第二章『My Name』(4)
私がロスキーパーに入社して一ヶ月ぐらい経った日の事。急に、社長から私に呼び出しが入った。小走りで社長室に向かう。
エレベーターに乗ろうとしたら、扉が閉まりかけて私は身体を挟まれる。
「痛っ」
中に乗っていた若い男の人が、無関心そうに私を見ている。その細い指はエレベーターの『閉』ボタンを押したまま。
「ちょ、ちょっと助けてよ!」
「……乗りたいのか?」
「この状況で『ちょっと顔を突っ込んでみました』って人がいると思うの!?」
私の言葉に何かを思うことなく、男は『開』ボタンを押す。全く興味無さそうな目をしてる。よく見れば、髪は淡緑色。……染めてるの?
「「……」」
なんか気まずい空気。私はこういうの大の苦手。なんだかこの人、すっごく近寄りがたいオーラをまとってる。でも顔はかなりの美形。まだ二十歳いってなさそうだけど……。
エレベーターは沈黙を破って最上階に着く。私達は同時に降りた。
……ん?
「……何故ついてくる」
「それはこっちのセリフよ!」
「俺はここに用がある」
「私もよっ」
「耳障りだ、一々大声を上げるな」
「何ですってぇーっ!?」
何なのコイツ! かなりムカつくんだけどっ! 偉そうにしちゃって、腹が立つわ!!
「貴様は後にしろ。俺が先に入る」
「嫌! 私が先よっ」
社長室の前で私達はいがみ合う。最後には二人同時に両扉を押し開けていた。
「やぁ、待ってたよ。二人とも」
「へ? コイツも私と一緒に呼んだんですか?」
「コイツとは何だ。貴様俺を侮辱する気か」
「あんたなんか『コイツ』で充分よっ」
「貴様、女だと思って聞いていれば勝手な事を……!」
男の瞳は殺気を放ち出す。私も負けじと抵抗してみる。風薙社長が軽く手を打って、私達を振り向かせた。
「うんうん、若くて元気で結構だね。希紗、澪斗、君達に今日は大事な話があるんだ」
「何だ。手短に話せ」
何その態度ー!?
私の横の男は、社長に対して有り得ないぐらい偉そうにする。っていうか何様? 私は色々動揺しつつ、社長の大事な話の内容が気になった。
「実はね、都内にもう一つ支部を作りたいんだ。あくまで試験的に、だけど。そこで、君達をそこに配属しようと思ってね。どうかな?」
「人事異動か。そんな事、社員に一々聞かずとも、社長の意向でなんとでも出来るだろう。何故俺達にわざわざ訊く?」
悔しいけど、私も同意見。『行け』の一言で異動なんてどうにでもなるはず。
「私は社員の意見を大事にしたいからね。……それと、重要な点がもう一つ」
風薙社長は人差し指を立て、澄んだ瞳で私達を見つめる。瞬間、何かに私は気圧された。
「君達の上司になる人物、部長について、私から言っておかなきゃいけない事があるんだ。……今から六年前になるかな、連続殺人犯『斬魔』の件は知ってるかな?」
私がまだ小学生だった頃の話だ。あの時、大人達がすごく騒いでた。結局、子供には何の被害も無かったけど。
「知ってますけど、それが何か?」
「うん、単刀直入に言うとね、君達の部長になる人間が《斬魔》なんだ」
微笑みでさらっと言い放った社長に、私は固まる。つまり。
「え、えええぇぇー!?」
私の反応は決してオーバーではないはず。だって斬魔って死んだはずだし……しかもそんな人間が部長!? なのに、横の男は微動だにしない。混乱してるのは私だけ?
「……名前は?」
淡緑髪の男は、低い声でそれだけ言う。社長も何気なく返す。
「霧辺真」
「そうか」
いや、『そうか』じゃないでしょっ! 一体どういう頭してんの!?
あれ? 『霧辺真』? どっかで聞いたことあるような……?
「話はそれだけか」
「うん、これで終わり。どう? 二人とも行ってくれる?」
「……異論は無い」
それだけ言って、男は部屋から出ていこうとする。社長が首を捻って声をかけた。
「了承してもらって嬉しいけど……澪斗、本当にいいのかい? 殺人鬼だよ?」
その声が少し楽しげに聞こえるのは、私の気のせいなの?
「フン、俺を殺そうとした時は殺る。……それだけだ」
冗談を微塵も含んでいない声色で、男は出ていった。
「希紗、君はどう?」
「私は……」
殺人鬼と、あの男と、三人で? なんか殺されに行くようなものじゃない! きっと出勤初日に私は死ぬんだわ……。
「そこでなら、メカニッカーとして動けると思うよ。とりあえず行くだけ行ってみない?」
う……。
「えぇーいっ! わかりました! 行ってきますよっ」
なんだか半分自棄状態で、私は腕を振った。社長がクスクスと笑い出す。
もうこうなったら、とことん私の道を突っ走ってやるわ!