第二章『My Name』(1)
第二章『My Name』
酸化した金属のツンとした臭いと、油のベタベタとした感覚。日が暮れるまで、私達はずっと工具道具を手放さなかった。
私は、この日々が好きだった。
「希紗、顔黒くなってるぜ」
「え、やだ、ドコ?」
ボロボロになった作業服で私は顔を拭う。指摘してくれた城二は、笑って私の顔を指差した。
「気にすることないわよ、だって希紗は全身真っ黒だもの」
「ははっ、そうだね、希紗はもう僕より黒いや」
少し距離を置いて作業をしていた二人も、顔を上げて笑う。摩耶と、黒人のキース。私は頬をふくらませて必死に顔を擦ってみる。
都内の廃棄工場側の、粗大ゴミ捨て場。すぐ近くにそびえ立つビルの群れ。私、安藤希紗と城二、摩耶とキースはいわゆる『表のストリートチルドレン』、みたいなものかな。ただ私の好きな事をしたくて、家も飛び出して。私達の夢、一流のメカニッカーになること。
私達四人は事情は違うけれどみんな同い年。みんな機械を扱うのが大好きだから、まだ修理できそうなゴミをいじって直し、売って生活しながら、自分の腕を上げてる。
私の格好はもとは白かった、長袖長ズボンの作業服だ。今は真っ黒だけど。
「うるさいっ! もういいわよっ」
三人が笑う。なんだかつられて私も笑っていた。
大好きだった。こんな生活がいつまでも続けばいいと、若すぎる私は裏社会で夢見ていた。
◆ ◆ ◆
「なぁっ、コレ見てみろよ!」
修理した機械を売ってきた城二が、遅く帰ってきたと思ったら、うかれてそう言い出した。その手には、最新型のディスクプレイヤー。
要は小型のテレビのようなもので、読みとり専用の端末だ。中にディスクまで入っている。
「どうしたの、それ?」
「東京駅の人混みの中でスッてきたんだ。ちょろかったぜ」
「盗んできたのかい? ダメだよ、返さなきゃ」
気が優しいキースが、首を振る。でもスリより、私が興味があったのは……。
「堅いこと言うなよキース。気にならないか? コレ解体してみてぇー」
機械好きの私達は、まずそう思う。一体内部はどうなっているんだろう? どんな部品が使われているんだろう?
「確かに、気にはなるけど……」
キースの心が揺れる。摩耶が最後に、もう一押し。
「ねぇ、せめて中に入ってるディスクぐらい見てみない? ちょっとだけ」
「う、うん」
「よし!」と城二が再生ボタンを押す。やがて小さな画面に明らかに欧米外人と思われる偉そうな男が映り、喋りだした。
「「「え??」」」
私達には、何て言ってるかわからない。ようやくそれが英語だとわかる程度で、早口の男の言葉が聞き取れない。
「……まさか?」
唯一、キースだけが口を押さえる。真剣な顔で彼は男の言葉を聞いていたが、すぐに映像は終わった。
「キース、今の何て言ってたの?」
「うーん、聞き取れたのはちょっとだけど……。なんか、『バベルの塔』とか、『EU連合』とか?」
「なんだそりゃ?」
「さぁ?」とキースも首を捻る。四人そろって黒くなったプレイヤーの画面を見ていた時。
「おい、お前達!」
大人の声がした。私達は弾かれたように声の方を見る。黒いスーツでサングラスをした怖そうな男の人達が、三人。
「何?」
「お前達、黒のディスクプレイヤーを知っているな?」
私達の顔にうっすらと冷や汗が伝う。城二がスッたコレ!?
「知らないわ、何のこと?」
私が一歩踏み出て笑顔を返す。口には、自信がある。
「そうか。おかしいな、あのプレイヤーには発信器がつけてあるのだが」
金属が落ちる音。振り返ると、城二があのプレイヤーを落としてしまっていた。起動しているのを見れば、内容を観てしまったのはバレる。戦慄が走る……!
「やはりお前達か。見たのだな。……消えてもらおう」
「っ!?」
大人達が一斉に拳銃を私達に向けるっ。そんなっ、いきなり!?
「希紗っ」
動けない私の前に、キースが飛び込んでくる。直後、彼と共に私は揺れた。
「キース!」
キースの胸に紅い点。その紅は段々広がっていって、彼の身体は力無く私に倒れてくる。撃たれた……の?
「きさ……、『Weapon』……」
「キース!? キースっっ!!」
キースにしがみつく私を、城二が強く引っ張る。次の銃弾が私達を狙っていた。キースを残して、私を引く城二と摩耶は走り出す。
「城二っ、キースが!」
「今は振り返るな!!」
城二は唇を噛んで激しい感情を堪えていた。大人達が追ってくるなか、細い路地を三人で駆ける。
銃声で、横を走っていた摩耶が倒れる! 城二は止まり、私の腕を離した。
「先に逃げろ、希紗!」
「そんなことできるわけないじゃないっ!」
「行って、希紗……っ」
摩耶の微かな声。城二が追ってきた男に体当たりを喰らわせる。摩耶も血塗れの身体で大人の脚を掴んだ。
「お前の脚なら逃げ切れる! 行けぇっ!」
涙が流れるのも気付かず、私は背を向けて走り出していた。
なんで、なんで、なんで!!
どうしてっ、どうしてこんな事になったの……っ!!
……銃声が響く。友の最期の叫びが、背後に遠く――――。