第三章:亡霊の招集(デシメーターズ・コール)〜第13話:ギルド『デシメーターズ』結成〜
第13話です。
ついにこの時がやってきました。
物語の大きな節目となる、デシメーターズ結成のエピソードです。
新たに加わるのは、九条律のいとこの九条凛。
そして孫からもらったウサギのヘアゴムを揺らす源さん。
バラバラだった「亡霊」たちが一つの巨大な牙となります。
六月の終わり。
東京の空はまるで誰かの溜め息を煮詰めたような鈍色の雲に覆われていた。
窓の外では夕立がアスファルトを激しく叩き飛沫が白い煙のように立ち昇っている。
九条法律事務所の応接室はエアコンの微かな駆動音とそれ以上に重苦しく熱い、爆発寸前の「意志」が充満していた。
俺、一ノ瀬陽は少し古びた革張りのソファの感触を指先で確かめながら、集まった面々を一人ずつ見渡した。
まずは俺の隣で背筋を伸ばして座る後輩、佐倉真希。
彼女はイーヴェル社で過労死寸前まで追い込まれ、俺がその「ログ」を証明することで救い出した。
今はかつての虚ろな瞳に強い光を宿し俺が視せた真実を形にする【造形師】としての覚醒を待っている。
正面には佐藤 一馬さん。
七人分の激務という物理的な暴力に晒され壊されかけた巨躯。
彼は今、静かに拳を握りしめている。
その拳はもはや理不尽に耐えるためのものではなく、自分をそして仲間を貶めた壁を打ち砕くための【重戦車】の武器へと変わっていた。
そして部屋の隅で優雅にカクテルグラスを弄ぶ、滝川芽衣さん。
イーヴェルの「掃除屋」として闇を支え用済みになればゴミのように捨てられようとしていた彼女は最も鋭利な牙を持つ【諜報員】としてこの場にいる。
かつてイーヴェル社の暗いオフィスで誰にも気づかれずに磨り潰され、消えていくはずだった「亡霊」たち。
社会的には死んだことにされていた俺たちが今、一つの光を囲んで呼吸している。
その事実に俺の胸の奥が熱く疼くような感覚に陥った。
「……壮観ね。あの『強欲の臓腑』に飲み込まれて消化されるのを待つだけだった連中が、これほどギラついた目をしているなんて」
芽衣さんが細い煙草を唇に挟み火をつけようとしたところで、律の鋭い視線に気づき「おっと」と苦笑してそれを仕舞った。
彼女の冷徹な瞳の奥には好奇心とそして自らも救われたことへの、認めたくないほどの深い感謝が混じっている。
「一ノ瀬くん。これで全員かしら?
正直これだけのメンツがいれば阿久津の首を物理的に獲りに行くのだって難しくはないけれど」
「いいえ。……まだ最後の一撃に不可欠なピースが足りません。
法と力そして情報。それらを結びつけ敵の急所を確実に貫くための『精密さ』が」
俺が答えると同時に重厚感もありつつ線の細いアイアンの装飾や、ガラスの抜け感が相まった気品が感じられるアンティーク調のドアが音を立てて開いた。
カツン、カツン、と。
静寂を支配する硬質なヒールの音。
まず部屋に滑り込んできたのはデジタル模様が青白く呼吸するように発光する黒のサイハイブーツだった。
完璧な曲線を描くその美脚が一歩ごとに床に「支配権」を刻みつけていく。
知的な眼鏡の奥で感情を排し、ただ数字だけを映し出すような鋭い瞳。
入ってきたのは凛としたそれでいてどこか攻撃的な美しさを纏った女性――九条凛だった。
「……随分と湿気た顔をしているわね、りっちゃん」
その一言で部屋の中の時間が完全に停止した。
「……な、り……凛……っ!」
あの鉄面皮で知られどんな時も冷静沈着な九条律が見たこともないほどに狼狽し、顔を赤らめている。
(りっちゃん……?)
今、この冷徹な弁護士をそんな可愛らしい愛称で呼んだのか?
「九条家を飛び出して正義の味方の弁護士様になったつもりでしょうけど……私を誤魔化せると思わないことね。私がおむつを替えてあげていた頃、貴方は私の指を握ってそれはもう可愛らしく泣きじゃくっていたのだから。今は随分と可愛げのない鉄面皮になったものね」
「……凛。その話は今この場でするべきではない。
私にも……私にも積み上げてきた社会的地位というものがある」
律が片手で顔を覆い天を仰いで深く長くため息をついた。
「あ、あの九条さんが……?」
佐藤さんが信じられないものを見る目で絶句し真希は口を半開きにしたまま固まっている。
芽衣さんに至っては最高に愉快なものを見つけた子供のように、肩を激しく揺らして笑いを堪えていた。
「……紹介しよう。私のいとこであり数字の化身……九条凛だ。
イーヴェルのCFO銭亀の元で裏金の管理を強要されていた……我々と同類の亡霊だよ」
律の絞り出すような紹介に凛さんはふん、と鼻を鳴らした。
「九条凛よ。
数字以外は信じない主義だけど……りっちゃんがここまで肩入れし家族にまで引き込もうとする『断罪者』には興味があるわ。
……それと彼も連れてきたわよ。
私が銭亀の金庫番をしていた時、唯一私の計算を物理的な『現場の真実』で狂わせた男をね」
彼女の後ろから一人の老紳士が静かに歩み寄ってきた。
着古されところどころテカリのある、くたびれたスーツ。
長く伸びた銀髪は後ろで一本のポニーテールに束ねられているが、その結び目には凛々しい老人の風貌にはあまりに不釣り合いな、ピンク色のウサギのヘアゴムが揺れていた。
「……源だ。テスターをやってる。
……このゴムか? ああ、可愛い孫が毎朝『おじいちゃん、可愛いね』って結ってくれるもんでな。無下に断るわけにもいかんだろう」
源さんは照れくさそうに指先でウサギの耳を撫でたが、その直後、俺を見据えた眼光はどんな微細なコードの傷も逃さない猛禽類の鋭さへと変貌した。
「坊主、あんたが抽出したログ見せてもらったぜ。
……ありゃあ、いい『仕事』だ。嘘が一つもねえ。現場で死んでいった連中の悲鳴をあんたは正しく『音』にしてくれた。
……俺の眼はあんたを信じると言ってる」
源さんの重厚な声が事務所の空気を芯から引き締めた。
――これで全員が揃った。
俺はゆっくりと立ち上がった。
左眼の奥がかつてないほどの熱量を持って疼き始める。
胸ポケットに収めた『バイナリ・サン』が俺の鼓動と仲間の意志を同期させるように激しく脈打った。
「皆さん、聞いてください」
俺の声に各界のスペシャリストたちの視線が集中する。
「俺たちはイーヴェル社に全てを奪われました。真心も手柄も未来も……。
奴らは俺たちを『代わりはいくらでもいる部品』だと言って投げ捨てた。
使い捨て、踏みにじり、その記憶さえも消し去ろうとした」
俺は一人一人の顔をその「能力」のログをなぞるように見つめた。
不当な攻撃を一切通さない【法的防壁】九条律。
隠された嘘を形にする【造形師】佐倉真希。
現場の怒りを物理的な破壊力に変える【重戦車】佐藤 一馬。
闇に潜み致命的な一撃を与える【諜報員】滝川芽衣。
1円の不正も逃さない【計算機】九条凛。
どんな狡猾な隠蔽も死滅させる【検疫官】源さん。
「でもログ(記録)は消えていません。
皆さんが必死に生き、戦い、そして傷ついた証拠はすべて俺のこの眼が視ています。
……今こそ奪われたすべてを取り戻し奴らの傲慢な帝国を根底から解体する時です」
俺は『バイナリ・サン』を高く掲げた。
「――全接続。」
応接室の四方が瞬く間に黄金色の幾何学模様に包まれた。
陽光が描き出すのは七人の能力が複雑にかつ完璧に絡み合い、一つの巨大な「断罪機構」へと姿を変えていくビジョンだ。
まず俺が抽出した膨大な生のログを真希がその手で引き受けた。
彼女の指先が虚空を舞うと無機質な文字列が一瞬で罪状が分かる「AR証拠映像」へと再構築されていく。
その『真実の輪郭』が敵の虚飾を剥ぎ取り、
佐藤さんの『鉄の規律』が社内システムという名の城壁を揺らす。
芽衣さんの『毒蜂の針』が役員たちの逃げ道を塞ぎ、
凛さんの『黄金の監査』が裏金を一円単位で凍結する。
源さんの『神のデバッグ(ゴッド・デバッグ)』が醜悪な隠蔽工作を粉砕し、
そして律のデバイス『アイギス・コード』が、法という名の絶対的な断罪を下す。
「これより対ブラック企業専門ギルド――『デシメーターズ』を結成します」
その言葉が落ちた瞬間、七人の「亡霊」たちが同時に不敵でかつてないほど晴れやかな笑みを浮かべた。
「ターゲット、株式会社イーヴェル。
……作戦を開始する。俺たちの真心を蹂躙した代償
……一円単位、一秒単位のログですべて支払わせてやる」
窓の外、夕立が止み雲の切れ間から一筋の鋭い光が差し込んだ。
東京の夜その闇の底で最強のギルドが静かに牙を剥いた。
これが俺たちの反撃。
これが世界を正すための『断罪の記録』の始まりだ。
第13話を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ついにギルド『デシメーターズ』が始動しました。
七人のスペシャリストがそれぞれのデバイスを接続し、一つの「断罪機構」として覚醒します。
次回の更新は、第14話:「源さんの「神のデバッグ」」。
源さんがいかにしてイーヴェルの「腐ったバグ」を炙り出すのか。
長年現場を支えそして切り捨てられた職人の凄みのある一幕にしたいなと思います。
【皆さまへ】
もし「面白い」「先が気になる」と少しでも思っていただけましたら、
ブックマーク、下の★★★★★評価で応援のほどよろしくお願いいたします。




