表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/32

第三章『鏡』(4)

「では、どうかお願いします」


 銀行職員に深く頭を下げられ、俺達三人だけが監視室に残る。

「みんな、聞いてくれ。あの金庫室は壁が合金で、扉さえ死守すればエエわけや。そこでワイと澪斗は扉前で待機、希紗は監視カメラから観ていてや」

 俺達が雇われたという事は、まず間違いなく侵入者がある。だが、今回の侵入者はおそらく表の人間だろう。

「れ、澪斗」

「何だ女。気安く呼ぶな」

 僅かに怯みながら、女は俺を見上げる。この女、騒がしい上に馴れ馴れしい。俺は力を認めた者しか名を呼ぶことを許さん。

「こ、これ、使ってっ」

「は?」

 女が意を決して俺に突き出したのは、一丁の黒い銃。俺のマグナムとサイズは大して差は無いが、これは……カートリッジ式?

「ぜ、絶対役に立つから、だから……」


「断る」


 俺は躊躇もしなかった。当然だ。俺には、マグナムがある。

「う、どうして……」

「生憎、俺は二丁同時に扱えるほど器用ではないのでな。それに、役立たずの貴様が『役に立つ』モノを作れるとは思わん」

 女はひどく傷ついた表情で、ふっと視線を逸らした。退いたということは、少しは自覚があるのだろう。

「行くぞ真」

「……あァ」

 険しい表情の真を連れ、俺は金庫へ向かう。もう思考には女は片鱗も無かったのだが。


「澪斗」


「何だ」


「……希紗は役立たずなんかやない。希紗、アレを三日徹夜で作っとったで」

 あの銃のことか? 三日前からアレを?


 ……今は関係無いだろう。


「そんな事より、気を引き締めろ。ミスは許さん」

「それ、部長のワイの台詞やと思うんやけど?」

 貴様が言わないから先に言ったまでだ。真は苦笑で頭を抱えていた。こいつ、本当にあの《斬魔》なのか?

 俺が聞いた限りでは、《斬魔》は百数人を殺害した凶悪犯だという。しかも六年前の話だ、俺達はまだ年端もいかない子供だったはず。あの社長、俺に嘘を……?


「斬魔は何故こんな所で生きているのだろうな」


 横顔を見なくても、やつが何かが突き刺さった表情をするのがわかる。真は息を呑んで黙り込む。俺は本来詮索を好まないが、容易に他人の言う事を信じるほどお人好しではないのでな。

「……償うため、かなァ」

「何?」

「罪を償う手段で死を選ぶのは簡単や。たった一人が死ぬぐらいで償える罪やない……そういう事や」


「この世に未練があるのではないか?」


 綺麗事を言われるのが嫌いな俺は、ガラにも無く詮索を続ける。普段は他人の事など全く興味を持たないのに。俺の嘲りを含んだ言葉に、真は苦笑した。



「せやなァ、未練が持てる世界だったら良かったのにな」



 ……その苦笑は軽かったのに。何故だ、何故鳥肌が立つ? 俺が今感じているこの悪寒は? この男……!


「どした澪斗? 変な話してごめんな?」

「い、いや、すまなかった」

 何故俺は謝っている?

 震撼を隠し、平静を装う。俺は何故動揺しているんだ?

「さて、着いたな」

 真の声で我に返り、顔を上げる。ありきたりな巨大な円形の金庫扉が、そびえ立っていた。




「「……」」

 深夜の沈黙を守り警備すること四時間余り経っただろうか。途中で真が「しりとりでもする?」と馬鹿げた事を言い出したので睨んでやった。この男、本当にわからん。

 が、突如入る無線。やっと、か。

『真! なんか外に怪しい一団がいるのよ! どうしよっ、あれヤバくない?』

「わかった、そのままそいつら監視しとけ。こっちでなんとかするから」

『う、うんっ』

 回線の切れる音。ここまで来るのにたった一本しかない通路を睨む。


「なァ澪斗、あんたは少しぐらい動揺しないん?」

 あの女が緊張した声だったからか、俺にそんな事を訊いてくる。

「一々警備員が動揺してどうする」

「そりゃそうやけど。随分慣れるのが早いな、と思って。やっぱ、前の職業のおかげ? そもそも、なんでまた警備員に?」


 俺のあずかり知らぬところで勝手に東京裏社会に流れていた、誰が付けたか《消去執行人》という名。本社でも、誰もが知っていた。暗殺業もまた、守護業の天敵だからだ。


「……それは部長命令か」

 上司として、俺に教えろと?

「ちゃうちゃう。エエよ、言いたくなければ」

 なら訊くな。

 どうせ、真実は話さないが。俺の過去は、目的は……明かせない。




「どうした?」

 不審げに腕時計を見る俺に、真が振り返る。経験の差か、真には余裕が窺える。

「女の報告から、もう随分と経つ。ここに辿り着くまでの道は複雑ではないはずだ」

「セキュリティーのこと気にしてんのかなァ、やっぱ表の人間やろうし」

「……! 真、貴様はここを離れるな!」

「えっ? あ、ちょっと澪斗!」

 混乱している上司を残し、俺は走り出す。もと来た一本道を疾走しながら、舌打ちをしていた。

 愚かだった……!

 ここは大手銀行、誰が考えても複雑なセキュリティーが働いていると思われる。そして警察を恐れる表の人間は、セキュリティーを解除する方法を探す。普通、セキュリティーが解除でき、警備配置まで把握できる場所は。



 監視室!!



「あの女……っ」

 俺の脳裏にあの女の最後の顔が過ぎる。それだけで、脚が速まっていく。



 ――――失敗は許さない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ