第二章『My Name』(3)
目が覚めたら、私は知らない明るい部屋に寝ていた。柔らかいベッドから、上半身を起こしてみる。
「よかった、気がついたのね。気分はどう?」
白衣を着た女性が、背もたれのある椅子から立ち上がってこっちへ来る。私は不思議そうにその人を見ていた。
「私は……?」
「覚えてない? あなた、霧辺君に運ばれてきたのよ」
みんなは……?
――――フラッシュバック。
反転、紅、銃声、銃声、銃声。
城二も摩耶もキースも、殺さ――――。
「嫌っ、いやあぁぁっ……!!」
頭を押さえて、私は首を振る。銃声が耳にこびり付いて離れないっ。
嘘よっ、嘘よそんなの! 受け入れられないっ、こんなのって!
だって昨日までみんな遊んでいたじゃない! みんなで……みんなで!
「いいわよ、落ち着くまでここに居て。気持ちが整理できたら、社長に会いにいってね」
保健室の先生みたいな女性は、優しく微笑む。
「社長って誰? ここはドコなの?」
まだ心の中はぐちゃぐちゃなまま。でも、違う事を考えることで、少しでも忘れたかった。
「そうね……詳しい話は社長から直に聞いたほうがいいと思うけど、何にもわからないと不安よね。ここはある警備会社なの。あなたが偶然会った高齢の男性が、私達の社長なのよ」
あの時ぶつかったおじいちゃんだ。警備会社?
「社長室は、最上階にあるわ。わかりやすいから大丈夫」
お辞儀をして、私は医務室を出ていった。広くて明るい通路、青色の制服を着た人達。私の好奇心は、現実を忘れようと働いていた。
エレベーターを見つけて最上階へ。
本当に社長室はわかりやすかった。だって、エレベーターのすぐ前に一枚の扉があるだけなんだもの。何これ。
「社長、ワイは賛成できませんっ」
扉の奥から若い男の人の声が聞こえた。この声、どこかで聞いたことがある……? 私は、扉に耳をそばだてた。
「どうしてかな? いい考えだと思うんだけど」
「あの嬢ちゃんは、かなり精神的にショックを受けとります。なのにっ」
……え? もしかして、私?
「でも、表に返せるかな? ……それに、彼女には素質があるよ。気付いたかい、彼女があの時、とっさに無意識で私をかばおうとしたのを」
「……気付いてました。普通、あの状況下での行動じゃない。ですが、こんな社会になんてなるべく居ない方がエエのは、社長もわかっているでしょう!? あの子はまだ若すぎます。まだ……!」
「なるほど。じゃあ実際に本人に訊いてみようよ? 私達が話し合うより、その方が早い。……さぁ、入っておいでよ」
私は跳び上がるほど驚く。バレてた!?
「し、失礼しまーす……」
ぎこちなく扉を押し開け、恐る恐る入室する。大きい机に椅子が一つの、簡素すぎる部屋が広がっていた。
椅子に腰掛けて微笑みながら私を見ているおじいちゃんと、振り返った若い男の人。あ、あの時の人達だ。
「社長、ワイは席を外します」
「ありがとう、真」
金髪の男の人は、私に寂しい笑みを見せて部屋から出ていってしまった。
「はじめまして、私は風薙。ここは裏警備会社『ロスキーパー』だよ」
「裏っ? ここは裏社会なの!?」
「そうだよ。ちょっと驚いちゃったかな?」
ちょっとどころじゃない。今すぐここから逃げたい気分だった。でも、怖くて私はもう外へ行けない。逃げる場所も、無い。
「君にも色々と事情があるようだけど、どうかな、ココに入社しないかい?」
にっこりと風薙っていうおじいちゃんは微笑む。全然裏社会らしくない。
私は、どうすればいいの? 怖くて、どうしようもなく怖くて、裏社会になんていられない。でも、表だってもう嫌。全てが怖い。
「私、何も出来ないの……。みんなを置いて逃げてきて……私はっ」
「出来るよ。君にはまだ、出来るコトがたくさんある。……多くのモノを護れる。君の瞳の光は、まだ完全に消えていない。私はその可能性を信じているんだ」
真っ直ぐ、風薙のおじいちゃんは私を見据える。なんだろう、全部見透かされているような、不思議な感覚。
「裏社会でも……いや、闇の世界だからこそ、そこには光があるんだ。もし良ければ、私に手伝わせてくれないかい、君の夢を」
私達の夢だった……一流メカニッカー……でも、私だけで……。
「選択権は君のモノだよ。生きる支え、私のもとで見つけてみないかい?」
「……いいわ、やってみる」
だって他に道が無いじゃない。私の人生だもの、足掻くだけ足掻いてやるわ。
「嬉しいよ。そうだ、まだ名前を訊いていなかったね」
「私は、希紗。安藤希紗」
「そうかい。……希紗、最後に一つだけ」
風薙社長の微笑みが薄れ、少しだけ真剣さが宿る。それだけで、私の身体は硬直した。
「……何かを護ろうとした時、君はその代償に大切なモノを失うかもしれない。それでも君は、護るかね?」
大切なモノを……それは怖いけど、でも、私は。
「護るわ。《私自身》を失わない限りは」
「合格だね」
とても嬉しそうな笑顔になって、風薙社長は頷いた。
その後すぐに、私は本社の中で事務担当に配属されていた。本社からは一歩も出なくていい。
でも、あの日の事は毎晩悪夢となって私を襲い、作り笑いさえできなくなっていた。