新卒社会人、ゴタンダーになる
――20XX年、春。
世界は混迷を極めていた。
大企業のリストラ、物価の上昇、増税、社会保険料の負担増。ニュースをつければ将来不安を煽るような話題が流れ、SNSを開けば誰かが会社か政治か社会そのものに不満をぶつけている。若者の労働意欲は低下している、夢を持てない時代だ、そんな言葉も珍しくなくなった。
そんな世の中で、俺は人々を救うために戦うことになる。
……らしい。
別に、そんな予定はまったくなかった。
俺の名前は五反田 電。二十二歳。
先月大学を卒業し、この四月から某有名企業に就職したばかりの新卒会社員だ。
今どき大企業に入ったところで夢も希望もない、と言う人もいる。まあ、言いたいことは分からなくもない。会社が大きいからといって絶対に潰れないわけでもないし、一生安泰なんて時代でもない。
それでも現実的に考えれば、ある程度安定して仕事があることや、極端に低くない給与がもらえること、福利厚生や社会的信用があることは十分に利点だと思う。将来ローンを組むことがあれば多少は有利だろうし、少なくとも社会人として最初に立つ場所としては悪くない。
俺自身、別に世界を変えたいわけでも、若くして起業したいわけでもなかった。
ほどほどに仕事を覚えて、ほどほどに給料をもらい、休みの日には好きなことをして暮らす。
それで十分だと思っていた。
今日は入社式と配属初日だった。
式を終えたあと部署へ連れていかれ、先輩社員たちへ挨拶をし、用意された机に座って貸与パソコンの初期設定をした。社内システムへのログインやらセキュリティ研修やらで、仕事らしい仕事はほとんどしていない。
それでも一日中知らない人に囲まれ、何度も名前を名乗り、説明を聞いているだけで妙に疲れた。
帰り際には課長から、
「今週末、歓迎会やるから。予定空けておいてね」
と声をかけられた。
「あ、はい。ありがとうございます」
そう答えながら、俺はようやく、自分が本当に社会人になったのだという実感を少しだけ持った。
明日から毎朝起きて会社へ行き、仕事を覚え、給料をもらう。
そんな普通の生活が始まる。
そのはずだった。
◆
俺の会社は東京駅の近くにある。
会社を出た俺は東京駅から山手線の外回りに乗り、自宅のある五反田へ向かった。帰宅時間帯の車内はそれなりに混んでいたが、まだ新生活が始まったばかりだからか、満員電車ですら少し新鮮に感じる。
吊革につかまりながら、俺は明日のことをぼんやり考えていた。
何時に起きるか。朝飯は食べた方がいいのか。会社には何分前に着くのが無難なのか。今日大量にもらった資料にはいつ目を通せばいいのか。
歓迎会では何を話せばいいんだろう。
酒を注いだりした方がいいんだろうか。
まあ、その辺は行ってみれば何とかなるだろう。
そんな、ごく普通の新社会人らしいことしか考えていなかった。
まさかこのあと自分が変身してビームを撃つことになるとは、さすがに想像していなかった。
五反田駅を降り、自宅へ向かって歩き始めた頃には、空はすっかり暗くなっていた。
「疲れたな……」
別に肉体労働をしたわけではない。それでも初日特有の緊張感があったせいか、肩が妙に重い。
これが週五日続くのかと思うと少し気が遠くなるが、世の社会人はみんな普通にやっているのだから、俺もそのうち慣れるのだろう。
そう思いながら夜道を歩いていると、不意に視界の端に妙な光が映った。
「……ん?」
足を止めて空を見る。
淡い光が、ゆっくりとこちらへ降りてきていた。
最初は流れ星かと思ったが、明らかに動きが遅い。ドローンにしては光りすぎているし、飛行機でもない。
「あれ、なんだろう」
眺めているうちに、光は少しずつ大きくなっていった。
そして気づいた。
あれ、こっちに来てないか?
「いや、近い近い近い」
俺が一歩後ずさった頃には、もう遅かった。
光はまっすぐ俺のところまで降りてきて、目の前ではじけた。
「うわっ!」
反射的に目を閉じる。
まぶたの裏まで真っ白になるほどの光だった。
何が起きたのか分からず、そのまま固まっていると、どこからか声が聞こえてきた。
「――さい」
「……?」
「――なさい」
「なんだ?」
「目を開きなさい」
知らない声だった。
妙に落ち着いた、しかしどこか偉そうな口調だ。
「目を開くのです、五反田 電」
「名前知ってんの怖いな」
「早くしなさい」
急かされるまま、俺は恐る恐る目を開けた。
そして、すぐにもう一度閉じた。
「なぜ閉じるのです」
「いや、ちょっと処理が追いつかなくて」
「目を開きなさい」
「はいはい」
仕方なくもう一度目を開ける。
俺の目の前には、巨大な人型の何かが立っていた。
銀色を基調とした身体。全身に走るライン。大きく光る目。どう見ても子供の頃にテレビで見た某巨大宇宙人ヒーローのような姿をしている。
ただし、色がおかしい。
本家はたしか赤とか銀だった気がするが、目の前の巨人は黄緑色だった。
「……いや、ヤマッテ線かよ」
「ヤマッテ線とかいうのはやめなさい」
巨人はわずかに不満そうな声を出した。
「私はJY23星雲からやってきた、ヤマッテセンマンです」
「そのまんまじゃん」
「何がです?」
「いや、いいです」
JY23。
どこかで見たことがある。
少し考えて思い出した。
五反田駅の駅ナンバリングだ。
JY23星雲。
雑だなあ。
「五反田 電。あなたには使命があります」
「あー、分かった」
「何がです?」
「俺があなたに選ばれた人類の一人で、あなたと一体化して地球の平和のために戦うんですよね。それで戦えるのは三分だけとか」
「違います」
「違うの?」
「私はあなたと一体化しません」
「じゃあ変身?」
「そうです」
「そっちかぁ」
「先ほどから何を納得しているのです?」
「いや、別に」
ヤマッテセンマンは少しだけ間を置いた。
「あなたには私たちの力の一部を授けます。そして、この街を守ってもらいます」
「この街って五反田?」
「そうです」
「世界じゃなくて?」
「結果的には世界を守ることになります」
「ずいぶんスケール変わるね」
「あなたは今日から――ゴタンダーです」
「急に戦隊もの臭くなったんだけど」
「戦隊ものではありません」
「じゃあ何なんです?」
「ゴタンダーです」
「説明になってないよ」
こいつ、話が通じそうで微妙に通じない。
「あなたには仲間もいます」
「何人くらい?」
「三十人です」
「多いわ」
思わず即答した。
「正確には――」
「ちょっと待って」
俺は片手を上げて話を止める。
「三十人?」
「はい」
「俺以外に?」
「はい」
「山手線の駅数じゃん」
「そうですね」
「一人一駅かよ」
「大体その認識で問題ありません」
「戦隊もの六シリーズ分くらいいるじゃん」
「だから戦隊ものではありません」
「タイトル絶対戦隊ものだろ」
「タイトル?」
「今のなし」
危うく何か変なことを口走った気がする。
ヤマッテセンマンは特に気にしていないようだった。
「というか、そんなに人数いるなら俺いらなくないですか? 他に三十人いるんでしょ?」
「必要です」
「なんで?」
「必要だからです」
「説明雑だなあ」
本人としては十分に説明しているつもりなのだろうか。
少なくとも俺には何も分からない。
「とにかく、あなたにはこれから宇宙からの侵略者、地球上の悪性組織、怪人、その他の敵性存在と戦ってもらいます」
「盛りすぎだろ」
「敵は一種類ではありません」
「絶対どこかにマッドサイエンティストとかいるじゃん」
「います」
「いるのかよ」
「あなたに与える力があれば、通常の敵性存在には対処可能です」
「通常じゃないのもいるの?」
「います」
「じゃあどうすんの?」
「そのとき考えます」
「もうちょっと事前に考えといてくれよ」
話を聞けば聞くほど不安しか増えない。
「では、力を授けます」
「いや待って。まだやるって言ってないけど」
「では」
「聞けよ」
ヤマッテセンマンの身体が急に強く光り始めた。
俺の返事を待つ気は最初からなかったらしい。
「変身する際は、『ゴタンダー……変身!』と叫びなさい」
「それ仮――」
言い終わる前に、光が弾けた。
「――任せましたよ」
「いや待って」
「あなたと話をしていると妙に疲れます」
「こっちの台詞だよ」
「では」
「説明書とかないの?」
返事はなかった。
ヤマッテセンマンはそのまま光の粒子になって消えていった。
あとには、街灯に照らされた夜道と、呆然と立つ俺だけが残された。
「……ええ」
よく分からない。
とにかく俺は半ば強制的にゴタンダーとかいうものに任命され、宇宙人や怪人や悪の組織と戦うことになったらしい。
明日も仕事なのに。
スマホを見ると、時刻は二十時三十二分だった。
まだ帰って風呂に入り、飯を食べて、明日の準備もしなければならない。
「……まあ、試すだけ試すか」
もしかすると夢かもしれない。
疲れて幻覚を見ている可能性だってある。
俺は周囲に人がいないことを確認してから、小さく息を吸った。
「ゴタンダー……変身!」
次の瞬間、よく分からない光や粒子や風みたいなものが俺の周囲を渦巻いた。
どういう原理なのかは分からないが、とにかく超科学的な何かがいい感じに身体へまとわりつき、数秒後には全身が装甲らしきものに覆われていた。
近くの店のガラスを見る。
「……」
そこには、妙にごちゃごちゃしたヒーローが映っていた。
「だっさ」
果てしなくダサい。
巨大宇宙人ヒーローと、改造人間ヒーローと、戦隊ヒーローを全部足して三で割ったような見た目をしている。
「設定を適当に詰め込むと、こういう無茶な感じになるんだな……」
ただし、性能そのものはかなりすごかった。
軽く跳んだだけで、普通なら絶対に届かない高さまで身体が浮く。走れば驚くほど速いし、力も明らかに人間の範囲ではない。身体そのものが別物になったというより、元の身体にとんでもない補助がかかっているような感覚だった。
「これ、通勤に使えないかな」
一瞬そんなことを考えたが、朝からこんな格好で東京駅に行けば、会社に着く前にニュースになる。
さすがに無理だ。
せっかくなので、他にも何かできないか試してみる。
跳べる。速く走れる。力も強い。
ここまでは、まあヒーローらしい。
「……ビームとか出ないのかな」
自分で言っておいて何だが、さすがに無理だろう。
ヤマッテセンマンもそんな説明はしていなかった。
ただ、あれだけ巨大宇宙人っぽい奴から力をもらったのだから、少しくらい期待してもいい。
こういう場合、腕を交差させればいいのだろうか。
適当に構えてみる。
「ビーム」
何も起きない。
「まあ、そりゃそうだよな」
さすがにそこまで都合よくはいかないらしい。
そう思って腕を下ろそうとした、その瞬間。
バシュッ!
白い光線が腕の先から飛び、十メートルほど先に転がっていた空き缶を粉々にした。
「……」
しばらく、そのまま固まった。
「……出た」
普通に出た。
怖い。
「いや、聞いてないんだけど」
ヤマッテセンマンは、通常の敵性存在には対処できる、としか言っていなかった。
ビームが出ます、とは一言も言っていない。
知らなかったのか。説明し忘れただけなのか。
あいつなら後者も十分ありそうなのが困る。
さらに妙なことに、変身してからずっと、頭の片隅に引っかかっている感覚があった。
呼べる。
何かを。
説明しろと言われても困る。ただ、何かものすごく大きなものが、自分の呼びかけを待っているような気がする。
試しに意識をそこへ向けてみると、ぼんやりと巨大な人型のシルエットが頭に浮かんだ。
「……いや待て」
どう見てもロボットだった。
「俺、ロボ呼べるの?」
誰に聞いているのか自分でも分からない。
当然、返事はない。
ビームが出る。
ロボっぽい何かも呼べる。
巨大宇宙人みたいな奴から力をもらって、変身方法は改造人間っぽく、名前は戦隊もの。
「いや、やっぱり設定詰め込みすぎだろ」
そんなことを一人で言っていると、路地の向こうから妙な声が聞こえてきた。
「カー!」
「……ん?」
「カー!」
カラスかと思って振り返る。
そこには、グレーの全身タイツを着た十数人の人間がいた。
顔まで布で覆われている。
夜道で見るにはかなり嫌な光景だった。
「カー!」
「いや怖っ」
何だこいつら。
「カー!」
「カラスじゃん」
「カー!」
「キーだと著作権とか版権的に問題あるから、一文字ずらしましたみたいなのやめろよ」
「カー!」
「というか展開早くない? 明日からにしてくれよ。今日入社初日なんだけど」
もちろん、俺の事情など聞いてくれるはずもない。
十数人の全身タイツたちは、あっという間に俺を取り囲んだ。
一人が拳を振り上げる。
「カー!」
「うおっ」
反射的に身体をひねると、拳は簡単に空を切った。
続いて別の一人が蹴りを放ってきたが、それも遅く見える。
いや、相手が特別遅いわけではない。
俺の身体能力が上がりすぎている。
「ほっ」
拳を受け止める。
「よっ」
そのまま軽く投げると、全身タイツは数メートル先まで吹っ飛んだ。
「カー!」
「あ、結構強いなこれ」
そこからは早かった。
初めての戦闘なのだから、普通なら力の使い方が分からず苦戦するとか、危ない場面を仲間に助けられるとか、そういう展開になるのかもしれない。
残念ながら、特にそういうことはなかった。
身体が勝手に動く。
一人の攻撃を避け、そのまま肘を入れる。別の一人を蹴り飛ばし、後ろから来た相手の腕を取って投げる。
「カー!」
「はい」
「カー!」
「ほい」
「カー!」
「うるさいな!」
夜だぞ。
いくらなんでも近所迷惑だ。
「カラスだってこんな時間に集団で鳴かないからね!」
最後の一人を蹴り飛ばすと、ようやく辺りが静かになった。
道路の上には全身タイツたちが転がっている。
「ふぅ……」
思ったより疲れていない。
変身中は体力まで強化されているらしい。
「本当に数だけだったな」
そのうちもっと強い怪人とか、ボスみたいなやつも出てくるんだろう。
そう考えるだけで面倒くさい。
「キ……キー……」
倒れていた一人が苦しそうな声を上げた。
「キー言えてるじゃん」
俺は特に深く考えず、全身タイツたちを一ヶ所へ集め始めた。
十数人もいるので、地味に面倒だった。
「よし」
集め終わると、俺は腕を交差した。
さっき偶然出たのだから、もう一度くらい出るだろう。
たぶん。
「ビーーーーーム」
白い光線が放たれた。
全身タイツの集団に直撃し、その場で大きな爆発が起きる。
「カーッ!」
煙が上がった。
しばらくして煙が晴れると、そこにはもう誰も残っていなかった。
「……」
俺は腕を下ろした。
「変態駆除完了」
スマホを見る。
二十時五十六分。
「帰るか」
変身を解除する。
幸い、会社用のスーツも鞄も無事だった。
今日一日を頭の中で振り返る。
入社式。
配属。
課長への挨拶。
歓迎会の話。
宇宙人。
変身。
ビーム。
なぜか呼べそうな巨大ロボ。
グレーの全身タイツ。
そして明日は九時出社。
「……明日から仕事しながら、宇宙人とか変態とか怪人とかとも戦うのか」
少し考えた。
「ダル……」
こうして俺の戦いは始まった。
なお翌朝。
普通に寝坊した。
第1話お読みいただき、本当にありがとうございます
本作を少しでも「面白いな」「続きが気になるな」と思ってくださった方は、ぜひ下にある【☆☆☆☆☆】の評価や、ブックマークで応援していただけると嬉しいです。




