第二章『My Name』(5)
「ここね……」
息を呑んで、私はメモを握り締めて寂れたビルを見上げる。ここの三階が、『ロスキーパー中野区支部』の事務所。意を決して階段を昇っていく。
あのヤな男はもう来てるのかな……?
部長って、どんなに怖い人なんだろ?
すっごいムサイおっさんだったらどうしよう……。
いや、いきなり襲いかかってくるとか……。
そうよ、殺人鬼よ、あの《斬魔》よ!? 狂ったヤツに決まってる……。
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう……!
……そんなこんなと考えてる内に、私の目の前に古い扉。ドアノブを握り、ゆっくりと中を窺うように入る……。
「……おはよーございまーす……」
そーっと足を踏み入れる……二つ並んだ机と、それより大きめの机が一個。それと、接待用らしきソファ。あの淡緑色した髪の男は、既に机に座って腕を組んで黙っている。そして、もう一人。
「あァ、おはよう」
入って戸惑っている私に、優しく声がかけられる。あれ? この声……?
「あ、あの時の……!」
私を助けてくれた人だ。金髪で浅黒い肌して、関西弁の人。なんでココに?
「えっと、『希紗』ゆうたよな。あんたの席は澪斗の隣りや。……どうした?」
じーっと顔を直視していた私を、不思議そうに見やる。はっとして我に返った。
「あ、あの、部長さんは?」
「へ? ワイやけど?」
えええええええぇぇぇえぇ!?
この人が!? た、確かに強かったけど……こんな……だって、『霧辺真』は斬魔で……。
「あなたが霧辺真……? だ、だって……」
失礼なくらい動揺している私に、男の人は苦笑した。……なんだろう、少し悲しい笑顔……。
「そう、ワイが霧辺真。社長からワイの身の上は聞いとると思う。……まァなんちゅーか、よろしくな」
もうあの悲しい笑顔じゃなくなる。若者らしくないけど、軽い笑み。何故か安心できる。
「うん、よろしく」
私も笑顔になる。あれ以来笑ったことってなかったのに。
「……馴れ合いはそれくらいにしておくんだな。霧辺、仕事は無いのか」
「『真』でエエよ。今ンところは依頼を一件本社からぶん取ってきたが……」
あの淡緑髪の男、なんかいつも怒ってる感じ。もしかして、あれが素なの?
「なら早くその話をしろ。無駄話は時間の浪費だ」
「なによあんた、最初くらい会話は必要でしょ!」
「何の為にだ。黙れ女」
「ムカつくーっ! 私にだって名前があるの!」
「黙れと言うのが聞こえんのか」
真より若そうなのに、男の言葉は年寄りっぽいし、何故か醸し出される威厳。なんだか無性に腹が立つわ!
「まァまァ、二人とも落ち着いて……」
「だって真〜っ」
「その口は閉まらんのか女」
「だから女じゃないくて! 私はっ!」
「初日からケンカするなって〜」
たった三人で賑やかになる小さな支部。私達の物語はここから始まっていく。
――――城二、摩耶、キース……ねぇみんな、今私、みんなに胸張ってられるかな? 頑張るよ、私。誰よりもすごいメカニッカーになるから。みんなの分もね。
「私は希紗。安藤希紗! 覚えておきなさいよっ、天才メカニッカーの名前を!!」
第二章『My Name』終演
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