第三章:亡霊の招集(デシメーターズ・コール)〜第11話:【重戦車】佐藤、7人分の怒りの鉄拳〜
第11話です。
ゴミ川へ放った『断罪状』が着弾し静かな嵐が巻き起こる中、ハルと律は次なる「亡霊」の元へ。
今回登場するのはエンジニアの佐藤。
身体はボロボロに壊されながらもその心に宿る火は消えていなかった……。
「1人で7人分」という地獄を共有するハルと佐藤。
二人の魂が共鳴し最強のパワーを持つ『重戦車』が再び立ち上がる。
梅雨明けを予感させる、
まとわりつくような熱気がアスファルトから立ち上っていた。
六月下旬。
俺がイーヴェル社を叩き出され九条律という「盾」を得てから、
まだ十日も経っていない。
同期のゴミ川へと叩きつけた一通の『断罪状』。
それが奴の手元に届き平穏な日常に亀裂が入り始めている頃だろうが、
法的なプロセスはまだ始まったばかりだ。
世間にニュースが流れるような段階ではない。
けれど俺たちの歩みは止められない。
イーヴェルという巨大な怪物を解体するには、
一人でも多くの「本物の才能」が必要だ。
「……ハル。
次の男は君からの連絡を待っていたようだな」
隣を歩く律がスマホの画面を見つめて微かに口角を上げた。
俺が昨日亡霊リストの二番目に記された男
――佐藤一馬さんに送った一通のメール。
それに対しわずか三秒で
『いつでも来い! 待ってるぞ!』
という文字から火の粉が舞いそうな返信が届いたのだ。
俺たちが訪れたのは下町の情緒が残る住宅街にある年季の入った接骨院の前だった。
「陽! 遅ぇよ、待ちくたびれたぜ!」
建物の中から響いてきたのは地鳴りのような太い声だった。
現れたのはTシャツの袖を捲り上げ両腕にガチガチのサポーターを巻いた大男。
佐藤一馬。
かつてイーヴェル社のインフラを一人で支え「重戦車」の異名を取った男だ。
顔色は決して良くない。
腕は小刻みに震えている。
それでもその瞳だけはキャンプファイヤーの種火のようにギラギラと輝いていた。
「佐藤さん……!すみません急に」
「謝るな!
お前が会社を辞めた(……というか、あのクソ阿久津に放り出された)
って聞いてからずっと心配してたんだ。
俺もこのザマで助けに行けなくてよぉ!」
佐藤さんは豪快に笑い震える右拳で俺の肩を軽く小突いた。
その感触にはかつての重戦車のような質量はなかった。
けれど込められた熱量だけはあの過酷なオフィスで
戦っていた頃と少しも変わっていなかった。
「話は真希から聞いてるぜ。
お前九条先生って凄腕の弁護士と組んでゴミ川に喧嘩売ったんだってな?
最高だ、最高すぎる! 俺も混ぜろハル!
あのクソ会社今すぐ俺が物理的にぶち壊してやりたいくらいなんだ!」
佐藤さんの言葉に俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。
佐藤さんは壊されていた。
運用部長の毒山によって本来なら「七人」で担当すべき
全システムのバックエンド保守をたった一人で押し付けられていた。
結果、重度の腱鞘炎と頸椎損傷。
……エンジニアとしての『腕』を文字通り会社に壊されたんだ。
「佐藤さん……。その腕で、まだ戦うつもりなんですか?」
「当たり前だろ!
指が一本でも動くならあいつらの喉元に『致命的なバグ』を叩き込んでやる。
俺はまだ燃え尽きちゃいねえんだ!」
吠えるような佐藤さんの声。
けれどその腕は自分の意思に反してカタカタと情けなく震え続けている。
その矛盾が俺にはたまらなく悔しかった。
「佐藤さん。……視てください。
あなたが一人で何を背負わされていたのか。
そしてその価値がどれほどだったのかを」
俺は懐から兄さんの形見である『バイナリ・サン』を取り出した。
「――映れ。」
瞬時に接骨院の前の路地が光り輝く情報空間へと塗り替えられた。
浮遊する数千、数万のログの断片。
「なんだ……これは。俺の……コードか?」
「佐藤さんこれを見て!
あなたが担当していた七つのプロジェクトそのすべてのリクエスト処理ログです」
俺は空間に固定された七本の光の帯をスワイプし佐藤さんの目の前に整列させた。
「毒山はあなたを『ただの保守要員』として扱い使い潰した。
会社はあなたの故障を『自己管理不足』で片付けた。
……でも、ログ(記録)は嘘をつかない!」
俺が指を弾くと七本の光が合流し巨大な一本の「大河」となった。
「あなたが一人で回していた業務量はイーヴェル社の全システムの四二%を占めていた。
……いいですか佐藤さん。あなたは一人のエンジニアじゃない。
イーヴェルという巨大な泥舟をその肩一つで押し止めていた『七人分の柱』だったんだ!」
「……七人、分……」
佐藤さんは震える手でその光の大河に触れようとした。
自分が命を削って書き上げたコード。
誰も認めず誰も賞賛せずただ「当たり前」として消費されていた一年の重み。
それが今俺の能力によって目に見える『価値』としてこの世界に再定義された。
「……ハハッ。そうか……。
俺、一人じゃなかったんだな。
……七人分の仕事をちゃんとやってたんだな……」
佐藤さんの瞳から大粒の涙が零れ落ち熱いアスファルトの上で弾けた。
それは折れかかっていた彼のプライドが再び鋼の強度を取り戻した瞬間だった。
「佐藤一馬。法は真実を知る者のためにある」
今まで静観していた律が一歩前に出た。
「私は君を壊れた部品としては扱わない。
君の受けた損傷はすべてイーヴェル社への『損害賠償』という名の砲弾に変える。
……君のその魂に火が灯っている限り私が法という名の装甲を提供しよう」
佐藤さんはゆっくりとしかし確実に立ち上がった。
涙を拭いサポーターに包まれた大きな手で俺の肩をガシッと掴む。
「……ハル。九条先生。……ありがとな。
……決まりだ。俺を、その『デシメーターズ』に入れてくれ。
……この腕はまだ痛む。
でも俺の七人分の怒りあいつらに叩きつける準備は……今、整ったぜ!」
佐藤さんの瞳の奥でメラメラと紅蓮の闘志が爆ぜた。
「よっしゃあ! 真希にも連絡して今日から作戦会議だ!
飯行くぞハル! 俺が奢ってやる……と言いたいが今は無職だから割り勘な!」
いつもの佐藤さんらしい明るく豪快な声。
俺、九条律、真希、そして佐藤さん。
イーヴェル社という名の巨大なキャンバスにこれから俺たちの手で
「絶望」という名の色を塗りたくってやる。
待ってろ、毒山。
お前が『重戦車』と呼んだ男の七人分の怒りの鉄拳
……回避不能の至近距離からその顔面に叩き込んでやるよ。
第11話を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
佐藤の「俺はまだ燃え尽きちゃいねえ!」という咆哮いかがでしたでしょうか。
さて、新メンバーが加わり賑やかになってきたデシメーターズ。
次回は少し趣向を変えて、戦いの合間のひとときを描きます。
次回の更新は、第11.5話:「黄昏の祝杯、あるいは騒がしい「亡霊」たち」。
慣れない居酒屋での決起集会。
そこでハルが見たのは意外な二人の「仲良し」な姿……?
【読者の皆様へお願い】
もし「本編とは違う小話も読みたい!」と感じていただけましたら、
応援していただけますと幸いです。
よろしくお願いいたします。




