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断罪の記録者(ログ・パニッシャー)  作者: もぐもぐ


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第四章:崩壊する砂上の楼閣〜第19.5話:小さな来客と諜報員の困惑〜

第19.5話です。


第19話の激しい断罪劇から一転、今回は少し趣向を変えた「特別編」をお届けします。

舞台は夏の陽光が差し込む九条法律事務所。そこにやってきたのは、陽の最愛の弟・陽向くんです。


復讐のために集まった冷徹なはずのデシメーターズの面々ですが、

小さな来客を前に思わぬ「パパ・ママ」っぷりを発揮!?

     挿絵(By みてみん)

 七月のとある午後。


 九条法律事務所には外の酷暑を忘れさせるような涼やかな風が流れていた。

 と言ってもそれはエアコンの設定温度によるものではない。

 デスクの隅で佐藤さんが特大の団扇うちわをゆっくりと扇いでいるせいだ。


「おい、陽。……また陽向くん、事務所に遊びに来させねぇか?」


 不意に佐藤さんが漏らしたその言葉に俺はタイピングしていた手を止めた。


「陽向を、ですか?」


「ああ。ほらこの間あいつが帰った後、事務所が妙に静かになっちまってよ。

源さんも真希もなんだかんだあいつが来るのを楽しみにしてるんだ」


 佐藤さんの言葉に源さんが「そうだよ、新しい工作キットも用意してあるんだから」と、どこからか取り出した妙に精密な竹とんぼを回して笑う。

 俺は少し迷ったがイーヴェル社への攻勢が一段落した今、陽向にとってもここは「優しい大人たちがいる安全な場所」だ。


「……分かりました。陽向も佐藤さんたちに会いたがっていましたから」


 その日の夕方。

 マスター・アーカイブが焼いてくれた「誠実なクッキー」を手に陽向が事務所にやってきた。


「遊びに来たよ!」


 元気な声が応接室に響くと事務所の空気は一瞬で華やいだ。


「おう、よく来たな坊主!」


 佐藤さんが大きな手で陽向をひょいと抱え上げ、源さんが「見てごらん、今度は自動で回る竹とんぼだよ」と手製の工作を披露する。

 真希も「陽向くん、これに一緒に色を塗ろう?」と色鮮やかなスケッチブックを広げた。

 さらに、いつもはクールな資金管理担当の凛までもが陽向をひょいと自分の肩に乗せた。


「うふふ、高いでしょ?なんだか懐かしいわね……

昔、まだ可愛げのあった頃のりっちゃんを思い出すわ」


「凛、余計なことを言うな。……あと落ちるからあまり暴れさせるな」


 凛の肩車で「わあ、高い高いー!」ときゃっきゃっはしゃぐ陽向を見て、律が呆れたようにけれどどこか保護者のような顔で溜息をつく。


 律は陽向を下ろすと机の上にあった一冊の英語の絵本を広げた。


「陽向くん、これは『Appleアップル』と読むんだ。言ってみなさい」


「……あっぷる?」


「そうだ、発音が良いな」


 律が少しだけ口角を上げ陽向の頭を優しくなでなでする。

 陽向はそれが何より嬉しいようで顔を赤くして


「あっぷる! りつさん、もう一回!」


 と何度も律に甘えていた。

 デシメーターズの面々は各々のやり方で陽向を温かく迎え入れ、すっかり「お兄さん、お姉さん」の顔になっていた。

 だがその輪から一人だけ決死の覚悟で距離を置いている人物がいた。


「…………」


 デスクの影トリプルモニターの要塞に身を隠すようにして芽衣さんがこちらを窺っている。

 その表情はまるで警視庁のメインサーバーをハッキングしている時よりも緊張していた。


「芽衣さん、どうしたんですか? そんな隅っこで」


「……一ノ瀬くん……悪いけど私はその……『子供』という人種とは相性が悪いの」


 芽衣さんはキーボードを叩くフリをしながら蚊の鳴くような声で言った。


「彼らは非再現性のバグの塊だわ。

次に何をするか予測がつかない。ロジックが通じない相手は私の守備範囲外なの」


 凄腕の諜報員である彼女がたった一人の子供を前にして本気で怯えている。

 その光景が少しおかしくて俺は一つのアイデアを思いついた。


「芽衣さん。もしよかったら、一緒に『紙芝居』をやりませんか?」


「は?……か、紙芝居?」


 俺は事務所の備品の中にあった手作りの紙芝居セットを取り出した。


「陽向はこれ大好きなんです。

俺が読み上げるので芽衣さんはタイミングよく絵を引くだけでいい。ロジックは簡単ですよ」


「……引くだけ? それなら、まあ……」


 渋々本当に渋々といった様子で芽衣さんが俺の隣に座る。

 陽向が期待に目を輝かせ、俺たちの前にちょこんと座った。


「さあ、始まるよ。……昔々、あるところに……」


 俺が物語を読み上げるのに合わせて芽衣さんがおそるおそる絵をスライドさせる。

 彼女の手は少し震えていたがそこはプロ。

 物語の盛り上がりに合わせて完璧なタイミングで次の場面を提示していく。


「あはは! お姉ちゃん、出すのすっごく上手!」


 陽向がきゃっきゃっと声を上げて笑い身を乗り出す。

 その無邪気な反応に芽衣さんの目が丸くなった。


 物語が終わる頃には陽向は芽衣さんの膝の上にすっかり収まっていた。

 芽衣さんはどうしていいか分からないといった様子で両手を浮かせていたが、陽向が「お姉ちゃん忍者みたいでかっこいい。……好き!」と見上げると、ゆっくりとその手を陽向の頭に乗せた。


(……子供なんて何考えているか分からないから苦手だったけど)


 芽衣さんの唇が微かに動く。


(……このログには毒が一滴も混じってない。……この子は、好きかも)


 彼女の内心を俺は『バイナリ・サン』を使わなくても、その穏やかな表情から読み取ることができた。

 カウンターでは、マスターが何も言わずに陽向のためのミルクを温めている。

 復讐のために研ぎ澄まされたデシメーターズの牙。

 だがこの小さな「真心」を守るためならその牙は誰よりも優しく誰よりも強い盾になる。


 俺は陽向を抱き寄せる芽衣さんの姿を視ながら冷めた珈琲を一口飲んだ。


 この場所をこの時間を俺は絶対に奪わせない。

 そのためなら、どんな地獄のログでも焼き尽くしてやる。

(第四章・完)

挿絵(By みてみん)

第19.5話を最後までお読みいただき、ありがとうございました。


普段は冷徹にログを刻み法で敵を追い詰めるデシメーターズの面々が、

陽向くんを前にして見せた柔らかな表情。


特に芽衣が陽向くんの「毒が一切混じっていないログ」に触れ、

不器用ながらも心を通わせるシーンは彼女にとっても大きな変化だったはずです。


次回の更新は、第20話:「兄・零のメッセージ」。


陽のデバイス『バイナリ・サン』の最深部で、ついに兄が遺した真実が動き出します。

復讐劇はここから「宿命」の物語へと加速していきます。


【皆さまへ】

もし「面白い」「先が気になる」と少しでも思っていただけましたら、

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