残酷な現実
「なんでお母さんから電話がかかってくるんだろう…どうしよう、出たほうがいいかな?」
彼女はソワソワしている。
「多分だけどさ、旦那か子供が心配になって、姫ちゃんのお母さんに連絡いれたんじゃない?理由は一晩たっても戻ってこないからじゃないかな?それにお母さんとこにもいない訳だし、お母さんも心配で電話してきてるんだと思う。」
「じゃあ電話出たほうがいいの?私……なんて答えていいかわからないよ…。」
「とりあえず今までの旦那の悪行を言って、それから俺の事話せばいいんじゃない?俺の事は言いたくなかったら後回しにしてもいいから、とにかく旦那が子供にした事で頭にきて家飛び出したって言えばいいと思うよ。」
「………わかりました。」
ここで敬語!?私は凄く嫌な予感がしてきた。彼女が敬語を使う時は悪い事が起こるイメージしか浮かばない……。
「やっぱりさ、無視してもいいんじゃないかな?まだ姫ちゃん心の整理ついてないみたいだしさ。」
私はとっさにそう言っていた。
「ごめんさい。…そうかもしれないけど、私……、お母さんには心配かけたくないから電話します。」
私は何も言わず、彼女のやりたいようにさせた。この選択を、私は今でも後悔している。是が非でも電話させるべきではなかったと思う。この選択をしたばかりに駆け落ちは見事に無かった話しになるのだ。あの時強引にでも電話をやめさせ二人で何処かに行ってしまえばよかった。もしかしたら、どのみち無駄なあがきかもしれないが、何もしなかった事に、後悔の念が後を絶たないのは事実だ。
「………もしもし、お母さん。私です。心配かけてごめんさい。私は元気だよ。でもね、もう家には帰りたくないの。このまますきにさせてください。もう耐えられません。」
彼女も最初はよかったと思う………。でも少し話しているうちに……………。
「わかりました…とりあえず今回は家に戻ります。話しを聞くだけ聞いてみます。子供達も心配だしね。またこっちから電話します。またね。」
!? !? !? はい?家に戻る!?何言ってるの?どういう事?昨日の事はなんだったんだ?俺はただのピエロなの?もの凄く決心して…これから彼女を何が何でも守って行くって決意したのに……今行われてる電話のやりとりは何だ?
私の頭の中があらゆる事で侵されていく…これはまだ夢の中なのか?これから彼女と一生をともに生きると自分に誓ったんだ!きっとこれは夢だ!私の心が夢見てるに違いない。そう思っていた………………………
「ごめんね…私、家に戻ってもう一回話しあってみる事にした。旦那もやり過ぎたみたいで反省してるみたい…お母さんには、そう言ってきたみたいだから、子供達の事も心配だったし、一度家に帰ってみるね。」
「……わかった……。」
私にはこう言うしか残されていなかった……………。
やはりこの一連の事はどうやら夢ではなく現実らしい。私は何が何だかわからなくなってきている。理想と現実……この間を人間は無情にも行き来する生き物だ。私も、その一人となってしまっていた。私は………………………………………………………………………彼女の一時の感情に躍らされていた哀れな人間の一人なのだろうか……?。少なくとも、こちらは本気で愛していた。彼女さえいれば、他にはなにもいらないとまでも思っていたのに…現実はあまりにも残酷だと思えて仕方ない。結局のところ、私の独りよがりでしかない事が今回の事で不運にも証明されてしまった。これは、紛れも無い事実であり現実だ。この時の私は、それを受け入れるしか残された道はなかった………。なぜならば、この時の私には彼女と別れるという選択肢が残念ながら存在していなかった。私は馬鹿で愚かだ……。でも……どんなに心を傷つけられても当時の私は彼女の事を愛してやまない人間だった…………。
私は…彼女の事を家まで送り届けた。車中、何もする事が出来ない自分自身に嫌悪感すら感じていた。私は彼女の事になると…………本当にダメな男だと痛感するが、それでも彼女を嫌いになんてなれない。私はこれからどうやって彼女に接すれば良いのだろう…。
「またね。なんかあったらすぐ呼ぶんだよ!いつも傍には俺がいるからね!それじゃあまた………。」
「うん、本当にごめんさい。でも………、あなたの気持ち凄く嬉しかったよ!また連絡するね。」
そんな台詞は聞きたくなかったんだ。出来れば今は、別れの台詞を言って欲しかった。そう言ってくれないと、私はまた彼女を助けてしまう…。……裏切られたのに…………またきっと助けてしまう。どうせならこの呪縛から救って欲しかったんだ…。私からは…別れようという選択肢がないのだから…………。私は……どこまで彼女の虜なのだろうか?
私は………彼女にとって、どういう存在なのだろう…………………………………私は今それが知りたい……………………………………
そして数日後、彼女から連絡が届く事になる。
あの日から私は、頭がおかしくなりそうだった。こんなにも苦悩を味わった事は今までで一度もない。
それでも………私は連絡を待っていたんだ。彼女からの連絡を……。