代わりの黒
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ううむ、最近はいろいろなものに代行サービスがあるんだねえ。お焚き上げも代行してくださると、なんだか不思議な気持ちになってくるな。
昔から誰かが代理、名代となって、ことを成すという動きは数多かった。重要な問題がブッキングしてしまった場合、分身の術を使うことができない人間としてはやむを得ない手段といえよう。
しかし、そこへ法とか環境問題が絡んでくると、なんとも世知辛い気持ちになってしまうんだよねえ。いかに夢、ロマン、マナーにリスペクトが詰まっても、それで衣食住が完璧に保たれるかというと、そうとも限らない。
元来、大切にしていた心を持っている人から、別の人へと渡って代わりに行われるとき。そこでは何が起こってしまうのだろうかね。
ちょっと前に、弟から聞いた話なのだけど耳に入れてみないかい。
弟の友達のひとりに、自称ミニマリストな子がいるという。
アパートの一室がその子の部屋なのだけど、いざ通されるとあまりに荷物が少ない。
1DKのシンプルなつくりに、みんなで卓飲みするためのちゃぶ台代わりのこたつがひとつ。畳んだ布団一式がひとつ。作業用机とPCのコンビに、服を入れるタンスがひとつ。
大勢が集まるときにはテレビなどを用意していることもあるが、個人的におもむくときにはそれもない。そのときどきに応じて、必要最低限の家具を置いているような気がしたんだ。
手間を減らすという意味合いなら、これは真逆のように弟には思えた。
ものを少なくしておしまいならいいが、場合に応じて用意するとなれば面倒極まりないはず。この借りた部屋のどこにも、余計なものが収納してあるスペースはない。
おそらくは、どこか近くに預かってもらうところがあるのだろうが……と弟は考えて、友達に尋ねてみたらしい。
近いところとは思っていたが、その距離は弟の想像の上をいく。ここの2つ隣の部屋に家具を預かってくれる人が住んでいるというのさ。その人に必要に応じて預け、また受け取っているのだと。
しかも預かる手間を考えたら、こちらがお金を支払いそうなものなのに、向こうがお金を払ってくれるという。ただし、このアパートに住んでいる人のみ限定で、外から来た人のブツなどは対象外なのだと。
――なんか、ひたすらにうさんくせえ。
口には出さなかったものの、おそらく表情に出ていたのだろう。
「試しに、行ってみる?」と、友達はちゃぶ台に引っかけていたこたつ布団をはぎとった。さすがに夏も近づくこの季節ではお役御免。こいつを持っていく腹積もりだろう。
怪しいが、めったにない機会でもある……と考えた弟は、器用に畳んで両手に捧げ持つ友達のあとに続いて、2つ隣の部屋を尋ねる。
友達は、モールス信号を思わせる奇妙なテンポのノックをする。どうも、これが符丁となっているらしかった。
しばし、ドア越しにも聞こえる部屋をあさる気配のあと、開いたドアから姿を見せたのはパーカーにジーンズを身に着けた40がらみの男性だった。
モデルもかくやという長身痩躯とスポーツ刈りにした髪という見た目は、悪い者ではなかったそうな。けれども、友達の後ろから部屋の中をうかがう弟は目を見張っていたらしい。
部屋の中が「黒い」。暗いんじゃなく、黒かったと語る。
それは男の姿以外にも、外から入る光によって照らされるべき範囲を、中途半端に隠していた。かといって、カーテンの類がひかれている様子もない。
友達はこたつ布団を預けるついでに、扇風機を出してきてもらうようリクエストする。あたかも、この黒さについて何も違和感を抱いていないとばかりに、自然な態度で。
男はこたつ布団を受け取ったまま、奥へ消え去っていく。あの黒さの中へ踏み込んでいき、やはり光が途中で断たれたのと同じく、その姿が見えなくなってしまったんだ。
そして、黒の中からぬっと、手に扇風機を持って現れてきて友達へ渡してくる。
友達がお礼をいい、やはり何も突っ込まずに戻ろうとするのを、弟が信じられないという表情で見送ろうとしたところ。
「――どうやら、君は見える側の人のようだね」
パーカーの男性が、にわかに声をかけてくる。
向き直ると、男性はひょいひょいと手を動かして、部屋の奥を差し示した。
「この黒が見えているんだろう? 先ほどから驚いた顔をしている。ちょっと話をしておかないと、君には不審に思えるだろうし、伝えておこう。
一言でいうと、私はこの部屋でアパート全体にくっついている『嫌なもの』の、供養じみたことをしている。ヘタにこのまま外へ出してしまうと害を及ぼしかねない家具たちを預かり、清めているのさ。お寺などへ預けることさえ危険が伴うから、その代わりとしてね。
この様子じゃ、逆に汚しているだろ、と突っ込みたくなるかもしれない。でも、それだけきついってことさ。お金を払ってでも浄化の手助けをしたいってわけ。君、あの子の友達なんだろ? もし、ここを引っ越すときがきたら、いったんは家具たちを預けるようにいっといてくれ。
引っ越し先で不幸な事故に遭う確率を減らすためにもね」
友達もいまだ例のアパートへ住み続けているとのことだよ。




