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第二章『My Name』(2)

         ◆ ◆ ◆



「……まったく、こんなに買ってどないするつもりです?」


「いいじゃないか〜、私は趣味には目が無くてねぇ」



 賑やかな繁華街から少し離れた街角で、ちょっと浮いた二人組みが歩いていた。後ろで腕を組んで歩く小柄な老人と、その斜め後ろで荷物を抱えた金髪関西弁の若者。親子……には見えない。

「こないなモンで遊んでる暇なんてないでしょうに……」

「甘いね、私は毎日退屈でしょうがないんだよ。退屈しのぎにこんなコトしかできないのさ。あ〜ぁ、愉快なことはないかなぁ?」

 その言葉を聞いて、若者は怪訝な表情で自分の抱えている荷物を見やる。チェスセットにジグソーパズル、スケッチブックと刺繍道具。いきなり呼び出されて仕事かと思いきや、彼はこの老人の趣味の買い物に付き合わされたのだ。

「君も今度一緒にどうだい? なかなか楽しいよ」

「遠慮しておきます。ワイはチェスとか知らんので……大体、仕事がありますから」


「もー、相変わらず娯楽を知らないね。チェスは頭の運動になるんだよ? 痴呆防止にもなるんだってさ〜、真、知ってた?」


「……社長、ワイはまだ二十一なんですが……」


 がっくりと若者は肩を落とす。チェスの痴呆防止効果は知らないが、今の自分にはまず必要無いだろう。それに、この老人だってボケるような人間ではないことを、彼は知っていた。

「あ、ねぇねぇ真、近道していこうよ」

「へ? ……やめておいた方がエエですよ社長」

 暗い裏路地を指差す老人に、若者は首を振る。ここ東京は、路一つで世界が変わる。老人が示した路は、明らかに裏社会に繋がっていた。まぁ、彼らだって表の人間ではないのだが……。

「無駄に危険に近づかんでください。言いますやろ、『犬も歩けば棒に当たる』って」

「ふふ、真、君はその言葉の裏の意味を知ってるかい?」

「裏の意味?」


「世界には光と闇がある。表があるならば、必ず裏が存在する。一方だけを肯定することは不可能なんだよ」


「はァ……?」

 首を捻る若者に微笑み、老人はズンズンと裏路地に歩んでいってしまう。焦って若者もそれを早足で追う。大人五人の横幅くらいありそうな、広い路だった。

「『犬も歩けば棒に当たる』、主に不運な目に遭う事を指すね。でも、もう一つの方では幸運にぶつかる事を言うんだよ。……さて、私はどちらに遭えるかな?」

 老人の楽しそうな声。若者は不満そうな表情で小さくため息を零す。

「社長、いっつもこんな事してはるんですか?」

「うん、そうだよ。不思議と私が外へ出かけると素晴らしい人材に出逢えてねぇ。そうそう、この前さ、面白い子をスカウトしたんだよ。真も知ってるんじゃないかな、消去執行人、エクス――」

 二人の前に、T字路が現れる。彼らの本社に行くには右に曲がれば良いはず。老人が喋りながら一歩曲がり角に踏み出した時。



「きゃあっ!」


「社長っ」


 いきなり左から飛び出してきた少女に、老人は倒れる。だが若者は、倒れた老人と少女を飛び越えて少女が飛び出してきた左角に立った。

 感じた気配通り、おそらくこの少女を追っているのであろう黒スーツの男三人が駆けてくる。全員拳銃を突き出して若者ごと撃とうとしていた。


「なんかようわからんが、嬢ちゃん一人に大人げないやんか」


 若者の片腕には一本の木刀。放たれた銃弾を、一発も後ろの二人に飛ばすことなく、若者は木刀で弾き返す。男達が怯んだ。

「……あんさんらが何モンかは知らんがな、ワイの目の前で傷つけさせへんで」

 老人に絶対的な忠誠を誓う若者。そしてこの若者は、いきなり現れた少女も護ることに決めた。特に理由は無い。ただ、護りたいと思ったから。

「関係無い人間はどけ! 死にたくなければな!」

「そりゃ死にたくはないけどなァ、ワイこーゆーのは見逃せへんタチでな」

「ならば排除する!」

 ちらっと背後を見て、まだ倒れた体勢のままの二人を確認する。傷一つ付けさせないことを決めて。

 まず自分を狙ってきた銃弾を木刀の刀身で弾く。そしてそのまま突っ込んで、一人目を薙ぎ払う! 次に向かってきた弾丸は避け、ビル壁に突き刺さる。上空に跳んで、後頭部を切っ先で強打! 最後の足掻きをみせた男には右脚で鳩尾を蹴り飛ばし、壁に叩きつける。

 十数秒で全員が気絶していた。若者はまだ片腕に荷物を抱いたままの体勢で。


「……ま、こんなモンか。社長、怪我はありませんか?」

「うん、私はね。それより……」

 老人は身体を起こし、自分をかばうように抱きついている少女を見る。長い茶髪に作業服を着た、まだ幼さの残る少女だ。

「嬢ちゃん、大丈夫か? もう心配せんでエエよ」

「わ、わ、私……みんなが……!」

 少女は、怯えきった顔で若者を見上げる。若者は優しい笑顔で少女の背をさすって抱く。

「大丈夫、安心してエエよ。もう怖くないから……」

「みんなっ、みんなー……っ!」

 若者にきつく抱きついて、少女はそのまま意識を失った。



         ◆ ◆ ◆



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