表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/32

第三章『鏡』(2)

 銃撃戦の最中に、後ろにいた女が悲鳴を上げる。撃たれたか? いや、一発も俺の後ろには通していない。なら……?


「やめてっ、嫌っ! いやあぁぁぁっっ」

「真! そこのうるさい女をどうにかしろ!」

「希紗っ」

 銃声からかばうように、真が女の所まで駆けつける。俺が排除を実行している間、嗚咽のような泣き声が背後からする。……鬱陶しい。

 噴き出す紅、四肢が床に落ちる鈍い音、充満していく鉄の臭い。

 全て、飽きるほどに慣れた感覚。


 最後の一人になり、侵入者は逃げだそうと背を向ける。俺の脚は自然と追って走り出していた。残った弾は一発、始末する人間は、一人。


「……終わりだ」


 狙いは絶対に外さない。部屋から飛び出して、逃げる男の背中を撃ち抜いた。無論心臓、その右心室。銃声が轟き、それを終止符にして場は静寂を取り戻す。



 ……ふと、足下に倒れている侵入者の中に、まだ生存している者を見つけた。気絶しているだけだ。真が最初に倒したやつらか。

 何故死んでいないんだ? そもそも、何故やつは木刀を扱う? 確か斬魔は刃物で殺戮をしていたはず……。

「希紗っ、希紗……」

 振り返ると、真があの女の身体を支えて膝をついている。無傷なのに、女に意識が無い。一体何なんだ、この女は。

「真、何だそのお――――」

「澪斗! なんで勝手な行動をした!」

 俺の眼を真っ直ぐ睨み、真はその激情を口にする。純粋な憤怒。


「……俺は裏警備員として侵入者を排除したまでだ。何か文句があるのか」


「どうして……最後のやつは、殺すことなかったやろっ。他のやつらだって……!」


「貴様、何を言っている?」


「……」

 昨日の事といい、何故こいつは怒っているんだ? まさか、真は殺しを……。



「…………簡単に人を殺すな、などと言うのではあるまいな?」



「っ、」

 真は唇を噛み、俯く。どうやら図星らしい。俺は呆れつつ、僅かに驚いていた。

「ワイは……ワイには、そんな事言う権利なんてあらへん」

「だろうな。今更貴様が、何故殺人を否定する?」


「……理屈やない。ただ、嫌なんや……人が死ぬんは。その人の積み上げた過去があって、未来があるのに、それを一瞬で絶つことなんか……」


「《斬魔》の台詞ではないな」

 俺の言葉に、真は深く俯く。女を支える手が震えていた。俺の関心は、《斬魔》から女に移る。

「それで、何なんだその女は」

「希紗はな、拳銃が駄目なんや」

「は?」

「拳銃にトラウマがあって……それ以来、銃声にも震えが止まらんそうや」

「トラウマだと? そんなことで裏で仕事が出来ると思っているのか」

「人にはどうしても駄目なモノがあるやろっ。あんたは少しでも人を思いやれんのか!」

 真の視線は鋭い。自分が責められている時より憤っている姿に、俺は怪訝な表情をする。こいつは、自分より他人を重んじるらしい。

「……他人を思いやって、何の利益がある。裏社会では必要無いものだ。貴様も内心ではわかっているだろう?」

 この社会に足を踏み込んで、俺は最低限必要なモノ以外は捨てた。無駄なモノは重荷となり、いつか弱点になる。それは周知の事実だ。

「わかっていて、それでも尚ワイは言っとる。守護は個人プレイやない」

「違うな。規模にもよるだろうが、俺は一人で護りきれる」


 根拠は俺の腕だ。俺は今まで、本社にいた頃から一人で護ってきた。援護も補助も必要無い。だから、他人を想う必要性もない。


「……コレを処分したら、俺は配置場所に戻る。貴様はその役立たずの女をどうにかしてやるんだな」

 何の感情もこもっていない声色で、俺はそれだけ言って死骸の処理に入る。真の怒気を今度は全身に感じたが、俺達はもう言葉を交わさなかった。真が怒る理由がわかった今、もう俺が言うべき事は何も無い。




 ……今日も紅い鏡を見る。紅い男の表情は、昨日と何ら変わらない。ふと、幼少の頃聞いた声が蘇る。


『澪斗、――、あのね、命は世界に一つだけなんだって』


 高い声、輝いた笑顔。俺が奪った、ガラス細工のような透明な心。

 紅い鏡は、俺につかの間過去の幻影を見せた。俺は、鏡と相対するこの感覚を昔から知っている。


 そうだ、俺は――――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ