ることの出来なかった、あの、笑顔……。
「春菜……」
「……澪斗……?」
「っ、気がついたのか?」
今の呟きが聞こえていないかと危ぶみながら、それにはあえて触れずに尋ねた。
女は近い俺の顔をまじまじと見て、顔を赤くする。どうした?
「う、うわ、わ、わ、ちょ、ちょっと降ろしてよっ」
「下手に動くな、怪我が悪化する」
希望通り床に降ろして寝かせてやるが、女はまだ赤くなってジタバタしている。何をしているんだ、この女。
「あっ、ど、どうだったノアは?」
「『ノア』……?」
ふと目線を下げ、右手に握っていた黒い銃を観察する。確かに握り手の下の方に、『NOAH』と彫ってあった。コレの名前か?
「……訊くが、貴様コレを一人で作ったのか?」
「え? そうだけど? け、結構イイ出来だと思うんだけどー……どう?」
これほど高度なモノを、こんな歳で……?
「ね、ねぇ、どうだった? どう? どう??」
「…………うるさいぞ。傷口が開くからそれ以上喋るな」
軽い身体を横たわらせたまま、俺は立ち上がって顔を背ける。ただ、勝手にこんな事を口走っていた。
「性能は悪くなかった。ご苦労だった、希紗」
「……ありがと、澪斗」
何故か、もう名を言われても不機嫌にならない。
「勘違いするなよ、俺はただ――――」
振り返ると、希紗はもう静かな寝息を立てていた。三日寝てないというし、もう限界か。調子に乗らないように言ってやるつもりだったが、それは次の機会にする。
希紗の寝顔は、幸せそうだった。少しだけ、その微笑が似ている。
……春菜……。
荒らされた監視室に、俺は一人立つ。足下に倒れる人間達。ふと、銃弾にヒビを入れられた鏡に気付いた。俺が切れて映る。
『命は世界に一つだけ……その意味がわかる? いろんな命がいっぱい世界にはあるけど、一つとして全く同じ命なんて無いの。自分の命も、大切な人の命も一つだけ。……そして、誰かにとって大切な人の命もたった一つ。だから聞いて、命はとっても尊いの』
初めて命について説かれた時。あの時俺は、なんと返事しただろう。もう思い出せないほど、遠い過去の記憶。
たとえこの道が間違っていたとしても。たとえこの先に闇しかないとしても。たとえ……破滅が待ち構えていようとも。
俺は進む。後戻りする道など己で絶った。貴女は決して許してくれないだろうが。
鏡からも顔を背ける。その表情は嘲笑だった。俺は滅多に自嘲などしないのに。
真を待っている間、俺は足下に転がっていたノアの弾に気付く。それを拾い上げて、俺はコレの殺傷能力が低かった理由を知る。
「……フン」
口元が自然と引き上がる。希紗め、ふざけおって……。
指でパチンコ玉を弾き落とし、小さな金属音が静寂に僅かに響く。右手に握っているノアが軽い。
『ノア』、か。
《希望》の名を持つ銃は、《絶望》への道を辿る俺にどのような未来を指し示すのだろうな……。
第三章『鏡』終演
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