第三章『鏡』(2)
銃撃戦の最中に、後ろにいた女が悲鳴を上げる。撃たれたか? いや、一発も俺の後ろには通していない。なら……?
「やめてっ、嫌っ! いやあぁぁぁっっ」
「真! そこのうるさい女をどうにかしろ!」
「希紗っ」
銃声からかばうように、真が女の所まで駆けつける。俺が排除を実行している間、嗚咽のような泣き声が背後からする。……鬱陶しい。
噴き出す紅、四肢が床に落ちる鈍い音、充満していく鉄の臭い。
全て、飽きるほどに慣れた感覚。
最後の一人になり、侵入者は逃げだそうと背を向ける。俺の脚は自然と追って走り出していた。残った弾は一発、始末する人間は、一人。
「……終わりだ」
狙いは絶対に外さない。部屋から飛び出して、逃げる男の背中を撃ち抜いた。無論心臓、その右心室。銃声が轟き、それを終止符にして場は静寂を取り戻す。
……ふと、足下に倒れている侵入者の中に、まだ生存している者を見つけた。気絶しているだけだ。真が最初に倒したやつらか。
何故死んでいないんだ? そもそも、何故やつは木刀を扱う? 確か斬魔は刃物で殺戮をしていたはず……。
「希紗っ、希紗……」
振り返ると、真があの女の身体を支えて膝をついている。無傷なのに、女に意識が無い。一体何なんだ、この女は。
「真、何だそのお――――」
「澪斗! なんで勝手な行動をした!」
俺の眼を真っ直ぐ睨み、真はその激情を口にする。純粋な憤怒。
「……俺は裏警備員として侵入者を排除したまでだ。何か文句があるのか」
「どうして……最後のやつは、殺すことなかったやろっ。他のやつらだって……!」
「貴様、何を言っている?」
「……」
昨日の事といい、何故こいつは怒っているんだ? まさか、真は殺しを……。
「…………簡単に人を殺すな、などと言うのではあるまいな?」
「っ、」
真は唇を噛み、俯く。どうやら図星らしい。俺は呆れつつ、僅かに驚いていた。
「ワイは……ワイには、そんな事言う権利なんてあらへん」
「だろうな。今更貴様が、何故殺人を否定する?」
「……理屈やない。ただ、嫌なんや……人が死ぬんは。その人の積み上げた過去があって、未来があるのに、それを一瞬で絶つことなんか……」
「《斬魔》の台詞ではないな」
俺の言葉に、真は深く俯く。女を支える手が震えていた。俺の関心は、《斬魔》から女に移る。
「それで、何なんだその女は」
「希紗はな、拳銃が駄目なんや」
「は?」
「拳銃にトラウマがあって……それ以来、銃声にも震えが止まらんそうや」
「トラウマだと? そんなことで裏で仕事が出来ると思っているのか」
「人にはどうしても駄目なモノがあるやろっ。あんたは少しでも人を思いやれんのか!」
真の視線は鋭い。自分が責められている時より憤っている姿に、俺は怪訝な表情をする。こいつは、自分より他人を重んじるらしい。
「……他人を思いやって、何の利益がある。裏社会では必要無いものだ。貴様も内心ではわかっているだろう?」
この社会に足を踏み込んで、俺は最低限必要なモノ以外は捨てた。無駄なモノは重荷となり、いつか弱点になる。それは周知の事実だ。
「わかっていて、それでも尚ワイは言っとる。守護は個人プレイやない」
「違うな。規模にもよるだろうが、俺は一人で護りきれる」
根拠は俺の腕だ。俺は今まで、本社にいた頃から一人で護ってきた。援護も補助も必要無い。だから、他人を想う必要性もない。
「……コレを処分したら、俺は配置場所に戻る。貴様はその役立たずの女をどうにかしてやるんだな」
何の感情もこもっていない声色で、俺はそれだけ言って死骸の処理に入る。真の怒気を今度は全身に感じたが、俺達はもう言葉を交わさなかった。真が怒る理由がわかった今、もう俺が言うべき事は何も無い。
……今日も紅い鏡を見る。紅い男の表情は、昨日と何ら変わらない。ふと、幼少の頃聞いた声が蘇る。
『澪斗、――、あのね、命は世界に一つだけなんだって』
高い声、輝いた笑顔。俺が奪った、ガラス細工のような透明な心。
紅い鏡は、俺につかの間過去の幻影を見せた。俺は、鏡と相対するこの感覚を昔から知っている。
そうだ、俺は――――。